終焉……そして。
「小僧、名は?」
「ん? オレはヘルトって言うんだけど……今さら聞くんだ」
ラクタールは、少しヘルトへ興味が沸いた。
その心中は「変わったやつだな」と。
「そうか、ヘルト。キサマのいう意味は分かる。私が死んでも、フィンネル様が命じない限りこの戦は終わらぬ……そういいたいのだろう?」
「そうそう。他の奴ならまだしも、おっさんなら兵を退かせることできるよね? 頼むよ、ほんと。こんな争いって馬鹿らしいと思うんだよね、オレ」
この争いを命じたのはフィンネルだ。
ラクタールが退却を命じるまらまだしも、死んでしまっては後は命果てるまで戦い続けるだろう。勿論退却する可能性も無きにしも非ずだが……そんな不確定要素に頼るより、ラクタールが命じた方が確実だからだ。
突如として大笑いするラクタール。
「がっはははははは――ッ! ヘルトよ、キサマは私との戦いに勝ったのだぞ? なにゆえ『頼む』などと願うのだ! 面白い奴だっ!」
「え? そ、そうなの? いや、だってさ……頼める人おっさんしかいないし」
「よかろう! その願い、このラクタール将軍が聞きいれたぞ!」
滑稽、そんな言葉がラクタールの脳裏をよぎる。
そして……
槍を杖のようにして、よろりと立ち上がり兵士たちへ告げる。
「聞け、アストラータの兵士たちよ! 我らアストラータ軍は、フィアーバ王国に敗北した! 全軍降伏を命ずる!」
アストラータ、フィアーバ、両軍の動きが止まり、アストラータ軍は武器を捨て始める。ヘルトの願いは退却だったが、ラクタールは降伏と命じた。これはこれ以上部下を負傷者を増やしたくない気持ちと、ヘルトへの感謝の意。
ヘルトの真意はどうあれ、ラクタール本人も命を救われた者の一人なのだから……
「……おっさん。恩に着るよ、ありがとう」
勝者であるヘルトが願い、御礼をする。
戦火ににとってあり得ないことだったが、ラクタールの心は充実していた。
「いいや、御礼を言いたいのは私のほうだ。このままでは私の部下の命も、全てここで絶たれていただろう……あと――ヘルトの従者に伝えておいてくれぬか?」
「ん? それってセイラさんのこと?」
「ああ。雑種などといってすまなかった。それに主人を馬鹿にしてすまなかったと……」
「え? セイラさんと何の話したの、おっさ――」
ここで、急ぐようにして会話へ割り込んできたのはセイラ。
――捕獲。
当然ながら狙っている。目が本気。
だがしかし、頬は赤く、耳まで真っ赤に。
「ヘルト様……それ以上会話を進めるのならば、あなた様を命を奪い、わたくしも御供させていただきます」
「まてまて、待ってください! ――っていうか、なんか狙うひと違うよね?」
これを見る周りの人々に笑顔が宿った。
いち早く声を上げたのはオレハとケイツアだ。
「あははっ! いいぞセイラ、やっちまえ! セイラに銀貨一枚だ!」
「あらン? なんだか面白いことになってるわね」
酷い。
その言葉に続く両軍の兵士たち。
「「「「「俺もあの女に賭けるぜ! いや、あの回避なら余裕で小僧だろう! セイラさん……可憐だ」」」」」
最後の兵士は謎だが、あろうことか今まで争っていたアストラータとフィアーバが一丸となって賭けを始める始末。今までの争いが嘘だったかのように。
争い、死者も多く出た。それでもここまで身を寄せ合えるのは、互いに恨み辛みが無かったからなのだろう。どちらかと言えば、なぜ長年同盟国だった両軍が争わなければならないのだろう、と不安をもつ者のほうが遙かに多い。
早めの終結。それは誰しもが願うこと……
これを遠目から眺めるのはビアドと肩を並べるように立つフィアーバ一陣。
コリンヌは静かに、ビアドは尖った髭を撫でながら会話を始めた。
「ヘルトさんって本当に不思議なひとですね、お父様」
「……彼にとっては意図してやってなくても、それが皆を幸せにする……喪失者でありながら、結局はスーラと変わらないのであろうな」
