戦火の狼煙
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謁見の間で火花散るなか――
――王都郊外ではフィアーバ王国約三万名、アストラータ王国も”ほぼ”同じく三万名の軍隊が、双方の距離を置き対峙。この三万の兵はフィンネルが王へ気づかれぬよう貴族へ命じ、用意した兵士たち。現在は対峙した状態を保ちながら、フィンネルからの知らせを待つ。
「国王様、どうやら先に手を打たれたようですね」
「ハルバトーレか。我が国の者でもないお前まで巻き込んでしまったようだな」
「お気になさらず。私の心はいつもフィアーバを想っておりますので」
王都郊外で対峙するフィアーバ軍には、ビアド、ハルバトーレ、セイラ、コリンヌが。モモは、十傑へ世話をさせラムラにて留守番だ。
モモがこの戦場へ赴かなかったことは然るべきだが、コリンヌもラムラへ残る予定だった。それでもコリンヌがこの戦場まで赴いたのは、本人が”是非に”と申し出たからである。
セイラに関しては主人であるヘルトに、コリンヌの護衛を頼まれたから……とはいえ、決して頼まれなくともこの場へ赴いていただろう。ヘルトがフィアーバの救いを願っている、それだけで。
「しかし……さすがに厳しいとしか言いようが。私の閃きを以てしても勝利を得る確率を導き出せませんので」
「そうか……やはりアドリエンヌと、彼に託すしかないようだな。娘と一人の少年へ託すとは、何とも不甲斐ない王であった」
「そのようなことは。あなた様は、私たち民にとって素晴らしい王でした」
兵の数もさることながら、始まる前から状況は最悪である。
フィアーバ側の戦力は戦闘経験のある一万名足らず。残りの二万名は平民。
ハルバトーレに従う部下をいれても、然程変わりはないだろう。
対するアストラータ側は数のみなら差はないが、歩兵と騎兵で二万名、弓隊と魔術師が一万名――歩兵や騎兵だけでも劣勢となろうが、一番の問題は弓隊と魔術師である。距離さえ確保すれば、この弓と魔法のみで敗北する可能性も。
フィアーバ王国に高名な術者はいない。そもそも、術を扱えるものがほとんどいないのだ。フィアーバは”技”を主体とした国であり、その技によって栄えて来た国。このシンパティーアで技を扱える者は『フィアーバから世に知れ渡った技を学んだ』と、いっても過言では無かろう。
シンパティーアで数十万人に一人をされる『異能者』が、フィアーバに複数人存在することからも、技に頼ってきた意図も理解できる。
技とは、異能を、より効率的に使用するために創られたものなのだから……
そして、アストラータは平均的な国であり、魔術師はそこそこ、兵士もそこそこと――異能をもつ者を見つけるだけでも至難だが、その人口の多さで国を作り上げて来た。それゆえに貴族たちが主な権力を握る。
フィアーバ生まれのハルバトーレを、わざわざ自国へ招いたことからも異能の数が余りにも少ないからだといえよう。
……しかし、ビアドとハルバトーレの会話は、戦況が不利だから負けを認めて言っているのではない。その聞こえは己の死を覚悟したような言い回しではあったが――
――そして。
二つの軍勢へ開戦を告げるように王都方面から狼煙が上がった。
これを見たビアドとハルバトーレは。
「あれは。もしや――」
「……で、あろうな。フィンネル王子が上げた狼煙と思って間違いあるまい」
「つまり、スノウ様の婚儀が中止された、ということですね」
更に、軍の後方で待機するセイラとコリンヌは。
「良かった……ヘルトさんたちは上手くいったようですね」
「はい、コリンヌ王女殿下様。ですが、この先はご無理をなさいませぬよう願います。わたくしから離れての行動は控えていただきますので」
「セイラさん。お手数おかけします」
コリンヌはセイラへ深々と頭を下げた。
「……わたくしは主であるヘルト様に従ったまで。御礼をいうならこの戦場から生き残り、ヘルト様へ直接お伝え願います」
「そう、ですね……では、よろしくお願いします」
コリンヌは『御礼』から『願い』へと。
「お任せください。必ずや御守りして見せますので」
セイラはコリンヌの心へ伝わるよう、しかと視線を合わせ言った。
――その一方アストラータ軍勢では。
立ち昇った狼煙を確認し、各々の軍隊長が声を張り上げる。
「狼煙は確認しただろう! 従って、現時点を以てフィアーバ王国の軍を殲滅する! いいなっ!」
「「「「「――はっ!!」」」」」
フィアーバ軍の轟く一声。
皆一斉に踏み足を揃え、その足音でさえも鳴り渡る。
「歩兵隊、前へ――――ッ!」
「――――騎兵隊、前へっ!」
「槍隊、前へ――――ッ!」
「――――弓隊、構えっ!」
「術部隊、詠唱開始――――ッ!」
「いいかあっ! フィンネル王子殿下様から、誰一人生かして帰すなと仰せつかっている! 一人でも逃がしたら死を以て償うと思え! アストラータ王国へ光を齎すのだっ!!」
「「「「「アストラータ王国へ光をっ!」」」」」
ついに進軍を始めたアストラータ。
その士気は高い。
対するはフィアーバの軍勢。
ビアドは声を荒げず静かに、そして判然と言う。
「皆の者たちよ。このような戦火へ赴かせたこと、誠に申し訳がないと思っておる。これは私の我が儘だ……今すぐ立ち去るのも良いだろう」
「「「「「国王、様……」」」」」
「だが、それを承知で敢えて願わせてもらう。私へその命を預けてはくれぬだろうか? 頼む……」
ビアドは深く頭を下げたまま、戻そうとはしない。
そのビアドへむけ、賛同の声が飛び交う。
「はははっ! 今更なにをおっしゃっているんですか。水臭い」
「そうだ。俺たちフィアーバの誇りは、その鶫のように尖った髭をもつ国王様や美しい王女様たちですからね!」
「アストラータなんかにスノウ様を渡してなるものですか。こんなちっぽけなお命で良ければ、どうぞお好きなようにお使いください」
ビアドは頭を上げると……死を前にして恐れ慄くどころか、楽しそうに笑っているではないか。
……民たちよ、本当にすまない。
ありがとう。感謝する。
こんな民を持つ私は、この世界中で最も幸せな者やもしれぬな……
こう思うビアドは、この気持ちを言葉でどう伝えたら良いのかと。
そこでハルバトーレ、コリンヌ、セイラが口を開く。
「ビアド王様、我々の心は常にビアド王様と共に……」
「そうです、お父様。スノウや国を守りたいと願うのは、皆同じなのですから」
「待女であるわたくしでは、無礼とは思いますが……王族を、国を守り、フィアーバ王国を実らせてきたのは民あってのことかと。つまりは民へそれを願うのは正しい判断、で御座います」
言葉で表せない歓喜の叫び。
今まで行ってきたことが、無意味では無かったことに心を奮い立たせる。
そして、ビアドは”ぶつけた”。内に秘めた本音の気持ちを。
「我らフィアーバ王国は、決してアストラータ王国へ屈してはならぬっ! 国を作り上げるのは、王族でも貴族でも無い、全ては民なのだ! 皆の者よ、私はこの命尽きるまで民の為に戦うと誓おう! この言葉を以て、皆の命を私へ託してくれ!」
「「「「「うおぉおおおおおおおおおっ!!」」」」」
同時に天へ武器を掲げる。
王都郊外で、アストラータの軍勢の足を止めるほどの勇ましい叫びが響き渡った。皆、この言葉を待っていたかのように。




