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旅路の途中で(2)

 ◆


 テリアを出発したのは、結局二日後の昼だった。

 昼刻になってしまったのはヘルトが寝坊しただけのこと。

 昨晩までは腹痛で唸っていたが、本日は快調といったところか。

 現在地はテリアの出口付近である。


 それよりも、二人が気になっているのは「テリア出口に検問がいる」という事だ。


「――あいつら近衛兵かな?」

「いいえ、王国の兵士のようだけれど近衛兵ではないようだわ」

「そうなのか? スノウは何でも分かるんだな……見分けがつかないや」

「まず鎧が違う。あと左胸に”章”がないわ」


 スノウが言う『章』とは、近衛兵の左胸に必ずある盾のような印を指す。

 そのくらいならヘルトにも分かるのだが、三〇歩以上離れた位置にいる兵士の胸など確認できる筈も無く。


「……スノウには、あれが見えるのか?」

「ワタシの眼が特別なのよ。けれど、そんなもの確認せずともすぐに分かったわ」

「す、凄いな。王国兵なんて章でしか区別できないと思ってた。スノウは何でも分かるんだな」

「この国の兵士なら――」


 スノウが何かを言おうとした時、数人の兵士たちが二人へ近づいて来た。


「――どうやら、おしゃべりしている暇は無さそうね」


 スノウはこう言った後、フードで顔を隠すようにしてフワリと覆う。


「この間の”あれ”を使ってくれよ」

「それは難しいわね。まだ距離が遠い……それにあの人数では全員を抑えきれないわ」


 ”あれ”とは、スノウのビフォアの話である。

 しかし、それほど遠距離で使えるビフォアでは無いようだ。


「そういう術なのか?」

「術では無いのだけれど――」


 すぐ目の前まで迫ってきたのは三人の兵士。

 出口の前では門を挟むように、あと数人の兵士と護送用の馬車も確認できる。

 先頭に立つ男は右手に手配書を持ち、二人へ声をかけてきた。


「おい、お前たち待つんだ」


 どこの街でも罪人の検問は良くあることである。

 しらじらしく応えるヘルト。


「ん? オレたちに何かようか?」 

「お前……似ているな。この手配書の男に」


 兵士は手配書をヘルトへ向け、ヘルトの全身をまじまじと眺めた。


「そんな何処にでも居そうな顔に似てると言われてもな」

「お前の言う通り、何処にでも居る顔ではあるが……ぅうむ。似ている」

「そうだろう?」


 更に疑りの眼差しで見つめる兵士。

 そんな兵士に対し、少し俯いたままスノウが言う。


()()()……どうかしたの?」

「ん? お前の名はベルトと言うのか?」


 ――オレは腰に巻かれて()ェ!

 と、ヘルトは思いながらもこれに合わせる。


「べ、ああ。なんかこの兵士たちが、手配書の男とこのベルト様に似ているって言うんだ。困ったもんだよ、ベルト・ヴェルトゥ・ベルベべべェル様に向かって、な?」


 当然ながら、ヘルトは適当な名を言ってみただけである。

 

 良く噛まずに言えたわね。けれど適当に言ったのに()()()を出すとは驚愕だわ。

 と、思うスノウ。

 これを聞いた兵士たちの心が少なからず、ざわついた様子を見せる。


「あ、あなた様が……あの高名なベルべべ――うがっ! たま()でしゅか」

 

 噛んだ。

 だが、”まさか”の高名だったことにヘルトは戸惑う。


「そ、そうなのか? ――あ、コホンッ! 兵たちよ身の程を(わきま)えよ」


「「「「「はっ!」」」」」 


 一斉に地へ片膝をつく兵士たち。

 この先どうしたらいいの、と思いながらも。

 

