第104話 逃げ回るエルフ
「あなた方はノトスとクレーネを通って当地にお越しになったと伺いました。クレーネのことも教えてくれますか?」
エレミアが話題を変えるように言った。
オレたちはクレーネで起こっていたことをエレミアに伝えた。クレーネの人々に伝えたのと同様、アクリスが最終的にどうなったかについては触れず、ただ大蠍とともに命を落としたと説明するにとどめた。
「そう、アクリスが……」
エレミアは遠い目をした。
「アクリスとは非常に歳が近く50歳くらいしか違いません。小さい頃、アクリスは私にとってお姉さんのような存在でした」
大きな数字の話に慣れてきたオレは、50歳違いでも年齢が近いというエルフの時間感覚に驚かなくなっていた。
エレミアは話を続けた。
「私はエルフが南の国に移住してから生まれました。エレミアという名前も砂漠にちなんで名付けられたものです。アクリスは北の国のことをよく覚えていて、ときどき私に話して聞かせてくれました。私はアクリスが話してくれる北の国のこと、特に森の話や緑の木々の話を聞くのが好きでした」
オレの髪の毛の中でかつてアクリスだったコオロギかピクリと動いた。
「ノトスが陥落し、クレーネの街に移住したことはご存知ですか? あのオアシスはノトスから落ち延びた際、偶然発見したものなんです。エルフが長年に渡って見つけられなかったくらいですから、モンスターに発見されることもありませんでした。しかしある夜突然モンスターの侵入を受けました。一度は撃退に成功したのですが、その後エルフの間で協議し、私たちは特に信頼できる者だけを連れて、このパランクスの山城に移ることにしたのです」
この辺りの話でようやくオレたちが見てきた話と繫がった。モンスター撃退の功労者として、アクリスはその後のクレーネの街を治めることになったが、実際にモンスターを手引きしたのはアクリスだったのだ。
「少し昔話が長くなりました。何にしましても王冠をお持ち頂き誠にありがとうございました。あなた方がこの王冠を見つけてくださらなければ、永久に海の底に沈んでいたでしょう。そして亡き夫も暗く冷たい海の底で、永久に王冠を託せる人を求め続けたに違いありません」
エレミアがお礼の言葉を述べると、
「その王冠はお返しします。おそらくあなたが王冠を引き継ぐのに相応しい方でしょうから」
とゲネオスがエレミアに伝えた。
「ありがとう。これで名実ともに女王となることができます」
「女王になってどうするんだ?」
オレの声は思いのほか大きく部屋で響いた。




