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行く先の見えぬ戦場

 来るべくして灯された戦火。

 フィアーバ軍は、未だ動かず。ここで兵を進めるのは得策ではない、と考えたハルバトーレは、まず各部隊長を用い戦略を伝えた。


 その策とは……

 第一に騎兵が来るまで防壁の前から先に進むな、である。

 機動力の高い騎兵隊は、接近戦において最も注意を払わなければならない。言うまでも無いが、乗馬しているのは兵士であり戦闘力だけなら取るに足らない者だろう。正面からぶつかれば歩兵でも勝利は可能。


 それでも騎兵へ注意を払うのは、側面や後方などあらゆる角度から攻められると、軍の陣形に多大なる危害を被るからである。それゆえにいち早く到達する騎兵を待ち、陣形を保ちつつ確実に”馬”の足を止める。


 なぜ馬を重要視するのかは騎乗した兵士へ攻撃を行う際、騎乗しているためと動きが速いことから『的を絞りづらい』ということ。簡潔にいえば『浮遊して高速で動く人間を狙う』である。乗馬した兵士の丈は二メートル以上にもなるのだから、槍などの限定された武器でなければ仕留めるの困難だろう。


 だからこそ、進軍せず陣形を保ち、まずは騎兵隊だ。通常の騎兵隊ならば逃げ惑う敵兵の殲滅や、陣形の攪乱に用いるのが兵法の基本なのだが、アストラータが勝利を急ぎ驕りがあるからこそ、無駄な進軍を。


 それを察してハルバトーレが、まずこの策を練ったのである。


 更に……

 フィアーバ軍の構える位置では、弓兵や術師から距離がある。

 それを踏まえ、魔法や弓が届かない位置で交戦。弓や魔法は遠距離へ攻撃が可能だが、基本的に立ち止まって的を絞らなければならない。つまり、敵が弓を構え、詠唱を始めた時点で前へ攻め入らない事を指す。


 現時点では、待機して迎え撃った方が兵を減らす可能性が低いといえよう。

 そして、歩兵などと交戦してしまえば矢や魔法の攻撃が極力減る。これは当然ながら仲間討ちを避けるために、広範囲魔法や矢を一斉に放つことなどは、無に等しい――とはいえ、これは普通の指揮官の考えではあるが。


「よし! 無理せず馬を狙うんだ! 歩兵や槍兵が来るまでは現状の維持を!」


 平民の集まりでも、陣形さえ保てばそれなりに戦えよう。

 脚部でも、腹部でも良い。とにかく馬の動きを止めるのだと手慣れない剣や槍で交戦するフィアーバ軍。機動力の高い騎兵とはいえ無暗に突進し、更にはフィアーバ軍三万名対騎兵数千名の戦いだ。待機して迎え撃つフィアーバ軍が優勢である。


「ええい! 歩兵や槍兵は何をしておる!」

「歩兵たちが辿り着くには、もう少し時間を要するかと。フィアーバに動く様子はないので」

「臆病なフィアーバ兵どもめ! 馬をここへ、この私自ら葬ってやろうぞっ!」


 こう、声を荒げたのはアストラータ軍の総指揮官『ラクタール将軍』

 アストラータ王国では言わずと知れた槍使い(ランサー)。このラクタールは、かつてフィアーバとアストラータの同盟戦でオルマムに屈辱の敗退をしているが、決勝戦まで上り詰めた強豪。この『同盟戦』とは、同盟国が互いに代表者を集い勝ち抜き戦にて強者を決める、言わば交流試合だ。


「……ついにこの日が来たよだな、オルマム。老兵め、今日こそがキサマの命日となろうぞ!」


 オルマムは現在王城ではあるが、それを知らないようだ。

 無残にも敗退したオルマムに対して逆恨みの念を持つラクタールは「真剣勝負なら勝てた」とまで言い切る。腕のほうは確かではあるが、驕りのある人物だと言わざるを得ない。


 その見た目から年齢は四〇前後だろう。如何にもアストラータ王国らしい将軍と言うべきか、全身を覆う重装備(フルプレート)は黄金色に輝く。まるで「私はここにいる」と言わんばかりである。


 かく言うラクタールは騎乗し、自ら最前線へ。

 フィアーバは未だ場を離れず。

 それゆえに馬で疾走すれば難なく辿り着けよう。


 

 ――そして、騎兵隊と交戦を続けるフィアーバ陣内では。


「これ以上馬を減らすわけにはいかぬ! 後退して歩兵隊を待て!」


 このシンパティーアでは、どの国へ行っても馬は貴重な財産である。無駄に減らすわけにもいかない。その馬の数は約三千頭ではあるが、よくもまあここまで馬を集めたと称賛したいほど。


