宴
フィンネルの両肩が、重みを増す。
「……そんな、ありえぬ。ユキは我を好いているのだぞ? 我らアストラータのような大国ならば、フィアーバのような小国など取るに足らぬだろうに」
高慢さ。その自惚れからスノウの愛が真実だと。
自分に都合の良いことは深く信じ、悪いことは信じない。
スノウは、そんなフィンネルを利用したとも言える。
「フィンネル王子殿……いえ、今はただのフィンネルね。アナタに伝えたいことがあるわ」
「ユキ。やはりお前だけは――」
「……残念ながらそれはないわね。はっきりいうのは気が咎めるのだけれど……好きではなかった、どちらかと言えば嫌い、と言わせてもらうわ」
はっきり過ぎたフィアーバ王国第三王女。
鬼、だ。
フィンネルには判然とした姿勢で伝えなければならない。
理由はどうあれ騙していたことへの謝罪でもあり、自身の気持ちを心の 鏡を使用せずに伝えるべきだと。はっきりさせることが、スノウの意(心の内)だと分かってもらう為に。
我を騙していたのか、こう怒りを露わにするも――今のフィンネルの言葉は何も力を持たない。王族としての身分を失ったフィンネルは、何もできない一人の男。自分のみの生活も儘ならなぬ、平民以下の存在となってしまったのだ。そんな、しがない男に今更何が出来ようか。
暫くしてフィンネルは拘束され、アストラータの兵士と共に王都へ。
両軍は勝利ではなく、互いの分かち合いを求め歓喜した。
しかし、今回の一件はフィンネルの思惑もあったが、スノウの為にこうなったとも思える。スノウは、それが気がかりな様子を隠しきれないようだ。
ヘルトは呼びかける。
「みんなっ! ちょっといいかな? 聞いてほしいことがあるんだけど」
天啓はどうあれ、将軍ラクタールへ負けを認めさせた男だ。呼びかけられたら無視をするはずもなく、わやくやとした空気が一斉に静まった。
「みんなのお蔭で助かったよ、ほんと。ありがとう!」
皆きょとんとした仕草を見せたが……
「なにいってるんだよ、兄ちゃん。その台詞は俺たちが言わなきゃならねえ」
「……だな。スノウ様も、国も救ってくれたんだ。ありがとう」
「しっかし、どんな手品を使ったのか分からんが、あれには驚いたぜ」
先ほどの歓喜から、今度は御礼の言葉が飛び交うように。
ヘルトが礼を言ったのは、信じて命を預けてくれたことへの感謝。
それでも、この礼をするためでもあったが本題は違う。
「やめてくれよ、オレは何もしてないんだからさ。礼なんか要らないから、今回の主役の話を聞いてくれないかな?」
ヘルトは背中を押すように……皆をスノウをへ注目させた。
スノウは戸惑いながらも吐き出す声。
「あの……皆様。ワタシのせいで、こんなことになってしまい――」
ここで、ヘルトはスノウを止める。
「スノウ、違うって。今さっき、オレは見本を見せたつもりなんだけど?」
謝罪など、誰一人として望んではいない。
それはヘルトの口調や、人々の様子から容易に知れることだ。謝罪などではなく、もっと気の利いた台詞でスノウが”気に留めていること”を、自らの言葉で洗い流せ、と。
「――そうね…………」
スノウの周りへ、ビアド、アドリエンヌ、コリンヌ、レオン……両国の王族が肩を並べ心を、今一つに。皆「心のままに言え」そんな眼差しだった。
凛とした姿勢を保つ両国の王族が言いたいことは、たった二つ。
「ワタシは皆様を誇りに思います。本当に、ありがとうございました」
そう、感謝と誇り。
「「「「「アストラータ王国、フィアーバ王国、万歳ぁああぃいいッ!」」」」」
両国は”讃”え合い、感情を”湛”えあった。
自慢の髭を撫でながら、ビアド口が開く。
「スノウ、そしてレオン王子。良い民に恵まれたことに感謝せねばな」
「ビアド王様……もう二度と、二度とこのような過ちはさせません」
「お父様。ご迷惑をお掛けしました」
更にビアドは「レオン、それは違う」と。
「私はもう王ではないのだぞ? ただの髭親父なのだからな。はっはっはっ!」
「で、ですが……」
これを聞いたアドリエンヌも。
「ふんっ! その通りですわよレオン。わたくしが女王様なのですからね――、オーッホッホッホッ!」
やはり親子なのか、高らかに笑う姿は限りなく類似している。
この二人の笑いへ誘われたように、辺りは笑いの渦へと。
「良くやったな、アドリエンヌ。見事、だ」
アドリエンヌは、こう言ったビアドへ少し離れたスノウと会話するヘルトに視線を向け、応える。
