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今、考えるべきこと

 

 死の宣告は、自軍であるアストラータ兵へも

 もう、詠唱は始まってしまったのだ……ならば、すぐにでも対抗すれば良いとも思えるが、それでは解決方法にならなかった。


「おっさん! 今すぐあの王子を止めてくれ!」

「だめだ……私たちはもう、死を選ぶしか方法がない。皆、家族がいるのだ許せ……」

「なんでなんだよ、おっさん!」


 周りを見れば、既に諦めた様子で膝を付くアストラータ兵士の姿が。


 逃げても死、対抗しても死、生き延びても死が待つのはアストラータの兵士。フィンネルの気を悪くさせることとは、そういうものなのである。たとえ対抗しフィンネルを討ち滅ぼせたとしても、王子を殺害してただで済むわけもない。


 彼らにも家族がいるのだ。今ここで黙って死を待つことが、家族にとっても自身にとっても、最も問題とならないのである。アストラータ兵士たちの家族は、言わば”人質”と呼んでもいいだろう。

 ヘルトに近づいてきた仲間たちも、その焦りは隠せない。


「あっちゃあ。いったい何人に詠唱させてるんだ、あのバカ!」

「これは、ちょっと厳しいわねン」


 オレハとケイツアは「手がない」という表情で詠唱する魔術師部隊を眺める。

 それは、この二人だけではない。


「……お父様。この魔法量では王都までも被害が」

「何も知らぬ自国の民までをも、あの男にしてみれば要らぬ存在だというのか……まさか禁術(きんじゅつ)を使用してくるとは」


 仮に数千名の魔術師が一度に複数の合術(ごうじゅつ)を放った場合、幾らこの場が王都の郊外であろうと王都へ多大なる被害が及ぶだろう。それだけ合術を重ねることは危険であり、また『禁術(禁止された術)』とされている。因みに禁術が定められたのは、現在から凡そ三〇〇年前である。


 フィンネルたち魔術師部隊は、大勢の魔術師で防壁さえ張れば傷一つ負うことはないが、フィアーバ及びアストラータの兵士に防壁を張れる者など皆無。敢えて名をあげるならコリンヌくらいなものだ。たった一人の防壁のみで何人が救えるのだろうか……ではなく、コリンヌ一人では自分の命すら危うい。


 ヘルトへ集結するの者たち。

 ここで、悲しそうな顔で会話を始めたのはヘルトだった。


「スノウ……みんな。どうしよう、オレ――」


 皆が同時にヘルトの様子を伺う。

 口を開かず静かに……

 全員、ヘルトが悲しみに思い悩む気持ちは察していた。この状況下で生き残る可能性があるのは(Reve)(lation)をもつヘルトだけ。それは「自分だけが助かる」という言葉にして現したくない感情。


 僅かな沈黙を破り、皆はヘルトへ伝える。

 まずはオレハ、ケイツア、そしてヘルトの心。


「オイオイ、ヘルト。しけた(つら)ァしてんじゃねえ」

「あらン? ヘルトちゃんて良く見ると可愛い顔してるわね。今度お姉ちゃんと食事いきましょ? ウフフ」


 ……やめてくれ。

 それ変だろう? なんで笑えるんだ……


 二人の笑顔が辛い。

 続いてコリンヌ、ガイム、ミリィ、セイラ。


「……ヘルトさん。アドリエンヌお姉様のことを、よろしくお願いします」

「ふぉっふぉっ。ジジイは、ちと長生きしすぎたようですじゃ」

「ヘルト様あ。さっきの戦いカッコよかったですの!」

「――ヘルト様。先立つことをお許しください」


 ……逆に、辛いんだよ。

 頼む、みんな。普通に嫌味を言ってくれ。

 なんでお前だけ死なないんだ、って。

 そうして貰わないと、一生悔いが残っちゃうだろう……


 死んだ者は生き返らない、そう思うヘルトには後悔しか残らないだろう。

 その後悔を、償うことさえできない一生。

 心の蔵を握りつぶされるような圧迫感。


 そして……スノウは、しかと見つめ言う。


「……いいのよヘルト。アナタは良くやったわ。こんなことに巻き込んでしまって、申し訳ないと思っているのよ……ごめんなさい」


 スノウは深々と頭を下げた。


 ――――これ……、って!?


