第103話 王冠の帰還
「国王陛下か。しかし王はしばらくその姿が見えないと聞いているが」
マスキロは挨拶もそこそににエレミアに問うた。
「はい、陛下はノトスでの戦いの直前、援軍を求めて出港しましたが、遂に戻ってくることはありませんでした」
とエレミアが答えた。
マスキロが続けた。
「そなたは女王とはなっていないのだな」
「ええ、皆は女王と呼んでくれますが、実際には違います。国王陛下、つまり私の夫が消息を絶った際、王冠も失われました。王冠なしに戴冠することはできません」
エレミアはオレの方に視線を投げかけた。
彼女の目線がオレのミョルニルで止まった。
しかしエレミアは首をひねっただけで何も言わず、視線をパマーダやゲネオスに移していった。
エレミアはゲネオスの顔を見たときだけ少し怪訝な表情を浮かべたが、そのときも何も言うことはなかった。
エレミアは再びマスキロに向かって話し始めた。
「その後プエルトから助けは来ませんでしたから、国王陛下の試みは失敗に終わったのでしょう」
プエルトの名前が出てきて、オレたちは顔を見合わせた。ただ思い返してもプエルトの街でエルフからの救援要請の話は聞いたことがない。
それに気付いたのかどうかは分からないが、マスキロはエレミアにこう尋ねた。
「プエルトに? それはいつのことだ。しかも王冠を持ち出したとしてもそれは略式冠のはずだ」
「あれはノトスが落ちる直前でしたから、今から100年ほど前のことだったと思います。略式冠とおっしゃいますが、南エルフの国には略式冠しかないのです。正式な王冠は北エルフの王がお持ちのはず。それはご存知でしょう?」
100年前! それはプエルトの街で話題になっていないはずだ。
エルフの王が当時のプエルトに到着したのかどうかは分からないが、おそらくは着く前に何らかの事故に遭ったのだろう。もしくはモンスターに襲われたのかもしれない。
ゲネオスがガサゴソと懐から何か取り出した。クラーケンとの戦いで得た王冠だった。
エレミアは小さく「アッ」と声を上げた。周囲に並ぶ近衛兵や使用人たちも、一様に驚いた表情をした。
「これがその王冠ですね?」
とゲネオスが言った。
エレミアはじっくりとゲネオスの手の中にある王冠を見つめていた。そして、
「手に取ってもよろしいですか?」
と尋ねた。
ゲネオスは王冠を手渡した。
エレミアはしばらく王冠を様々な角度から調べていたが、やがて顔を上げた。
「間違いありません。これが先ほど申し上げた略式冠です。でもどうしてこれを?」
オレたちはエレミアに海上でのクラーケンとの戦いの話をした。エレミアは表情を変えずにそれを聞いていた。
「そうですか。今の話を伺った限りでは、クラーケンの中にあったのは間違いなく私の夫です。100年間、あなた方のような人が来るのを待っていたのですね」
エレミアの声はほんの少しだけ震えているように感じた。
「ありがとうございます。分かっていたことではあるのですが、皆さんのおかげで陛下の死を受け入れることができました」




