第51話 緊急手術
さすがに砂漠の商人は抜け目がない。
おそらくはどこかから使い物にならない駱駝を二束三文で仕入れてきて、1万ゴールドを丸々利益にしようというのだろう。
しかし感心している場合ではない。こんな駱駝を渡されては詐欺も同然だ。
オレはもう一度シミターを抜こうか悩んでいたが、パマーダが黒い駱駝の周りグルッと回って何か観察しているので、まだ動き出さなかった。
駱駝が引きずっているのは左の後ろ脚だ。
パマーダは腿の付け根とお尻の辺りをずっと触っていた。
「ゲネオス、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
パマーダはこちらを振り返って、ゲネオスに声を掛けた。
「私が痛みを止めるから、駱駝のここの皮膚を切ってほしいの、その短剣で」
ゲネオスは、右の腰に差した短剣に手を置いた。
「スティングのこと?」
「そうよ。うちのパーティーの刃物の中で一番鋭そうだから」
パマーダは早く早くと促すような仕草をした。
「、、、分かった」
鞘から抜かれたスティングは、始め青白く輝いていたが、ターゲットが目の前の駱駝であることに気付いたのか、困ったように瞬き始めた。
しかしそんなことには構わず、ゲネオスは短剣を持って駱駝に向かった。
「エルフの短剣はそっと触れるだけでよいぞ!強く切らずともよい」
マスキロが不意に声をかけてきた。
ゲネオスはそれには返事をしなかったが、言われたことは伝わったようだ。真剣な表情でスティングの刃を駱駝の皮膚に当てた。
周りを取り囲んでいた観衆がざわついた。
オレは手を上げ、声には出さず「静かに」というシグナルを送った。
スティングはただ当てただけなのに、刃がスッと皮膚に食い込んだ。
そしてゲネオスが短剣を引くと、すぐに20センチほどの裂け目を作った。
パマーダの魔法が効いており、裂け目からは血がうっすらとにじみ出ただけだった。
駱駝は痛みを感じておらず、ピクリとも動かない。
パマーダが頷くと、ゲネオスは短剣を駱駝から離した。
短剣に付いた血はあっという間に蒸発し、スティングは元の美しさを取り戻した。
そして「やれやれ」といった体でその輝きを失わせ、ゲネオスが鞘に収めるのを待った。
パマーダはその左手を裂け目に突っ込んだ。
オレを含めて全ての観衆が息を吞んだ。
パマーダはさらに手を押し込み、手首が隠れるまで駱駝の身体の中に沈めていった。
しばらくしてゆっくりと手を抜くと、その手で何かを握りしめていた。
拳大の血の塊だった。




