”才”に頼らない男
「――ほう。キサマがヘルトというのか、遠くから私の声を聞けるとは。耳が良いのだな?」
「いやいや、おっさんの声がデカいだけだな。うん」
ここは全員納得した。
ヘルトとラクタールが、しがない会話をするなか他の者たちは。
「あー、疲れたぜ……動けねえ。コリンヌ回復してくれ」
と、ビフォアを使い切った様子のオレハ。
「あらン? アタイそんなに重かった? ダイエットしようかしら?」
と、戦場にも拘わらず体重を気に掛けるケイツア。
「ふぉっふぉっ。どうやら間に合ったようですな。後はジジイにお任せを」
と、やる気満々なガイム。
「あわわわわ……っ!? スノウ様あ、凄いことになってますの!」
と、動揺しまくりなミリィ。
「コリンヌお姉様、無事で良かった――」
と、コリンヌへ駆け寄るスノウ。
――心の 鏡。
まずはコリンヌへ降りかかる火の粉の動きを止めた。
次の動作で、十数名のアストラータ兵が地を舐める。
ヘルトはセイラを見て言う。
「コリンヌ様っ! 先にセイラさんと、オレハの治療をお願いできるかな?」
「は、はい!」
すかさずセイラへ飛び掛かるラクタール。
「――小僧、そんなこと私がさせるわけなかろう!」
すっと近づき槍を”押す”。
突かれた槍はセイラでは無くあらぬ方向へ変え、大地へ刺さった。
「キサマ……今何をした――」
「おっさん危ないって。相手は女の人だよ? 頭可笑しいんじゃないの?」
ラクタールは槍の行く先を変えられたのには、多少なりとも驚きはあったようだが、嬉しそうに笑う。さすがは戦闘狂というところか。
「がっはは! オルマム殿に会えずだが、キサマも楽しめそうだ」
「また、そっち系の奴かよ……なんでオレの周りには戦闘好きが集まってくるんだろうな?」
ヘルトは面倒くさそうにため息をついた。
……とはいえ、本来このシンパティーアとはそういう世界なのだ。才能をもった者たちが”より”多く集まり、競い合う世界。転生前に『強すぎて戦ってくれる者さえいなかった』や『頭が良すぎて他の人間が愚かに見えた』など、そんな優秀すぎるゆえの悩みをもつ者も多く存在。因みに『モテすぎて……』という羨ま――もとい、自称なんちゃらも。
そういう者達にとっては素晴らしい世界といえよう。初めて知る挫折感なども『新鮮だ』と喜ぶほどに。しかし、このシンパティーアが神によって創られたのなら、優秀な者へ競い合わせるためとの認識ではなく『つまらなかった人生をやり直すため』と考えたほうが正しいだろう。
なぜなら、弱く脆いものたちのほうが断然多く『弱すぎて……』や『頭悪すぎて……』加え『べ、別に女になんて興味ねえから……モテなくていいし、俺』もいる。同情で枕を涙で濡らしてしまいそうな、悲しみ。
かく言うヘルトの場合は、自分で言った『そっち系』へいつの間にか足を踏み入れていたことになる。戦闘により強者を欲する日常に。ヘルト自身がそうではなくとも、戦火へ自ら赴けば同じこととなろう。
「まあいいさ。どうせ、オレはあんたとやるつもりだからね」
セイラの傷ついた姿を見れば、ヘルトならこう言って然るべきか。
「小僧……私と一騎打ちを所望か?」
「ああ。でも周りが邪魔だし、王女様たちも気になるからな。場所は造らせてもらうよ」
「むう……場所とな?」
場所を造る、つまりそれは誰にも邪魔されず戦いたいということ。
スノウやコリンヌを気にして戦うことも、やはり避けるべきだろう。
そう思うヘルトは、この戦場へ来るまえから皆と話し合い決めていたことがあった。
「時間が無い! みんな準備ができたら、早めに頼む!」
四人の返事と、無言で頷くスノウ。
時間が無い、とはフィンネルの来ることを予想して。
まず先にオレハの回復を終えたら、王女である二人と戦闘のできないミリィが後方へ。スノウはコリンヌを護りながら、ミリィは傷ついたセイラを連れてゆく。オレハは無傷だ。回復さえすれば十分な戦力となろう。
王女たちの安全を確保したら、ガイムの絶対音感(ドンキー)でお得意の壁を作り出す。問題はこの壁の持続時間だが五分と、もたないだろう。そうそう何度でも使えるものではない。
従ってヘルトが一騎打ちで気兼ねなく戦える時間は五分、となる。
「がっはは! 小僧、なかなか面白いぞ。戦場の中へ闘技場を造り出すとはな」
「あんま時間ないからさ。さっさと戦ってくれないかな?」
