互いの成長
中腰で交差した両腕の隙間からラクタールを見る。
「ほほう……短剣か。槍に対して短剣とは、気でも可笑しくなったのか?」
「いや。オレはこれしか使えないんだ、”今”はね」
槍と短剣では、まず間合いが違い過ぎる。
このどちかが有利かといえば、圧倒的に槍。懐にさえ入れさせなければ無敵ともいえよう。それに加えて短剣などでは傷つけることさえ困難な、重装備。たとえ素人から見ても、ラクタールが敗北する要素などないだろう。
それでもラクタールが気になったのは、ヘルトの構え片だった。
……なんだあの妙な構え方は?
あれでは、攻防が逆ではないか……
こいつ、いったい何を考えているのだ。
こう、心中でヘルトの構えを気に留めるラクタール。
ヘルトは短剣を逆手に二本持ち、腕は交差、その位置は眼前。
この身構えた状態からは、一度両脇へ――つまり両腕を広げなければ攻撃は難しい。ラクタールが言いたいのは『それだけタイムラグができる無駄な構えを、する必要性を感じない』のである。
とある偉人が「攻撃とは最大の防御なり」といったのは、それが最も強く効率的だから。やられるまえに倒せ、は基本中の基本だ。
しかし、ヘルトの場合はまるで「攻撃してこい」と言わんばかり。それゆえにラクタールは気を留めた。
「ん? どうしたんだ、おっさん。やらないのか?」
「キサマ、何を考えているのかは知らんが。いいだろう――」
突かれた無数の槍。
言葉に例えれば、流星群。
更には不規則に曲がる、何度も、何度も。
対するヘルトは――
交わす、避ける、回避する――触れないなら回避する、そんな動き。
その動きは、他の世界に存在するという拳闘士に近しい。
中腰で身を屈め、シンパティーアの体術では見たこともな動きだった。肩幅程度に地へ置かれた足、それは俗にいう『ステップを踏む』という動作ではないが、槍を回避した後の安定感が抜群なのだ。どのような攻撃に対しても身体のバランスが崩れないほどに。
両腕の隙間から上目遣いで見つめる眼差しも、身が凍り付くほど鋭い。
「なんとも据え怖ろしい小僧だ。だがな、まだまだ加速してゆくぞ? 私の蛇突はなぁあっ!」
何十回と繰り返される攻防。
こんな状況でありながら、ラクタールの心は満たされてゆく。
「がっはははははははは――っ! 面白い、面白いぞ! こんな楽しい相手は小僧が初めてだ! もっと、もっと、私を連れて行ってくれっ!」
己の成長こそがラクタールの願いであり、希望。
それを、たった数分の間で手に入れている自身に謳歌してしまう。
蛇突は止まらない。既に限界を超えているのに、だ。
更に、更に加速する蛇突。体力の限界を超え、腕も上がらぬ状態でさえも身体が動く達成感。ラクタールは、それが楽しくて仕方がなかった。
この戦いが終わらなければ……、とまで。
――しかし。
ここまでが限界、というとこか。
ほんのひと時の間ではあったが、がくりと速度を落とす。
そこを見逃すヘルトへはない――
――まずは身を屈めて回避。
そのまま少しだけ腰を上げ、両腕の交差する部分にて『槍の棒』を支える。
これを言葉で表すと交差した両腕……いや『両手首』と言えばよいか、その交差した位置は頭上、わずか数センチメートル。その両手首の上に槍の棒部分を乗せる感覚だ。
ラクタールは言う。
「がっはは! なんだそれは! その回避で、私の”弐破”め(戻る槍)の刃は避けられぬぞ、小僧ォオッ!」
槍はヘルトのすぐ頭上。
背後から戻り、襲う刃は約二〇センチメートルはあるだろう。見えずにそれを回避することは無理だ。勿論、現時点で上へ槍を弾き返すこともヘルトには出来るのだが……なぜか、それをやらない。
「この戦い、私の勝ちで終わりだ――――ッ!」
それゆえに槍は引かれ、背後からヘルトの後頭部めがけ迫る刃。
ヘルトに槍を”かち上げる”仕草はない。
それどころか――
――前進し始めた。交差した両手首に、槍を乗せたままで。
「馬鹿めっ! 距離など詰めても、そんな短剣で何ができるっ!!」
背を襲う刃を同等の――いや、それ以上の速度で距離を詰めるヘルト。
交差した籠手と、槍のぼう部分が擦れガリガリと火花を散らしながら前へ。
――ヘルトはラクタールへの眼前までくると……
渾身の力を込め、一気に槍を突き上げた。
「――む、むおぉおおおうっ!?」
大きく上方へ跳ね上がる槍。
跳ね上げたヘルトの動き――それは交差が解放され、両腕が広がることとなる。槍を上に押し上げたのだ。両手はまるで二つの円を描くようにして、ぐるりと回り、腰の辺りまで辿り着く。
ここでラクタールは気づく。
――この小僧……まさか、
これを狙っていたのかっ!?