「うむ。良く出来た兵たちのようだな」

「べル――様に褒めていただけるとは、光栄の至りに存じます!」


 噛むことを恐れ、簡略化した。

 出来れば嘘がバレる前に街を出たいが、スノウはこれを好機と考える。


「兵士さん、少し相談があるのだけれど良いかしら?」

「はっ。奥様、私たちに出来ることならば何なりと」


 スノウのことを奥様と聞いて頬を染めたのはヘルトただ一人である。


「ワタシたちはこの先のガーゼルへ急ぎの用があるのだけれど、馬車を破損してしまい困っているの。馬車を一台お願いできないかしら?」

「それは宜しいのですが、お急ぎでガーゼルまでとは何用でしょう?」


 少し面倒な質問をしてきた、と。


 ――馬車があれば身も隠せるし便利ではあるけど、理由も分からず国の物資(馬車)を他人に譲るわけにもいかないよな。それが高名なひとでも……べ、何とかって人が、どこの誰かも分からないのに、兵士が納得できる答えを言えるのだろうか?


 こんな自分で言った名を忘れたヘルトの脳裏を余所に、スノウは淡々と答えた。


「ハルバトーレ卿へ会いに。何なら本人へ直接聞いてみたらいいわ」

「い、いえ! ハルバトーレ様へ私のような一般兵が直接聞き(ただ)すなど……」

「そう。では、急いで馬車を用意していだだけるかしら?」


 兵士の言動からハルバトーレと言う者()高名な人物らしい。

 しかし、嘘をついているであろうスノウが、何故すらすらと高名な人物を言えるのかと。ヘルトとしては不思議である。

 兵士は困ったような様子でスノウへ答える。


「はあ……馬車を用意するのは構いませんが、今すぐにというわけには」


 スノウは街の出入り口付近に止めてある、馬車へ顔を向け言う。


「どうしてかしら? そこにあるのはアナタたちの馬車ではなくって?」

「そ、そうです。馬は何頭か余りがあるのですが、馬車はあれ一台しか持ってきてないのです。それに――」

「それに? ――、とは」

「はい。あの馬車はそれほど大きくは無いのですが護送用でして……奴隷と罪人の。今は獣人の小娘しかおりませんが、奴隷を野放しにするわけには行きません。出来れば迎えがくるまで拘束しておきたいのですが」

  

 一般兵であるこの兵士たちに奴隷を得る財力などない。

 そう考えると、兵士のいう獣人は何処かから逃げ出してきた可能性が高いだろう。その奴隷獣人をたまたまこの街で見つけ、拘束したことになる。


 拘束された奴隷は、大きな都市にしかない奴隷用の牢獄で監禁され元の(あるじ)へ帰すのが国の決まり。それを踏まえ、兵士たちは奴隷を迎えにくる新たなる護送を待っているのようだ。


「そういうことなのね。アナタたちは罪人の検問で街から出れない。そして奴隷は野放しにできないから次の護送がくるまで待て、と言いたいのかしら」

「はい……その通りです。しかし、未だ護送の手配が(とどこお)っており、いつになるか」

「ならば、ワタシたちがその奴隷をガーゼルまで送り届けましょう。ねえ、あ、な、た」

「え? あ、うむ……」

 

 突如としてスノウが気味の悪い呼び方で話を振ってきたが、ヘルトの返事を聞き安心したような兵士たち。


「本当にございますか! 助かります。さすが――様、心がお広い!」

「だ、だろう? 心の広さなら、このベ――様に、敵うものなどおるまい! はっはっはっ!」


 スノウは何も言わなかった。

 (こと)が上手く運び、同時に馬車を手に入れることが出来た二人。

 ただひとつ気になるのは、馬車に居るという『獣人』のことである。

 気になる、とはいえ小娘と聞いているのだから、それを脅威と感じているのでは無いのだが……


 馬車のキャリッジは四、五名乗車できるほどの広さしかない。

 キャリッジと言っても、高級感などない木材むき出しの外装。

 しかし、ヘルトとスノウへ一人を加えた三人で乗り合わせるだけなら苦も無いだろう。

 ヘルトは後部にあるキャリッジの扉を開くと――


 ――中には獣の耳をした猫牙(びょうが)族の少女が、ふたりを怯えた眼差しで見つめ肩を震わせていた……

 

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