その二人の僅か後方に立つスノウミリィ、そしてガイムも同じく言う。
「ヘルト様って、面白いお方ですの。ねっ、スノウ様あ」
「ミリィ。ヘルトは、何も考えていないだけよ。今も自分の従者にデレデレと、恥ということを知らないのかしら……」
スノウは子供のように頬を膨らませた。
「ふぉっふぉっ。スノウ様に限っては勝利を得たというのに御不満そうですな」
スノウは、自身が少なからず嫉妬心を抱いていることに気づいてはいないが、ガイムだけはそれを察したような口ぶりだ。
後方のビアドたちが、ヘルトの元へ歩み寄る。
残された課題はアドリエンヌのことではあるが「娘なら、心配ないだろう」と信じ、後は待つしかないのである。アドリエンヌが失敗すれば、もう誰にも止めることはできないのだと。
今は今、後は後だ。
互いの国が分かち合えるのは、これで最後かもしれないだろう。
それでも、皆今を精一杯楽しんでいる。そして……
――戦いはこの大縁談のなか、争いは終焉を迎えたはずだった。
両軍の縁談を打ち切る声が轟く。
「――ユゥウキィイイイイ!」
王子とは思えないほどに、醜い表情を浮かべたフィンネルが、弓部隊や魔術師部隊と共に迫る。
更にフィンネルは怒号。
「ラクタールゥウ! これは、どういうこと――、だっ!」
遠目からだが、フィンネルの荒ぶる声はラクタールへ届いた。
「申し訳ありません、フィンネル様……我々アストラータ軍は敗北しました」
「んんんんー?? こんなゴミどもに我々が負けるわけないだろう?」
恐ろしい顔で会話するフィンネルを見る兵士たちの表情が強張った。
それに見兼ねたヘルトは口を開く。
「もういいだろう、王子様。みんな争いたくなんかないんだよ」
アストラータ軍の兵士たちは間が悪そうに口を閉ざし俯く。
それは、フィンネルがあちらこちらと兵士たちの顔色を伺っているからだった。まるで「お前ら全員そうなのか?」と。
フィンネルの怒りは激しい。
突然、糸が切れたかのように、静かに――
「……弓部隊構えろ」
――――――ッ!?
「フィンネル様! な、何を!? これでは我々の兵士たちにも中ってしまいます! それに……弓兵だけでこの人数を相手にするなど――」
「オイ。今のは口答えか?」
先ほどのように声を張り上げることなく、ぼそりぼそりと会話を続ける。
弓兵の隊長としても、このような会話を聞かれたくはない。
ヘルトたちからは『何か揉めている』とまでは分かるのだが……
「そうでは御座いません! 私たちに同士討ちをしろと!? そのような命令は隊長として出来かねます! 我々弓隊は全員、攻撃など行いません!」
「そうか分かった……おまえと部下は、五〇歩前進させろ。それだけでいい」
フィンネルとヘルトたちの距離は約五〇歩。
つまり、フィンネルは弓兵全員をヘルトたちの元へ向かわせたのである。
ぞろぞろと、数千名の弓部隊が五〇歩前進した。
武器も構えずに歩み寄る兵士たちに「どういうことだ?」という表情で、只々皆眺め続けているだけだ。この行動をさせたフィンネルの意図は――
「我の思い通りにならぬ兵など、もういらん――で、魔術師の隊長はお前か?」
「は、はい!」
フィンネルは冷ややかな眼差しで問う。
「お前もラクタールや弓どもと共に……あの世へ逝きたいか?」
「い、いえ! フィンネル王子殿下様のご指示のままに!」
魔術師部隊も全員死にたいか、と聞いたのだ。
死の宣告を無情で。死にたくなければ命令に従え……隊長に選択させているようで、選択権など始めから無かった。
「いいか、我らアストラータ王国に敗北者などいらぬ!」
数千名の魔術師たちが一斉に詠唱を始めた。
距離が離れているとはいえ、皆これに気づかない筈も無く。
「――フィンネル様、何をっ!?」
辺りが騒めき、怖れ、手足が震えて動くことすら儘ならない。
フィンネルは、高らかな声で告げる。
「あはっ――、あはははァッ! フィアーバ、ユキ――そして愚かな兵ども。誰一人として逃がさんぞ……」




