第105話 ゲネオス怒る
「女王になってどうするか、ですか?」
エレミアは驚いた目でオレを見つめた。
エルフの戦士たちがこちらを振り向き、腰に差した剣がガチャリと鳴った。別に剣を抜いたりはしないだろうが、彼らの表情が険しいものになっているのは分かった。
ゲネオスはオレの顔を呆気に取られた表情で見つめていた。
オレ自身、自分の声が想定以上に大きく、そして冷たく響いたことに驚いていた。けどもう後には引けない。オレはさらに言葉を続けた。
「ああ、そうだ。話を聞いているとあなた方はモンスターから逃げ回っている。ノトスの戦いが厳しかったことは城跡の様子を見れば分かる。しかし現在のノトスはモンスターの姿もなく平穏を取り戻している。100年だか200年だか知らないが、どうしてあなた方はオアシスに引き籠ったまま出てこなかったんだ」
オレはノトスの城跡で見た黒焦げの石材を思い出しながら言った。
「クレーネのこともそうだ。たった一度敗れただけで撤退とは! 残された人々はどうなる!? 実際クレーネの人々はここ数年モンスターの影に怯えて暮らしてきたんだぞ」
「短命の者とエルフとでは考え方が根本的に違います。私たちは不死です。事故や戦で死んではなりません。生きていればチャンスはある。敵の寿命が尽きるのを待つのです」
エレミアは表情こそ変わらなかったが、声のトーンからオレの言葉に不快感を感じていることは確かだ。
「じゃあ生き残ってどうするんだ?」
オレはなおも食いかかった。
「生き残っても逃げ続けるだけじゃないか!」
「エレミア様、あなたはまだサルダドの質問に答えていないと思います。つまり女王となってどうするのかについてです」
ゲネオスがオレの後を引き継いでくれた。
「女王は国民を伴います。ですが見たところここにいる人々はそれほど多くなさそうです。もちろん国民が少なかったからと言って、女王となれないわけではありません。問題は女王として人々に何をするかです。人々を率いて逃げ回り、人々を率いて以前より痩せた荒地に連れていくのが女王の仕事でしょうか?」
エレミアは何も答えなかったが、ゲネオスの心には火が点いてしまったようだ。ゲネオスはさらに続けた。
「私は怒っています。私はずっとエルフの足跡を追ってきました。探しても探しても見つからない。そりゃあそうです。あなた方は逃げ回っていたのだから!」
オレはゲネオスが声を荒げるのを初めて見た。
エレミアはしばらくオレとゲネオスの顔を見比べていた。その時間を使って冷静さを取り戻そうとしているかのようだった。やがてエレミアは口を開いた。
「確かにモンスターとは直接剣を交えぬようにしてきました。それはそうでしょう。現状をよく見てください。エルフの数は少なく、モンスターは無尽蔵に湧いてきます。ならば戦わず相手が滅ぶのを待つ。種族を絶滅の危機に晒すより、その方がずっと女王として責任ある選択だとは思いませんか?」
エレミアは回答を促すように、オレとゲネオスの顔を順に見た。
「私は少なくともそう考えておりますし。ノトス陥落以降、一人の民も死なさないようにしようと努めてまいりました」




