国を想うならば
「あ、兄上……なぜ、ここに」
「フィンネル。おまえは何をしたのか、分かっているのか! 禁術を使用させただろう!」
「あ――、あれはですね。フィアーバの者や、スノウ王女が……」
今のレオンにフィンネルの言い訳など聞く気はない。
「言い訳など、王族として恥ずかしくないのか……もういい、父上からの伝言だ。おまえは現時点を以て王族としての身分を剥奪、及び王城内での拘束、監禁を命ずる」
その優しさゆえ、弟フィンネルには好きな事をさせてきた。
しかし、これほど多くの命を無慈悲に奪えるような弟だったとは……、と。
レオンは、ここまで怒りを露わにすることは、今までに一度も無い。
知らず知らずのうちに、レオンはこんな残酷な弟となってしまったことに後悔している。フィンネルに対しての怒りより、こんな弟に気づかなかった自身への怒りのほうが、遙かに強い。
「我が? そんな……父上は何を考えているのだ」
「禁術を使用させたんだ、普通なら死罪だろう。ここは父上の優しさに感謝するべきなんだよ……それも分からないお前は、人として間違っている」
禁術を使用するとは、そういうことなのである。
かつてこの術が封じられたのは、危険すぎるだけではなかった。不確定要素が多すぎることも理由の一つだが……本来ならば、防壁魔法を張って安全圏とされたフィンネル自身も、死していたからだ。
禁術は、その昔に『悲劇の魔法(シェイクスピア)』とも。絶対的な破壊力をもつ術が、たかが一般兵の作り上げた防壁魔法では身を守ることなどできないだろう。術者までも命を落とすほどの悲劇を産む。
記された文献の著者は『遠く離れた位置からの感想』を述べているだけ。使用した者が、誰一人として生き残ってはいないのだから、それは当然とも言える。
その悲劇を知る者はこの場にいない。文献の著者は全滅したことは分かっても、何が起きたかまでは分からないのだ。死を遂げた術者本人にしか分からないのである。
フィンネルや魔術師たちも、それを知らずに使用したのだが……
結果論であっても、救われたのはフィンネルを含む全員となるだろう。
「なぜ我が? 同盟破棄は行われたのですよ!? フィアーバに勝てば良いでしょう? 我々アストラータの貴族が、無残にも殺されてい――」
「それはおまえの命令で、だろう? フィンネル」
フィンネルは抗う。
この惨劇を招いた本人でありながらも、そこに罪の意識はないようだ。
そんなフィンネルに愛想が尽きた――とはいえ、レオンは『兄であり血の繋がった兄弟』との思いは変わらない。どのような弟であっても、やはり弟なのだ。
なぜ分からないのだフィンネル……
と、レオンは拳を強く握りしめた。
「兄上、なにを言っているのです! そんな戯言を誰からッ!?」
レオンからの返事はなく、ただ悲し気な眼差しのままに。
そこでレオンの背後から、すっと姿を現したのはアドリエンヌだった。
「それは、わたくしですわ。フィンネル」
「な――、っだとぉお! アドリィイ、エンヌゥウウ!!」
「「「「「アドリエンヌ(お姉)様!」」」」」
アドリエンヌの姿を確認した者たちが、その名を呼び駆け寄る。
無事で良かった、と思う感情から、身を、脚を、アドリエンヌの元へ向かわせた。数万名の人々がアドリエンヌを中心に集う。
「兄上! こんな女の言うことを信じたのですか! たかが小国の王女――」
言葉を遮るレオンの怒号。
「フィンネル、無礼なことをいうな! お前、死にたいのかあっ!」
「――は? どうしてなのです? こんな女になにができると……」
レオンはアドリエンヌへ跪き、フィンネルへ伝える。
「このお方は、フィアーバ王国第一三代女王アドリエンヌ・オレリー・パラミシア様。身を弁えるんだ、フィンネル」
この言葉を聞き、辺りが騒めく。
皆知らなかったという様子だが、これを知っていたのはビアド含む数名でしかない。つまり、ビアドが交渉を託した際に、アドリエンヌへ王権を譲ったのである。これは、同盟を取り戻すためではあっても、そう簡単に譲れるものではないのだが……
実のところ、ビアドとしてはアドリエンヌを女王へする気は無かった。
他国のレオンが王となってほしい、とまで考えていたほどに。これは我が儘な性格の問題ではない。
王とは辛く険しい道のりを、一生涯歩み続けなければならない責務を背負うからである。決して逃れる事のできない身分、それが王。
