第102話 女王エレミア
エルフの戦士たちはしばらく何も言わずにこちらを観察していたが、やがてリーダー格の戦士が口を開いた。
「あなたは、、、マゴス殿では!?」
「マスキロと呼んでもらおう」
「失礼しました。マスキロ殿」
エルフの戦士はすぐに詫びて言い直した。
「そなたはレイモンだったか。何百年ぶりかな?」
マスキロがエルフの戦士に言った。
「そうですね。最後にお目にかかったのは北の大陸でしたから少なくとも400年……」
オレたちはまったく会話についていけなかった。
「マゴ、、いえマスキロ殿がご一緒ならあの程度の目くらましは無いも同然でしょう」
「そんなことはない。あの岩壁のカムフラージュはまったく分からなかったぞ。先ほど通ってきた崖の階段も見つけたのはワシではない」
とマスキロが答えた。
「マスキロ、エレミアというのは?」
オレたちはエルフの戦士たちに案内されながら歩廊を歩いていた。その道すがら、オレはマスキロに尋ねてみた。
「エルフの女王だ。正確にはエルフの王の妻か。まだ戴冠はしておらぬはず」
「なんだ、知っているならもっと早く教えてくれればよかったのに」
とゲネオスが不平を言った。
「それはすまなかった。しかしワシも南エルフのことはよく知らぬのだ」
とマスキロが答えた。
オレたちは三重の城壁の内側にある、塔ではない方の建物に向かっていた。
「こちらへどうぞ」
館の正面には高さが身長の3倍はありそうな大きな扉があり、左右に開く扉の両方に紋章が描き込まれていた。ノトスの城跡やクラーケンでの戦いで得た王冠に嵌め込まれていたものと同じ意匠であった。
オレがゲネオスに向かって目で合図を送ると、ゲネオスも黙って頷いた。
エルフの戦士が声を掛けると、扉は内側に開かれた。
館の中に入ってもそれほど華美な装飾があるわけでない。ここはあくまでも防衛用の拠点に過ぎないからである。
周囲では人が忙しなく動いている。離れたところから「ヒヒーン」という鳴き声が聞こえた。馬もこの山城の上で養っているらしい。
玄関の大広間を抜けると、周囲の人の数はめっきり減った。廊下をしばらく進むと、比較的広い部屋に行き当たった。
ここは玉座の間として使用されているものと思われた。オレたちをここに連れてきた戦士のほか、数名の帯剣した近衛兵と、同じく数名の使用人が待機している。
部屋の天井は高く、部屋の奥の方が少し高くなっていて、そこに豪華な背もたれのついた椅子が2脚置かれていた。
一つは空席だったがもう一つには女性が座っていた。
美しい女性だった。
初めはオレよりもはるかに年上のように感じたが、オレとさして違わないくらい、そう20歳くらいに見えることもあった。
オレは何度か瞬きをして、アクリスに初めて会ったときのことを思い出した。エルフは見かけと年齢にまったく関係がないのだ。
オレたちに気が付くと、その女性は席から立ち上がり、段を降りてオレたちのすぐそばまでやってきた。あまり格式張ったことはしないようだ。
「遠路はるばるよくお越しくださいました。エレミアです。マスキロ卿とお呼びすればよろしいの? 貴殿のことはかつて国王陛下から聞き及んでおりました」