対面する二人の表情が強張る。
まずは小手調べ、いうところか。ラクタールの素早い三連突きがヘルトへ迫る。二連は避け、最後の一突きは右へ押す。このたった三回の攻防だが……
「ほほう……小僧、これを難なく回避するか。ならば――」
ヘルトの回避能力を察したラクタールは、他の手をうつ。
それは――
――槍技、蛇突。
再び突かれた三連撃。同じく二連は避け、最後の一突きの方向を変えようとしたのだが――あろうことか、槍は”ぐねり”と曲がった。
「――ちょ、なにコレ!?」
さすがのヘルトも動揺する。
何とか右肩を掠める程度で回避はできたが、来る方向が読めない、触れない。
「どうだ! 私の蛇突は! 逃げ辛いだろう?」
「だな。こんな技もあるんだ? おっさん偉そうだけど強いな、ほんと」
このラクタールの自信は、紛れも無く鍛錬の賜物。
彼はもともと身体や運動神経には恵まれている。しかし、類い稀なる『異能』のビフォアはもたない。それゆえに己を鍛え上げ、将軍まで上り詰めた断固たる自信があるのだ。
ビフォアには頼らない、そんな強さがラクタールにはある。
そして、ラクタールの蛇突についてだが、なぜヘルトが肩を掠めたのか。三連目に見せた曲がる槍は、異能のビフォアでもない限り槍を曲げるなど不可能だ。この”曲がって見える”槍には仕掛けが存在する。
まず二連撃を普通に放つ。この二連はヘルトに回避されることを知って。
次に三連目。これは槍を上下左右に揺らし、更には中る前で一度戻してまた突く。これを素早く行うことにより、まるで蛇のようにぐねりと曲線を描いた突きに見えてしまう。
この原理は、長い棒をゆらゆらと揺らせば『曲がって見える』だけのこと。
だが、この蛇突を使用する際には、二点の巧妙な罠と張っている……一点は始めの二連撃により、直線方向の槍を認識させる。これにより三連目が、より曲がったように感じ方向を失い易い。
二点目は、敵の目の前で一度槍を引くことにある。つまり曲がったように見える槍でも曲がってないのだから、ヘルトなら触れて方向を変えることは可能だ。加えて激しく槍を上下左右へ振れば、攻撃力は激減する。それを触れさせずに一瞬戻し、すかさず槍を突くことによって『曲がったから触れなかった』と認識させるため、となる。
触ったはず、回避したはず、こう思い込んでしまえば時間差で来る攻撃には対応できない……とはいえ、蛇突のような技を生身の身体で使用できるラクタールは、強者と言わざるを得ない。
ラクタールは隠すことをせず、惜しみなく言う。
「いいか、小僧。私の蛇突に最大数などはない。敢えて言わせてもらうが、私の精魂尽きるまでだ。回数を追うごとに、更に避け辛くなってゆく……それでもキサマは、蛇突に勝利できる自信はあるのか?」
このラクタールの自信はビフォアを使用していないのだから何度でも、と。
体力が尽きるまでが限界だろうが、そこまで回避される気など毛頭ない。ラクタールが己の鍛錬にて勝ち取った技を誇るのは、少なからず何もせずして強大な”才”をもつ異能者へ嫉妬いるから……
「んー……どうかな? まあ武器無しだと厳しいかもな。だって、その金ぴかの鎧って素手じゃ無理そうだし?」
「それは――武器さえあれば勝てるとでもいいたいのか、小僧ぉおおっ!」
ラクタール叫びが轟き、身構えられた槍。
その矛先には十文字の両刃が殺気を放つ。突けば槍、振れば剣、引けば鎌、とヘルトにとっても回避は困難だろう。警戒すべきなのは”引手”時に横に突き出た刃。これが死角となる後方から襲われるため、回避し辛い。つまり、槍を突いて回避すると矛先は自身の背後へ……その槍を引く(戻す)際にも、死角となった横刃を避けなければならない、となる。
そこで、誰もが『曲がらない時に何とかすれば……』と思うだろうが、そう簡単ではない。蛇突など使わなくとも、回避が困難なのは然るべきところだが、いつ曲げてくるかなど知る由も無いのだ。
それは本来の目的である”けん制”(初撃、又は次撃)の直線攻撃は、曲げ時の効果を高めるためであり、それを使わずともいつでも曲げることが可能。敢えて言うなら、ただ効果が薄くなるだけ。いつ曲がるのか分からないからこそ変幻自在であり、避け辛いといえよう。
……ヘルトは、ゆるりと腰に据えた二本の短剣を――
両腕を交差し、身構えた。




