第69話 サソリの狩り場
翌朝、オレ達は再びアクリスの屋敷を訪れた。
門のところで誰何があり、名を伝えると、前庭をぐるりと回って邸内に入り込んだ湖のところへ案内された。
そこには一艘の小舟があった。
アクリスが姿を見せ、続いて男性の従者が現れた。
従者はすぐに舟に乗った。
アクリスは外出用の服の上に、白く色を塗られたレザー・アーマーを身に付けている。
「早朝より恐れ入ります。本日はこちらから舟に乗って参りましょう」
そう言ってアクリスは舟に乗り込んだ。
オレ達もそれに続いた。
従者がもやい綱を解くと、舟は水の上を滑らかに進み始めた。
そして城壁の開いたところから、外の湖に出た。
「うっ、眩しい」
早朝の太陽の光が湖面に反射して、オレ達の目に飛び込んできた。
舟は湖面を進み、街が小さくなってから陸に着けた。
「ここからは私一人で参ります。皆さま、どうぞ宜しくお願い致します」
オレ達はアクリスを前後に挟んで、砂漠を歩き始めた。
意外なことに、アクリスはかなりの健脚であった。
オレ達は彼女に合わせてペースを落とす必要がなかった。
1時間ほど歩いてから休憩を取った。
見渡す限り、砂と石と岩の世界である。
遥か遠くに目をやると、霞んではいるものの山脈が見えた。
「ご存じですか? あの中にエルフの山の城があるのですよ」
「そうなのか……」
ゲネオスを感慨深げに山脈の方向を見た。
休憩後も単調な砂漠の行軍が続いた。
やがて砂丘が連なっているところに出た。
「申し訳ありませんが、この砂丘を越えて行かねばなりません。あの低くなったところから参りましょう」
アクリスが指さすところを目指して砂丘を登った。
登り切ったところでその先を見下ろすと、砂丘に周りを囲まれ、ここだけ平らになった砂地がある。
「あちらです」
アクリスに促され砂丘を下り、砂地の中をさらに進んだ。
しばらくしてからアクリスがオレ達に問い掛けた。
「この場所が何と言われているかご存じですか?」
「いえ、知りません」
「蠍の狩り場と呼ばれています」
狩り場!?
「狩り場というと、ここでは蠍が採れるの?」
今度はパマーダが問い掛けた。
「いえ、そういう意味ではございません」
再びゲネオスが口を開いた。
「それで、祠はどちらにあるのですか?」
「祠はここにはありません」
「もっと先にあるということでしょうか?」
「いえ、祠自体ございません」
「……どういうことだ?」
オレも思わず声をあげた。
しかしアクリスの顔を見てギョッとした。
アクリスの目から白目がなくなっている。目全体が黒い。
目の中は細かく仕切りが刻まれており、人族の眼球とは明らかに異なっていた。
「祠がないならどうしてこんなところに来たのですか? 何もないなら街に帰りましょう」
ゲネオスが言うと、アクリスはこれまでとは全く違うトーンで甲高い笑い声をあげた。
「ほほほほほ、その必要はございません」
そしてニーッと笑ってこう言った。
「なぜなら皆さまはここで死ぬのですから」
視界の端を赤黒いものが横切った。
そちらに目をやった瞬間、オレ何かにぶつかられたような衝撃を感じ、身体は空中に放り出されていた。