 ヘルトはデジャヴしてしまう。

 スノウの、この言葉、この顔、この瞳……どこかで、と。

 そして思い出す……


 ……そうか、これガーゼルの時と同じ、だ。

 なんだよ、またかよ、また繰り返すのかよ、オレは!

 これじゃ、あの時と何も変わってねえっ!

 何のためにここへきたんだ。救うんじゃないのかスノウを!

 今のオレに何が出来る、考えろ……

 英雄スーラなら、どうするんだ?

 いや違うな――――、こういう時にスーラはどうしたんだっ!

 

 こうヘルトが思うのは”禁術”の定められたのは、数百年まえからの法なのだと。

 それを知り、英雄スーラの時代では禁術が普通に使用されていたとの考え。このような危険な魔法を、事あるごとに使用していたのならば、どうやって大勢の人々を守ってきたのだろう……こう考えれば、何か答えが出るのではと脳裏で巡らす。


 自身が、本当に英雄スーラだったのなら自ずとして答えが出る。

 それを、ハルバトーレから何度も聞いているからだった。

 だからこそヘルトは脳裏を巡らす、考える。

 


 その結果導き出したのは……

 自分ならどうする、である。

 英雄スーラ本人なら、答えが同じではないかと。


 ヘルトへ駆け寄る足音が一つ。

 急いで近づいてきたのは、ハルバトーレだった。


「――ヘルト君、ここにいたのか!」

「どうしたんですか?」

「あの魔法量をみたかい? 禁術を使用するとは、じつに驚きだよ」


 ハルバトーレは何かを伝えにきた。

 そこまでは言わずとして知ったことだが、知能の高いハルバトーレなら何か策があるのではないかと、期待は大きい。


「――おっと。見惚れている時間はなさそうだね。じつはねヘルト君――」


 ハルバトーレは簡潔に伝え始める。

 それはヘルトが考えた答えに近しいが、それに加え答えを出すための”手懸てかけ”、つまり手懸(てがか)りを伝えた。

 こう伝えたハルバトーレには、自分なりの答えがある。それでも(Reve)(lation)をもつヘルトの答えと動揺ならば、間違っている可能性は高いだろう。その確認をするために来たとも言える。


「……それって、スーラの童話ですか?」

「そうそう。君ならあの童話をどう考えるんだい? あれは紛れも無く、大勢の人々を救った話なんだ」

「童話……、ですか」


 ヘルトの心中に、英雄スーラの童話が文字を記する。



【――雨のように降り注ぐ数万の矢を、


 優雅に身を翻し避ける様は、まるで楽し気に踊っているかのようだ。


 どのような術式をもってしても、


 荒ぶる剣戟でさえも、


 英雄スーラは踏みしめた大地を、己の血で汚すことはない――】


 ――――――


【天空から眺めれば『柵』と称するべきだろう。


 これが正に天の啓示が成し得たとも思える奇跡。


 己のみではなく全ての命を救う希望の『柵』である】



 ……と、童話の全てを思い浮かべ、辿る。

 この文のなかで、ハルバトーレが重要視していたのは後半の部分。

 そこまでは、以前に聞いていたこともあり”絞る”ことが出来た。


 これを、ゆっくりと考えている暇はないだろう。

 結局のところ、全ては英雄スーラの記憶をもつヘルトの『直感』に頼るしかないのだ。ハルバトーレは、その直感が自身の考えと合致することを期待している。


 ハルバトーレは言う。


「どうだいヘルト君。なにか”感じた”かい?」


 ハルバトーレは、敢えてこう聞いた。

 ヘルトへ身を委ねているのは然るべきところだが、僅か一六歳の少年へ何万人もの命を救う答えをだせ、と言う方が酷である。皆、救いを求めてはいてもその答えが間違っていた場合、間違えた答えにより全てを背負うのは、生き残るヘルトなのだから……


 ……すまないヘルト君。

 わたしの答えを伝えてしまうと、

 きっと、君の答えの邪魔となるだろう。

 君はね、素直すぎるんだよ。

 他人の答えを真に受けることが、

 君の良いところでもあり、悪いところなんだ……


 と、ハルバトーレは思うがゆえ「君が決めてくれ」などとは言えなかった。


 そして――

 ――暫し考えた様子を見せたが、ヘルトが口を開く。


「よしっ! みんな、ちょっと話があるんだけど聞いてくれないかな?」


 これを聞き入れ、仲間たちはヘルトの元へ集まった。


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