第192話 姉と弟
やがて醜女たちは一人また一人と集団から外れていき、最後に残ったその女性も、やがて一軒の家の中に姿を消した。そこはスラム街ではなく、豊かではないが秩序の整った街区に位置していた。
オレは少し離れてゲネオスを見ていたが、ゲネオスはしばらく考えた後、その家に入っていった。オレはどうしようか悩んだが、しばらく外にとどまって周囲を観察することにした。
この街はオレが生まれ育ったところとは大分違う。空気は常にどんよりとしていてなんだかべたつく。街の周りは開けていたが、それは周囲の木々を採り尽くしたからだという。彼らは木をどんどん燃やして金属を精錬し、そこから武器や防具を量産しているらしい。今ではかなり遠くの方から材木を切り出しているようだが、工場は以前と同じ街の中にあり、そこからは嫌な臭いのする煙が四六時中周囲に流れ出していた。
街の中はモンスターと人間が入り乱れていたが、必ずしも人間が下位というわけではないようだ。すなわち強い者が上位、弱い者が下位。したがってオレたちにケンカを売るようなバカなモンスターは(先日の例外を除けば)いなかった。しかし弱ければ、誰しも奴隷となり得る社会だ。
人間が人間を召使いとして使っていても、オレはそれに気づかなかったかもしれない。モンスターがモンスターを召使いとして使っていても、最初は見慣れなくて驚くかもしれないがすぐに慣れるだろう。
しかしモンスターが人間を召使いとして使う様子は容易に見慣れることはできなかった。それはこのイマミアンドでは日常の風景だった。
人間はどんなに鞭打たれても抵抗しない。そもそも鞭打たれているのを見たのは一回だけだ。召使いはそうなる前に従順にモンスターに仕えている。召使いなら当たり前のことだ。
人間がモンスターを召使いとして使っていたら? このパターンはイマミアンドでも見たことがなかった。家の外で強い人間が弱いモンスターを使役することはあり得るが、人間はモンスターを家に上げたくないのだろう。
しばらくしてゲネオスが入っていた家の扉が少し開き、ゲネオスが手招きするのが見えた。オレはそれに従って家に近づき素早く家の中に入った。
中に入っても目が慣れるのに少し時間がかかった。窓は小さく、家の中は昼間でも暗かったからだ。
玄関はなく、扉から直接部屋につながっている。部屋にはテーブルが一つと椅子が二脚。木製の簡素なものだ。先ほどの女性は椅子には座らず立ったままゲネオスと話していた。
「サルダド、あれを」
オレは懐からもう一度指輪を取り出して、女に見せた。
女はフードの奥からその指輪をじっと見ている様子だった。
「するとあの子は本当にもうこの世にはいないのですね」
低く落ち着いた女性の声が語り始めた。
「あの子は私の弟です」




