心の声
◆
ヘルトたちは王都の出口へ急ぐ頃――
――アドリエンヌは王城へ赴いていた。
実のところ誓いの儀に、なぜアストラータ王と第一王子がいなかったのか。本来の予定では、フィンネルとスノウの乗せた馬車が湖をぐるりと右周りする間に、王たちは近距離である左回りへ移動して広場へ向かうはずだったのだが……
婚儀でのお祭り騒ぎに紛れ、兵の薄くなった城へ難なく侵入したアドリエンヌは「重要な話がありますわ」と、いって強引にもアストラータ王へ謁見を求めたのである。
勿論アストラータ王は「婚儀を終えてから」と一度は拒否した。
それに対しアドリエンヌは……
――こんな下らない婚儀より、もっと重要なことですわ。
それに同盟破棄からこの婚儀まで、
全てはあなたの息子フィンネル王子が仕組んでいたことと、
知ってて言っていますのでしょうね?
わたくしたちフィアーバ王国は、
こんな婚儀など、誰も認めてなどはおりません。
こう言って、きっぱりと今回の婚儀を断った。
問題はアドリエンヌに婚約を破棄する権力があるのかだが……
現在は、謁見の間にて付き添うオルマムと共に、アストラータ王国の著名人が肩を並べるなか言葉のみでの戦いが始まっていた。
「アドリエンヌ王女。それはどういうことなのだ! 勝手な思惑で決めつけた言いかたをするとは、失礼とは思わぬのか!」
「これは国同士の話なのだぞ。推測などで答えてもらっては困るのだ」
「何かと思えば下らない話を! 今はそれどころではないだろう」
飛び交う貴族たちの罵声。
この貴族たちの過半数は真実を知っていて言っているのだ。アドリエンヌは読心し、そのことを知りながらも会話を続ける。
その会話を静かな趣きで眺めるアストラータ王。
すぐ傍にはアストラータ王国第一王子レオンの姿も。
「……皆、待ってくれ。そう一方的な言い方では王女へ失礼だろう? それに、僕はアドリエンヌが根拠も無く言っているとは思えないんだ」
「しかし、レオン様……」
レオンは貴族たちへ「話は最後まで聞いてから」と宥めるように告げ、とりあえずはこの場を治める。
アストラータ王については最もだが、このレオンも国や民を愛する良い王子といえよう。しかし、レオンは優しすぎることもあり貴族たちには余り強く言えない男。この先、どこまで貴族たちを抑えられるのだろうか。
「すまないね、アドリエンヌ。気を悪くしないでほしい。皆悪気はないんだよ……国を想って言っているだけさ」
「ふんっ! この者たちが国をですって? ”今は”そういうことにしておきますわ……」
「「「「「な、なんだとぉおおおっ!」」」」」
再び声を荒げた貴族たち、何度も宥めるレオンも大変である。
そんな会話を静かに見つめるオルマムは……
……こう、後に引かないアドリエンヌ様は、
常に冷静な対応ができるであろう。
だが、少なからずお口が悪く、好戦的。
読心で心の内を読むがゆえに、
こんな言い方となってしまうのは承知の上ではあったのだが……
やはり後は”切り札”をどう使うかで決まってくるのやもしれぬな。
と、心中で詮索。
これはフィンネルやスノウのこともあるが、国と国との問題だ。
それゆえにアドリエンヌが、何も対策を練らずに来るはずはない。わざわざアストラータ王都を一度でて、再び戻ってきたのにも意味がある。更には思わぬ収穫も。
オルマムが思う『切り札』を隠し持ってはいるのだが、ただ唐突に使っても効果は薄いだろう。
ここで、今まで無言を通していたアストラータ王が口を開く。
「アドリエンヌ王女よ。話を続けてくれ……良いか皆アドリエンヌ王女の話が終わるまでは口を閉ざすのだ」
「「「「「は……はい、陛下」」」」」
王子ならまだしも、王へ申し付けられたら黙って聞くしかないのだろう。貴族たちは口を閉ざした。
そして……鼻で笑うようにして、王へ自身の知る全てを語り始めたアドリエンヌ。先日、カーランドが暴露した話もケイツアから聞き入れ当然知るところであり、オレハからの報告も然り。
その辺りを踏まえながら、少しずつ語る。
アドリエンヌの言葉に「なぜ、そこまで知っている」という様子の貴族がちらほらと見え隠れし始めた。これがアドリエンヌとしての策でもあるのだが、まずは主犯格を特定し読心で探るため。
「……経緯はこのようになっておりますわ、アストラータ王」
「ふむ。それが真実ならば、フィンネルの処置を考えねばなるまい」
「……父上。本当のことなのでしょうか?」
ここで「これはマズイ」と思った貴族がすかさず声を吐き出す。
「陛下っ! フィアーバの王ならまだしも、こんな礼儀も知らぬ王女のいう言葉が信じられましょうか?」
続いて数名の貴族たちも、まるで己の悪行を覆い隠すように言葉を発した。
アドリエンヌ一人へむけ浴びせる声の刃。オルマムもこれに耐えきれず声をかける。
「……アドリエンヌ様。このままでは貴族たちの思い通りに」
貴族たちは口を開ける、この機を待っていたとも思える。
しかし、それに動じるアドリエンヌではない。
「オルマム。わたくしはこの世界中で最も美しいアドリエンヌ・オレリー・パラミシアですわよ。考えも無しに、この頭の悪そうな者たちへ言わせてると思っているのかしら?」
「ですが、このままではあなた様のお命が――――その瞳はッ!?」
こう言ったオルマムがアドリエンヌと視線を合わせると――
――瞳は紅に染まっていた。
……まさか、この状況で今までの間ずっと心を読んでいたのか!?