こう、思った時には遅かった。
ヘルトが始めから、この攻防一体の攻撃をするために腕を交差していたのだと。防御してすかさず攻撃に移る、その為に腕を交差していたのだ。
ラクタールは「完全にやられた」と。
その刹那、腰を低くしラクタールの股をくぐり抜けてゆくヘルト。
――血肉を裁つ、二つの刃。
「ぐ、ガガ……ッ!」
ラクタールの膝が落ちる。
ヘルトは重工な鎧の隙間……膝の靭帯を狙い、完全に動きを封じた。
このシンパティーアにおいて鎧とは、一般的に関節部分には僅かながら隙間が生じる。両肘なら内側に、両膝なら後ろ側に。その理屈は誰もが知るところではあるが『両腕、両脚をを曲げるため』である。
ヘルトは、その鎧から露出した部分を狙い靭帯を攻撃。
また、ラクタールの股をくぐったのは『背後へ回り込まなければ攻撃できないから』と、なる。
「……おっさん。その脚じゃ動けないだろうけど、どうする?」
――ガイムの絶対音感の持続時間が切れ、二人の姿が周囲の兵士たちへ露わになる。
「ま、まさか……ラクタール様が」
「――そんな馬鹿なっ!? あんなガキにだって?」
「まだ負けちゃいねえ! きっとこれからだ!」
ラクタール兵の心が乱れ始める。
近場で観ていたオレハや遠目のスノウたちも「やったな!」と歓喜の表情を浮かべた。
そして、ラクタールは……
「……靭帯をやられたか――だが、もうこの傷など無くとも私は動けぬだろう。殺れ、小僧」
「さすが将軍様だなあ。潔いんだね」
ラクタールは、己の限界をも超える連撃を全て回避された。
負けを認めざるを得ないのだろう。それどこか、戦闘時の高揚感まで心に刻みつける。満足してしまった、ということだ。
肩を落とすラクタールへ再びヘルトが言う。
「けどさ、おっさんに死んでもらったらコッチも困るんだよね。それにここで戦っている兵士たちって、命令されたからきただけなんでしょ?」
「ま、まあ。そういうことにはなるが……だから何なのだ、小僧」
「おっさんさ。オレたちはスノウ王女を救うために来ただけさ。あんたらと戦争したいわけじゃないんだけど? だからさ……将軍様である、おっさんが退却を命じてくれたら問題ないわけ。オレべつにおっさんのこと嫌いじゃないし?」
フィンネルの我が儘により、この戦場へ止むを得ず赴いたアストラータ軍。
そんなことは、この場にいる誰もが知ることだ。主君の命令には絶対に服従するのが兵士、そう思い続けていたラクタールは今でも変わらず思い続けている。
ヘルトが口にした「嫌いじゃない」という言葉を理解できないわけではない。それでも、慈悲にも似た言葉を簡単に漏らすヘルトが不思議でならなかった。




