禁術「ノヴァ」
「んんんんー? あ奴ら何をしているのだ?」
こう、フィンネルが口にした視線の先には異様な光景が。
更にフィンネルは嘲笑。
「あっ、はははははぁあっ! これは傑作だ。皆、逃げ惑うかと思えば的を射り易くしてくれるとはなぁ。まあ、どこへ逃げても逃げ切れるものでもないのだから、正しい判断だろう」
禁術で危害を被る範囲は、計り知れない。
コリンヌが「王都までも……」と言ったのは、あくまでも予想だ。そもそも、こんな膨大な魔法量の術など、誰も見たことがないのだから想像もつかないほうが自然。従ってコリンヌは『己が使用可能な最大魔法を考慮して、この人数ならどこまで危害が及ぶか』を、予想しただけである。
他に文献などにその破壊力は書き残されているが、それはそれ、これはこれ。
これは強大な魔力をもつ、コリンヌにしか予想できないことかもしれない。
フィンネルは両腕を大きく広げ。
「さあさあ、演舞台の始まりだねぇ――」
それは……
演劇の舞台が始まるように幕が開く――――
爆発魔法(エラプション)
結晶魔法(ヘドロン)
蒸発魔法(エクスハラティオ)
――――部隊の散歩手前、その中心部の上空にある一点の合術用の陣へ、矢のように射り注ぐ無数の魔法。
水没魔法(イマージョン)
電流魔法(インパルス)
氷柱魔法(アイシクル)……
……――――
崩壊魔法(ブレイク)
空襲魔法(エアレイド)
魔術師たちの心が乾く……
悔やみ、謝罪、慈悲、そんな心を無にしなければ、仲間たちを命を無残に奪うことなどできないのだ。哀しみを押し殺し放つ。ただ一点の陣へ目がけて。
岩石魔法(ロック)
放電魔法(スパーク)
氷結魔法(フリーズ)
津波魔法(タイダルウェイブ)
焼灼魔法(アブレーション)
・・・・・・・
洪水魔法(イヌンダション)
・・・・・・
猛吹雪魔法(ブリザード)
これを敢えて例えるなら『光の球を陣へ目がけて投げ飛ばす』――
――基本的に魔法とは、発動する位置を示さなければならない。
従って発動するまでは何も持たない球体である。この理屈を伝える必要はないだろうが、仮に術者の位置から発動した際、炎なら燃え、氷なら凍ってしまう。術者本人は生身の人間であり、津波や地震などなら尚更危険。距離を置くのは基本中の基本だ。
・・・・・
突風魔法(ゲイル)
・・・・
地震魔法(クエイク)
・・・
真空魔法(バキューム)…………
・・
死への残り時間を、秒読みされるかのように。
炎・水・氷・雷・土・風……六属性の魔法の群は止まる事を知らない。
あり得ない、そんな膨大な魔法量が一度に解き放たれるのだ。フィアーバとアストラータの軍は一丸となり、只々祈る――
――――――――――――――――
――――――――――――
――――そして……
魔法(魔力)量は、ある一定値を超えると上級魔法へ”名”を変える。
そのために創られたのが合術。
それが更に限界値を超えた際『禁術』へと進化。このシンパティーアにおいては、魔法の強さとはその魔力の量で決まるということ。魔力の多い者は、より上級の魔法が使用でき、少ない者は合術で補っている。それゆえに人数さえ集めれば、誰でも上級魔法が使えるのだ。
簡潔にいえば『弱い魔法でも魔力の多い者が使えば、それは上級魔法』と、なる。ただ単に魔力量が違うからその効果も変わり、それに伴い名称も変わってゆく、と言えば分かり易いだろうか。
結局のところ一般魔術師でも、賢者でも、元は同じ基本魔法を使用しているにすぎない。
だからこそ、この合術が創られた――または創れた、といえよう。術式そのものは何も変わらないのだから。
かく言う、その合術だが……
この『禁術』となるには魔量も重要だが、もう一つ条件がある。
それは、五属性以上の複合が行われなければならない。今回に関しては炎・水・氷・雷・土・風の全六属性。他にも光や闇など複数の属性もあり。
そんな六属性の魔法が、今一つになる。
魔法量の限界値を超えた魔法に、名などない。
