第106話 共闘
ここでマスキロが口を開いた。
「エレミアよ。ワシも数百年大陸を彷徨って分かったことがある。魔王は短命ではないぞ。しかし不死とも違うようだ。魔王の属性は実に不可解で、ワシも完全には理解しておらん。いや、その端緒すら掴みきれておらんのかもしれん」
(魔王!?)
オレも薄々感じていた強大な敵の存在。冒険者となった頃は、これは単なる通過儀礼の類いと思っていた。実際、最初の冒険の後、オレは一度は家に戻ったくらいだ。しかしゲネオスたちと共にモンスターを辿っていくにつれ、その先にある何者かの存在を意識せざるを得なかった。
マスキロは続けた。
「デーモンについてはある程度分かってきた。奴らは魔界では不死ではあるが、この世界に召喚された後は違う。それでも数百年はこの世に留まることができるぞ。崖の下でモンスターの大群を率いているのはデーモンだ。奴にとってこの攻城戦は、いくら時間を費やしても構わぬものなのだ」
「だからと言って、私たちに何ができるでしょう。敵の数は膨大。私たちは今や本当に本当に僅かな人数しかいないのです」
エレミアの反応は消極的ではあったが、正しい部分もあったし、理屈にも適っていた。崖の下のモンスターは数も充実していたし、デーモンの下しっかり統率も取られているように見える。
「ゲネオス、崖の下のモンスターの数はどれくらいだったか分かるか?」
マスキロがこちらに振り返ってゲネオスに尋ねた。
モンスターの数!? マズイ! オレはそんなこと何も考えずにあのモンスター・キャンプに滞在していた。
「2千から3千くらいだと思う。森の中にいるモンスターの数が分からないので正確な数は分からない。けどオークのような相当ザコのモンスターもかなりいた。平均レベルはボクたちよりかなり低いと思う」
ゲネオスはマスキロの問いかけにスラスラと答えた。
オレはゲネオスの観察力に舌を巻くとともに、少し自分を恥ずかしく思った。
「エレミア、城の中の戦闘員の数はどれくらいいるのだ?」
「エルフが250人、ハーフ・エルフが50人といったところでしょうか」
とエレミアが答えた。
「非戦闘員は?」
「ここにいるエルフは全て成人しています。それにこの城に入った者は戦う覚悟のできている者たちです。男も女も戦えます。それはハーフ・エルフも同様です」
300人!? ゲネオスの目算に従えば、最悪の場合10倍の敵を相手にしなければならない計算になる。これはあまりにも少なすぎるとオレは思った。
しかしマスキロはそんなことにはお構いなしだった。
「レイモン、おぬしは10体のモンスターを倒せるか?」
「無論。30体でも大丈夫だ」
「その後ろの若人は?」
「私ですか!?」
急に指名され、レイモンの後ろにいたエルフの戦士はたじろいだ。
「そうだ。いかがかな?」
「はい、10体であればおそらく対処できるかと……」
レイモンが割って入った。
「マスキロ殿、見くびってもらっては困る。アンモスは仮にもエルフの魔法戦士だ。確かに戦いの経験は浅いが10体程度のモンスターに引けを取るはずもない」
「マスキロ殿、貴方の計算は机上の空論のように聞こえます」
エレミアが語気を強めて言った。
「一人当たりモンスターを10体倒す計算をするなら、10体倒すごとに一名の味方の命が奪われることを意味しませんか? 私たちはもう種族として後がないのです。一名たりとも命を犠牲にはできません」
「戦争をするのに犠牲者をゼロにできるものか!」
マスキロもまた強い口調で言った。
「しかし打ち手はあるぞ。ワシたちが手を貸そうというのだ。ゲネオス、サルダド、お前たちは100体、いや、200体ずつ倒せ。できるか?」
200体……。オークの類いであれば、例え200体に連続で襲われたとしても、今のオレたちなら一切ダメージを負うことなく倒すことができるだろう。しかしその中にジャイアント・スコーピオンや『白の貴婦人』のような強力な個体が混じっていたらそんなに簡単にはいかない。そして強大なモンスターは確実に敵の一軍の中にふくまれているのだ。
オレの心配をよそに、ゲネオスは自信を持って「できる」と答えた。オレは黙って頷いた。