これは敵意だけではない、狂気に満ちた殺意。
いったい何人の心をお読みになったというのだ……
こう、思いオルマムは言う。
「ア、アドリエンヌ様。それ以上使用すれば、あなた様の心が――」
「ふんっ! こんな弱い心をもった者たちに、わたくしの心が折れるものですか!」
そして……
アドリエンヌは、まず一人の貴族へむけ言う。
「お黙りなさいませ、そこのヅラッ!」
「――――ェ!?」
こう言うアドリエンヌが誰にむかって言ったのかは、急いで頭を押えた貴族がいたことから知れた。因みにベルト・ヴェルトゥ・ベルベべべェルではないので、悪しからず。
「なぜそれ……ではなく、これは地毛、だ!」
皆、知っていたが何も言わなかった。
更にアドリエンヌの暴露は続く。
「それから、そこの貧層の無い顔のお方。あなた……民の税を規定以上に重くして、ほとんど自分のものにしていますわね」
「――なっ!? 妙な言いがかりを申すな!」
アドリエンヌの読心により、数々の悪行が王へ直接暴露される。
「そして、そこの醜いお腹をしたお方。フィンネル王子の性格にも問題はありますけれど、それを利用し更には王子の暗殺まで目論むなんて……」
「――そ、そんなことを誰から聞いたんだ! 適当な事を!」
「そんなこと、あなたから聞いたに決まってますわ」
「小娘め! 付き合っとれん!」
この思いも寄らない会話を、落ち着きを払い聞くアストラータ王と、動揺の隠しきれないレオン。
「父上……これは?」
「これが我が国の真実であろう……この者たちの所業など、王女が言う前から知ったことなのだ。それでも――」
アストラータ王は、貴族たちが今も悪行を続けているのは知っている。それでも、証拠がなければ対処できないのだ。どうしてこのような国へ……と思い悩むほどに。
「アドリエンヌ王女よ。酷かもしれぬが、これを真実と認めるわけにもいかぬのだ。其方の”才”については勿論知っておる。だが――」
「証拠があれば……と、いいたのですわね」
「そうなる。証拠がなければ、全て何もないと同じことなのだ」
アストラータ王はこれに加え、もう一つ告げねばならないことがあった。
「そして……仮に証拠があったとしよう。それでも、同盟破棄については既に決まってしまったことなのだ。これだけは王と王――つまりはビアド王がこの場に居ない限り戻すことはできかねる。すまぬな」
周囲の貴族は声を荒げ「証拠を出せ」と。
アストラータ王はアドリエンヌの読心について知る数少ない人物の一人。フィンネルが婚約を断られたのも、その性格が問題なのだと。それゆえに、決して嘘偽りではないだろうと思いながらも国の法へ従った。
例えビアドがこの場にいたとしても、証拠がなければ意味を成さない。それどころか読心できないビアドなら話を進める事すら難しいだろう。それは他人から聞き入れただけでは言葉に真実を与えないからである。
アドリエンヌの言葉に迷いが無いのは読心のお蔭なのだから……
……しかし。
アドリエンヌは、こうアストラータ王が口にするのは分かっていた。
「そんなこと始めから分かり切ったことですわ、アストラータ王」
「アドリエンヌ……僕はもう君が傷つくところは見たくないんだ。このまま帰国してくれないか?」
こう言うレオンは、アドリエンヌへ好意をもつ。
それは勿論アドリエンヌも知ってはいるが、フィンネルがアドリエンヌを好いたことにより、身を引いたレオンに腹を立てた。どれだけ優しくても、正直な行動を示さないレオンに愛想が尽きたともいえよう。
この二人の年齢はレオンが二一歳、アドリエンヌは二〇歳。同盟国だったこともあり、何度も顔を合わせている。加え弟フィンネルはアドリエンヌと同じ二〇歳である。
レオンは心の弱い性格とは言え、その容姿は端麗だ。それにアドリエンヌを一途に想い続けていたことも称賛するべき。そんなレオンは読心を知らないが、アドリエンヌの心を傷つけたことは無に等しい。
それに対しアドリエンヌは、決してレオンを嫌っているわけではないが、弟フィンネルのために振り回される兄レオンを、恋愛対象とは思えないようだ。敢えて例えるなら、兄のような存在。
「なにを言っているのレオン。わたくしが証拠も無く、この場へ来たとでも思っていらっしゃるの?」
「――証拠があるのかい?」
動かぬ証拠をアドリエンヌは用意している。
しかし、それは仮初め。本来の目的は同盟破棄を解除することであり、これは一時的な対策に過ぎないだろう。
それは――既に、王都郊外で戦乱が始まろうとしているからである。
争いが始まってしまえば、再び同盟を戻すことなど不可能に。
スノウの婚約を破棄することに対しては、賛同する貴族たちも多いはず。
婚儀などぶち壊してくれないか、とまで心中で思っているほどだ。
だからこそ、始まった婚儀を無視してまでこの謁見の間へ集まり、争いを始める火種を待ち望んでいるのだから……
貴族たちの心を読み、それを知るアドリエンヌは引かない、顧みない。
決して、この貴族たちの思い通りにはさせない。
そんな、断固として引けない理由がある。




