鏡の”才”
ヘルトとスノウに猫牙族の少女を加え食事を始めた。
今晩のメニューは暖かいスープとパンだ。
とはいえ、野宿での食事はいつもこんな感じである。
スープを盛った器には手を付けようせず、パンのみ食べる少女を気にかけヘルトが言う。
「あれ? この子、スープは嫌いなのかな?」
「アナタ、猫牙族を知らないの?」
「へ? 初めて見るわけじゃないけど……」
「猫は猫舌と、どこの世界でも決まっているのよ」
「あ、まだスープが熱いからか!」
少女はスープが熱いから食べられない、只それだけの事である。
「ヘルト、アナタの頭はこの先どこへ”逝く”のかしら? そんな話よりワタシへ聞きたいことがあるのでしょう?」
どこかへ逝ってしまうんですね。
と、思いながらもヘルトは本題へ。
「ああ、そうだった。さっきの力についてなんだけど、あれは何かな?」
「……お察しのようにワタシのビフォアよ」
ヘルトは何も察していなかった。
「……アナタの知能を侮っていたようね。心から謝罪するわ」
「い、いいえ。どういたしまして……」
当然ながら、スノウは先ず順を追って説明する必要があるとの考えに至る。
「この先、戦闘は避けられないのでしょうから、ワタシのビフォアは知っておいたほうが良いと思うの」
「そうだな。その考えについてはオレも同感だ」
そしてスノウは「同感は無理」と拒否した後、説明を始める。
少女の拘束を解いた件について……
「拘束具から鍵の構造を見て、直接解除したのよ。ワタシの瞳はそれを可能とするの」
これは解除も可能とするビフォアであって、解除だけ出来るビフォアでは無いとも。他にも近衛兵たちに奇妙な術を使用した事からも、ヘルトはそれを理解できた。
次に説明したのはスノウの瞳の話だ。
「ワタシの瞳は普通ではないの。簡潔に言えば、鏡ね」
「鏡? 自分の顔や身体を映す鏡のことかな?」
「他に何の鏡があるのかしら? 話が進まないのだけれど?」
ヘルトは俯き口を閉ざした。
「ワタシの瞳に映し出されたものは、ある程度自由に動かす事が可能だわ。今回の鍵や近衛兵の時も基本は同じことね」
スノウのビフォアは、瞳に映し出されたものを自分の意思で動かす事が可能。
しかし、万能では無い。スノウが自分のビフォアの話を始めたのは、それをヘルトに聞いてもらわねば、効率的な戦闘が出来ないと思ったから。
「けれども、これは万能では無いの。物を動かせると言っても浮かせることは出来ない。基本的に理に反することは難しいと言えば分かりやすいかしら?」
「こと? ……おう。分かりやすいな」
ヘルトはそもそも理の意味を知らなかった。
それはさておき説明は続く。
物体を浮かせられないのは、そこに支えるもの無いからである。
地面又はテーブルなどでも良い、何かに支えられていれば移動させることが可能とされる。それに加え、重量制限などもあり。
人間など自分の意思で行動できるものに対しては、もっと難しい。
相手の身体を自由に動かすことは出来ないのだ。
近衛兵たちの動きがとまり、地に伏せたのは……
近衛兵の着衣(鎧)を動きを制御した、のである。
「そういうことか。鎧を制御されたら、動けなくなって当然だな。地面に伏せたのは鎧事態を地に置いた? ってことかな」
「少し違うのだけれど……やっと小動物ていどには考えられるようになってきたわね。ヨシヨシ」
ヘルトは、そこはかとなく照れた。
「あと一つあるのだけれど……」
こう言ったスノウは更に説明を続ける。
それは……
単体では細かな作業を可能とするが、複数を制御するには大雑把な事しか出来ない、ということ。
拘束具の鍵については一つずつ外してゆけば良い事で、複数の鍵とは言っても結局は単体での作業となる。
近衛兵たちは複数人であり、制御した鎧に関してはもっと数が多くなるだろう。それゆえに単調な動きしか出来ず、また複数の物を制御するには、その一つの物だけに他の指示を与えることは不可能だ。
「ん? それは、複数を制御するときには瞳に映し出されたもの全てが制御されるってことかな? 勿論、さっきの鍵みたいな事は出来ないだろうけど」
「言っていることは間違っていない。けれど、全てでは無いわ」
実のところ全てでは無い。
近衛兵の鎧を制御しただけなのだから、それを瞳に映し出された全てとは言わないのだ。
「ワタシの瞳から制御したのは映し出された着衣の全て、よ」
「着衣……だったのか?」
「当たり前でしょう。只動きを止めるだけとはいえ何もかも出来るものでは無いわ。”鎧”だけに限定したら身体はまだまだ動かせる部分があると思うのだけれど?」
確かに”鎧”と限定したら脚などは動くだろう。
そこで『着衣』を制御した。
制御できる名称は一つであり、複数の物を制御できたのは『鎧』では無く『着衣』としたからである。
ここまでの話を聞き、ある程度は理解できたつもりのヘルト。
「変わったビフォアだな。魔術とかではないんだ」
「そうね、だから詠唱などは必要無いの。あと”映し出された物”とは言っても制御可能な距離は決まっているし、またすぐ隣にある物だったとしても視界に入ってなければ無理だわ」
「わかったよ――、ってあれ?」
「……これだけ説明して、まだ理解していないのかしら?」
ヘルトは「何となく気になった」という程度のことなのだが……
「いや、そうじゃなくてさ。あの近衛兵の時ってスノウの瞳に映し出された着衣を制御したんだろう?」
「ええ、そうよ。」
「……ってことは。オレも映ってたの、かな? あれ? どういうことだコレ」
ヘルトが謎めく中、スノウは静かに微笑み言う。
「ふふっ……漸く気づいたようね。そういう事よ」
……はい? ドユコト?
――結局、ヘルトの疑問は解決しないまま次の日の朝を迎えた。