いったいどのような魔法になるのか、使用する毎に姿を変える。不確定要素が多すぎる、そんな意味合いから各々の名を付けることは難しい。
……だからこそ、呼びたいように呼ぶ。
禁術の規制が行われる前、そのどの属性にも当てはまらない魔法を、人々はこう呼んだ。
――【神星魔法 】[ノヴァ]
ヘルトたちへ向けられた神星魔法は、陽を遮り、辺りを闇と化する。
それほどに広範囲へ及ぶ、闇に渦巻く球体。黒く巨大な隕石が落下してくる、そんな光景だ。
この宇宙のどこかに存在するというブラックホールに近しい。神星魔法は心さえも吸い込んでしまうかのように渦巻き、禍々しくもゆらりと迫る。
只々祈り続けるヘルトたちに言葉は無い。
どれだけの速さを用いても逃げることなど皆無。
この場でたった一人、声を発しているのはフィンネルのみ、だ。
「いやあ、この演舞台は楽しいねえ……そうだろう? 魔術師どもよ!」
こう、魔術師部隊へ問う。
「「「「「は…………は、い……」」」」」
「んんんんー? 笑い声が聞こえなかったぞ? なぜ笑わぬのだ……」
フィンネルの怖ろしき形相にひれ伏し、笑うしかなかった。
「「「「「は、はっははは、はは――」」」」」
顔をの口角を無理に引き上げ笑う魔術師たち。
もう、止めてくれ、許してくれ……
心を痛めながら、悲涙する代わりに笑いを零す。
眺めることすらできない、そんな中ついに――
――着星。
一瞬、時が止まったかのような無音、辺りは静寂。
黒い球体は、その膨大な魔力を凝縮し、すっと収縮した。
……まるで消滅したかと思えるほど小さな球体となった、後。
光を放ちながらリング状に広がる。
その”輪”はアストラータ王都までをも埋め尽くす。
「これが初めて見る神星魔法なのか? 美しい光ではないか! これでは城にいる父上や兄上までをも死んでしまうなあ? あっははははぁあ!」
フィンネルはの口調はまるで「王が死んだら我がやる」と言っているように。
魔術師部隊の隊長は、静かに口を開いた。
「私は、自分の命のためだけに仲間や王都までを。最、低、だ……」
神星魔法の威力は文献にも残され、その威力は「見れば分かる」というところか。王都の隅々まで行き渡った神星魔法は、猛獣のように全てを喰らい尽くすだろうと。それほどに、安全圏である巨大な防壁魔法の中にいてもビリビリと大気を揺さぶる、波動を感じた。
この光が消え去る頃には、もう遅いのだと――
――――――――
―――――
――
……そこ、つまり神星魔法が被弾した中心部。
佇む兵士たちが数万人。
「……今のは? どうなってるんだ?」
「生きてるよ、俺たち!」
「き、奇跡……、だ」
眼球のみならず、舌まで飛び出しそうな勢いで凝視するフィンネル。
(((((――――ェ?)))))
フィンネルと魔術師部隊が王都の郊外で、誰かさんたちと同様に「エ」を叫んだ。
「――良かったぁああ! 間違ってたら、オレこのさき生きて行けなかったよ」
「ヘルト君。きみの考えと、わたしの考えが同じだったんだ。万が一にも間違ってなったさ。君を、自分を、信じていたからね」
距離のあるヘルトとハルバトーレの声は、互いに届かず。
それでも、二人は顔を見合わせ笑顔を贈り合う「やったな」と。
「どどどどどど、どういうことなのだ! あ奴らは、なぜ生きているのだっ!」
フィンネルには全く理解できなかった。
それどこか、ヘルトとハルバトーレ以外は何も分かっていないのだ。神が救ってくれた、などと思っている者ばかり。
しかし、この場にいるほとんどの者達が謎めくのは当然のことである。
言わば絶対的な破壊力。それが目の前で解き放たれた。痛みなど感じる暇さえ与えず、肉体が消滅して然るべき破壊力だったのに、なぜと。
広大な範囲へ及んだはずの神星魔法は王都を埋め尽くしたはず。それは、フィンネルのみならず全員が見た光景。なのに、だ……その王都でさえも神星魔法を放つ前と変わっていない。まるで何も無かったように。
この真相は、現在から数分前へ遡る……
……――――