例えば他国と争うことになったとしよう。ここで恨まれるのは王の仕事となる。普通の人間なら、戦いたくない、死ぬのは嫌だ、こう思って然り。民から恨まれるのが嫌だから、貴族たちは王へ決断を委ねる。
階級社会とは、一番上が良いとは限らないのだ。
その分贅沢をさせてもらっているといえば、その通りなのだが……
アドリエンヌの場合は読心がある。恨み、妬み、こんな感情が直接声として聞こえてくるのに、女王となるのは酷だといえよう。
ビアドの気持ちは王としてあってはならないものだが、愛する娘に苦しんで欲しくはなかったのだ。
それでも王権を譲ったのは……
アドリエンヌの成長を目の当たりにしたからだった。
オルマムも感じ取った『女王としての片鱗』を。
――この娘なら国を救ってくれる、とまで。
そして――
アストラータ城で、アドリエンヌは同盟を再び結ぶことに成功している。
更には、同盟を左右する権限はフィアーバ王国へ一任された。これを以て女王であるアドリエンヌに全ての権限があるといえよう。
国の大きさなどは関係無く、姉妹国で言うなれば『姉』の国となった。
しかし、なぜ”大成功”と称賛できるほどの結果となったのだろうか。アドリエンヌが女王だからというだけでは、難しい。
アドリエンヌは二つの策を用意していた。
一つ目はこの女王だが、もう一つある。
それは、アストラータ王や貴族たちの言っていた『証拠』――
――ヴォルツ”前”伯爵。
カーランドはヴォルツと捕らえ、証人として王城へ。
これはカーランドが己の罪を償うためであり、ヴォルツへ罪を償ってもらうためだ。カーランドは自らも証人として謁見の間へ姿を現した。なかなか潔きかな、チョビ髭の旦那。
ヴォルツは死亡したことになっているのだから、今回フィンネルが軍を差し向けた行為は無と化す。
更には……
「わたしへフィンネル様とスノウ王女を殺れ、と命じたのは兄です」
「ヴォルツ――、この兄を裏切るきか!」
ヴォルツはアストラータ王の前で、こう暴露した。
この兄とは、アドリエンヌが読心にて暴露した貴族の一人であり、同じ”肥えた腹”をもつ者。ヴォルツは正直に答えたのは、貴族としての地位を失い、兄を恨んでいるからである。
この会話でアストラータ王は、アドリエンヌへ全てを委ねた。
「アドリエンヌ王女――失礼、女王。もう、我が国は取り返しのつかないことになっているのだな。フィンネルのこともそうだ……このアストラータの今後はアドリエンヌ女王が決めてくれないだろうか……」
アストラータ王はアドリエンヌへアストラータ王国の今後を。
この言葉の意図は『アストラータ王国が滅んでも良い』ということだ。アストラータ全土がフィアーバ王国へ名を変え、アドリエンヌが主権を握る事を指す。
アストラータ王は、その王族としての身分を代償に民の幸せを願った。
アドリエンヌは答える。
「アストラータ王。わたくしはこんな薄汚い国や、王の命なんて欲しくはありませんことよ。それを分かっておっしゃっているのかしら?」
「勿論だ。しかし、どう償えばいいのだ……」
「ふんっ! 下らない話ですわね。あなたにはレオンがいるでしょう。頼りないけれど、国を想う気持ちだけは認めているのですよ。王だからと言って独りで決めるのは、どうかと思いますわ。何様のおつもり?」
勿論だが、何様と聞かれたら王様だ。
だが、王が潔くともアドリエンヌの考えは違う、そうでは無かった。
ここで「父上、アドリエンヌと話をさせていただいても……」とレオンが口を開く。
「アドリエンヌ女王陛下――」
「レオン、女王ですって? つまらない社交辞令はやめていただけないかしら?」
「ああ、そうだねアドリエンヌ。僕は国を守りたい……こんな貴族たちでも、僕を慕ってくれているんだ。だから敢えて言わせてもらうよ――」
レオンはアドリエンヌと、しかと見つめ言う。
「これからは国の治安維持に励む。許してくれ、といっても許されることではないけど……国を建て直す機会をくれないだろうか?」
「……やっと真面な答えが聞けたようですわね」
アドリエンヌは王の決断などが聞きたかったのではない。
どうしたいのかを聞きたかった。ビアドがアドリエンヌへ王権を譲ったのは、この考えをもつから……国を想うなら、最後まで抗う心の強さを感じたのだ。
――――――
ヴォルツの兄は「心の声」の話で、最後に暴露された貴族です。
お気づきでしょうか?
アドリエンヌ様が活躍しすぎですが、そこは「童話の国編(フィアーバ王国)」の話ですので、ご勘弁を。