 フィアーバ軍は現在二万九千名強、アストラータ軍は二万八千名弱、騎兵隊は”ほぼ”壊滅状態といえよう。


「皆様、気を抜かず弓を構えてくださいませっ! 騎兵を逃がしてはなりません!」


 軍の後方から、数百名の弓隊へ指示を送っているのはセイラ。

 その弓の実力はコリンヌのお墨付きで、ビアドは弓隊の指示を委ねた。数は少ないが、この弓隊があったからこその騎兵隊壊滅である。


 ……しかし。

 やはり、フィアーバ軍の劣勢は変わらないだろう。後退する騎兵隊とすれ違うようにして歩兵と槍兵の軍勢が迫る。弓で数を減らしてはいるが、あまりも数が多すぎることからアストラータ軍の前進は止まらずだ。


 ここで将軍ラクタールが前線へ姿を現した。

 ハルバトーレと目線が合ったラクタールは、少し驚いた様子ではあるが……


「――むっ!? キサマはハルバトーレなのか!?」

「やあやあ、ラクタール将軍」

 

 ハルバトーレは右手を軽く上げ”いつも通り”の挨拶を送った。


「そこで何をしている! フィアーバへ肩入れなどして許されるとでも思っているのか!」

「何を言っているんだい? わたしは今でもフィアーバの人間であって、アストラータの人間になったつもりなどないのだが?」


 無言にて、互いの視線が数秒合う。

 

 ……この無言状態から、先に口を開いたのはラクタールだった。


「我々アストラータ軍は、フィアーバ如きなど即座に殲滅して当たり前なのだぞ! 平民をかき集めた軍など、力でねじ伏せろ!」


 それに対しハルバトーレは。


「怯むなっ! 接近戦ならこちらのほうが有利だ! 全軍、突撃せよっ!」


 両軍の高まる士気。

 互いの兵たちは、吐き出すように大声を張り上げる。

 己を奮い立たせなければ、戦火へ身を置くことなど不可能なのだから――


「「「「「ラクタール様へ続けェ! フィアーバへ死を!」」」」」


 交差する猛り。


「「「「「国を! 国王様を! 王女様を!」」」」」


 これより両軍は揉み合うような接近戦へ。

 その叫び、悲しみ、苦痛、吠え、奇声、怒り――

 ――皆、何に、何をぶつけているのかさえ分からず叫ぶ。


 目の前の敵を倒せば後ろから斬りつけられ、後ろから斬れば横から突かれる。

 戦場に身を置くと言うのは、そういうことなのだ。ただひたすらに武器を振るい、気がつけば死の目前へ。戦場に置いて「助けてくれ」などという言葉は皆無であり、死を覚悟しなければならない。


 なぜならば、慈悲をもった者こそ死期が早くなるからだ。

 そこに躊躇があってはならないのだと、各々(おのおの)が自身の命尽きるまで抗う。


 この接近戦では、人数ではフィアーバ王国に()があるが、戦力的には然程変わりはないだろう。しかし、面倒な騎兵隊を壊滅させたことにより、フィアーバ軍の士気はアストラータ軍をも超える。そこに差がでるということ。


 ハルバトーレの狙いは、まず騎兵隊の壊滅により自軍の士気を高めることにある……とはいえ、これは接近戦での策だ。現在は優勢だが、今後の考えは……


 ……今は「難しい」としか言えない。


 だからこそ待つ。いずれ訪れる好機を。

 その考えは同じくセイラもだが――


「コリンヌ王女殿下様! もう少し後方へ!」

「で、ですが……このままでは――」


 必死に傷ついた兵の治療を施すのはコリンヌ。

 彼女は姉アドリエンヌや妹スノウのように異能者ではないが、魔力が一線を画す。それゆえに、治癒魔法については他の者を超越した治癒力を持つ。


 しかし、人を傷つける攻撃魔法は使用しない。それは性格の問題であり多大な魔力を持ちながらも、封印しているからである。優しさゆえのことではあるが一歩踏み出せない、という状態だ。


 コリンヌが傷つく兵士を治療するなか、兵士はゆるりと口を開いた。


「……コ、コリン、ヌ様……わたしはもう助かりません。どうかご自分のお命を大切にしてく、だ――……」

「そ、そんな……」


 兵士はその命を落とす。

 コリンヌは戦場へ赴いたのが初めてだった。流れ、しぶき、治癒魔法などでは止まることのない血量。少しでも兵の力になれるのではないかと、思った自身に襲う挫折感。


 コリンヌは悲しみに荒れ狂う。

 それでも……セイラには伝えたい言葉があった。


「わたくしは、あなた様が死んでしまっては、今ここで戦っている者たちに申し訳がたたないと言わせていただきます。勝手な行動を自粛するべきかと。皆様が、なにゆえに戦っているのか――それを考えるべきかと思います」


 セイラは交戦し、コリンヌの身を護りながらも、兵士たち全員の気持ちを代表して伝えた。


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