「女王のわたくしなら、当然の結果ですわ――、けれども……今回はあの小虫に助けられたようですわね。わたくしはこの戦場さえも無き物にするつもりでした。それでも間に合わなかったのですから……認めたくはありませんが、結果が全てと感謝しなければなりませんことね」
アドリエンヌが感謝したのは結果論。
それでも、父ビアドや妹二人の命を救ってくれたのは事実。生きていてくれた生命のありがたさに感謝せざるを得ないのだ……だが、女王として一人に感謝することは出来なかったのだろう。他にスノウや国の為に命を賭したものが多々存在するのだから……
「そうだな。この戦場を収めたのは紛れも無く、彼だ」
その声や仕草は届かなくとも、二人は心や視線で深く頭を下げた。
それこそが、王族としての感謝の意。
そんな二人の会話は。
「ヘルト。アナタ一度は断ったのに、なぜここへ来たの?」
「んー……なんでだろう? いろいろ考えてみたけど身体が勝手に?」
「そういう言い方をするひとって謎だと思うのだけれど? 身が勝手に、とか人ですらないわ。誰に造られたの? アナタ……もしかして何者かに操られた傀儡なのかしら? それとも”また”不純な動機を隠すため?」
――何言っちゃってるの、コノヒト……
人造では御座いませんが?
希望のない二択を、ありがとう。
……とは思っても、ヘルトはもう慣れっこだ。
ヘルトは、”そこ”が可愛いから許す。そうM、だ。
そこに慣れて良いのかは別として、会話は至って支障なく進む。
「まあ、不純ではあったかも? スノウを助けに行ったら喜んでくれるかな、とか。またあの頃みたいに一緒にいられるかな……、とか? 他にもいろいろな理由があった気もするけどさ。結局はスノウを護りたいだけなんだなって」
「……ヘ、ヘルト? それは本気で言っている――の!?」
その少女、あたふた。
「まあね――、って言ってもスノウは王女様なんだし、これから一緒になんて無理なことくらいは分かってる。ただ単に気持ちがそうだってことさ。だからさ、これからは遠慮なくオレを”利用”して欲しい」
スノウは思い出す。
王都の公園広場で差し伸べられたヘルトの手と、天啓で柵を作ったときにヘルトの肩へそっと乗せた自身の手。どちらも同じ温もりを感じた。護られている安心感、護ってほしいと思う素直さ。
それと同じ気持ちを、再び記憶から呼び覚ますヘルトの言葉。
王女ではなく、ひとりの女性をして胸が熱くなる……
……素直――なんて言葉は似合わないのだけれど。
アタシも、そんな素直な気持ちでヘルトを信じていたのね……
こう思い……いや、こう思ったからこそスノウは言う。
「以前にワタシが『人を信用するな』と言ったことを覚えているかしら?」
……抱えて来た悩みを。
結局は、自分に対しての当て付けだった。それを認めたくないからこそ、スノウは否定したといえよう。
「ん? あ、うん。あれさ、努力してるんだけどオレには無理だった」
そこは努力ではないわね、ヘルト。
と、思いながらも。
「そうではないの。あれは取り消すわ……アナタの良いところは、人を素直に信じれる、というところなのだから」
「そっか。正直悩んでたんだよね……あ、これダメだわって。けどスノウが褒めてくれるならオレ無能でもいいや。オレさ――」
【スノウに逢えて良かったよ! オレを変えてくれてありがとうな!】
それはスノウの心に響く――
変えてもらったのはワタシなのよ、ヘルト。
アナタは決して驕らない……
そんな性格だから、他の人を変えてゆくのでしょうね。
こう思うスノウは勿論、ヘルトを無能などとは思っていない。
たかが『無能』という言葉の話ではあっても「護りたい」と言ってくれたヘルトを無能扱いする者は許せなかった。
スノウは……
ヘルトへ聞こえるか、聞こえないかの小声で――
「アナタは有能よ。それに、ワタシにとっては最高の――……」
スノウはヘルトとの視線を逸らし、想う。
――騎士なのだから……
……………………
………………
……――
――この翌日、アストラータ王都にて盛大な宴が開かれた。
その名目は『同盟破棄の解除』である。
これにより、両国の絆はさらに深まったといえよう。
お祭り騒ぎの三日間……ではあったのだが、肝心なヘルト及び両軍勢参加したのは宴の二日目からだった。その遅れてしまった原因とは……
……天啓にの副作用により、全員が凡そ二日間も眠ってしまったからである。




