あの頃の二人へ
何十名、何百名の兵士がヘルトたちを囲う。
そんな絶体絶命の危機にも拘わらず、ここから始まるふたりの茶番劇。
「ヘルト……アナタこの状況でどう逃げ出そうと思っているのかしら?」
予想はしているが質問してみるスノウ。
「んー……まあ何とかなるんじゃないかな?」
無論、ヘルトはこの先を考えていない。
「……やはりね。そんなことだと思っていたわ」
「あ。スノウがいつものやつで――」
「何度も言っているでしょう? この人数では無理だわ」
ならば、とヘルトは案を変えてみる。
「じゃあ、さっきの信じ込ませるやつ? ほら、病気の父が家で寝込んでて……とか言って同情ひけば――」
「勝手に一国の”王”を病気にしないでほしいのだけど? 至って健康だし、そっちを信じ込ませるほうが問題だわ」
いつも通りだが、回りくどい二人の会話は続く。
「じゃ、オレハの技でスバッ――」
「残虐非道ね。無防備の民相手に、いったい何人の死人を出したいのかしら?」
「それならさ。また爺さんのアレで……」
「全て他人任せなのね。アナタの存在価値すら危ういのだけれど?」
しがない二人の会話。
ガイムは、このような口調で話すスノウを見たのは初めて。長年王族の従者として付き従ってきたガイムは、それが妙に嬉しくて仕方がなかった。王女にこんな普通の女性のような一面があったのだと……
そんな二人を見限ったオレハが言う。
「オイオイ! 二人とも仲がいいのは分ったから、とりあえず早いとこ逃げようぜ?」
ヘルトは照れたが残念ながらスノウは無表情、だ。
「ま、逃げるだけならアタイたち姉妹に任せてン」
「てめェ、気持ち悪ィこと言ってんじゃねえ。俺たちゃ兄妹だ!」
言わずもがな、この兄妹も仲睦まじい。
オレハは別として、ケイツアは無謀なことを好まない。つまりは逃げきる自信があるからこそ、この場にきたのだといえよう。それは妹オレハやガイムにも伝えてはあるのだが……
盾を持ち、警戒しながらじりじりと近づく兵士たち。
「オレハちゃん、ゆっくりしている暇はないわよ!」
「――、ったく。言われなくても分ってるぜ、兄貴」
「……そのようですじゃ」
三人の心が一つに纏まった。
まず先にガイムが腕捲りを始める――
――ケイツアが立てた作戦、それは。
三人で協力し合い同時に脱出することだった。
この大人数のなかでチャンスは一度きりだが、必ず成功させるしかない。
「おまえら! こんな少人数相手に警戒する必要などないだろう!」
「「「「「……で、ですが」」」」」
なぜここまで兵士たちが恐れているのだろうか。それはオレハへ警戒しているのである。なぜならば、ここ数日の間オレハが暇つぶしとして王城の兵士たちと散々勝負してきたから……とはいえ、勝負というより弄ばれたと言ったほうが近しいだろう。
「あ? てめェらそれでも男か? まあいいや、爺さん頼むぜ」
このオレハの言葉を聞き、すかさず兵へ指示を出すフィンネル。
「あのジジイの音なら問題ない! 無視して突っ込め!」
高音域ならフィンネルのいう通り多少耳鳴りはするが、知っていて聞くのと知らないのでは効果が異なる。感覚的に表せば『知らずにワッと驚かされる』と『そこに居ることを知り驚かされる』とでは違うということ。
――しかし。
ここで笑みを浮かべたのはガイムのほうだった。
「ふぉっふぉっ。ジジイも舐められたものですじゃ――」
ガイムは両手の平を大地へ叩きつけると――
――絶対音感、ドンキー(ロバ)。
大地が揺れる。
まるで地震。それでも、その地震は立っていられないほどの揺れではない。
「……なんだ、地震か?」
こう思う程度の揺れなのだ――とはいえ、やはり突然起きた地震は不気味と思うほうが普通だろう。
だからなんだ、というところなのだが……
すると、兵士たちの足元から一直線に立ち昇る土砂。
その立ち昇る土砂から耳障りな音も聞こえる。
「これは、どうなってるんだ!?」
「なにが起きた!?」
「こ、これじゃ前が見えないぞ!」
ヘルトたちを中心に大きな円を描き、その描かれた線上に土砂が噴き上がったのだ。この時点で、ヘルトたちは土砂の壁に守られたことになる。
これは絶対音感を進化させたビフォア。ガイムが作り出した音を大地へ閉じ込め、その音を”ある”程度好きな位置から出すことができる。絶対音感の音量があるからこそ、地を震わせ、土をも噴出させることを可能とするのだ。
それは……『王様の耳はロバの耳』によく似た、地を伝う声。
ガイムの絶対音感は確かに異能ではあるが、普通に使用しただけでは、あまり効果はないだろう。音に関してもそうだ。ただ音色が変わるだけで一つ一つの効果に然程変わりはない。
それをここまで進化させるのには時間を要したが、ガイムは七〇超えの老人である。つまりは年の功。
まずは、この土砂の壁を作り兵の動きを止め、誰も近づかせないことが目的。
「さっすが、爺さん! そんじゃ俺と兄貴の出番だな」
オレハは全員自分の身体へ掴まるよう指示。
スノウとミリィの二人は、オレハが両手で抱え込み、ヘルトとガイムは腰へ掴まる。そしてあと一人のケイツアは――
――脱着。
ゴリゴリと奇妙な音を立て、骨を操る。
世にも奇妙な形でオレハの身体へ纏わりつき始めた。
「オレハちゃん。あとは頼むわよン」
脱着により外れた関節を使い、腰へ掴まるヘルトとガイムを、まるで保護ベルトのように固定。これで準備は完了だ。
そして最後は――
――金剛脚力。
「おっし! じゃ、みんな振り落とされるんじゃねえぜ?」
「――奴らを逃がすなぁあああっ!」
「そ、そう言われましても……これでは前に進めませんので」
爆風。
蹴り足部に円状の地割れが起きる。
その刹那、オレハの雄たけびが宙を舞った。
「うおらぁあああああ――――――!!」
頭上髙くを見上げた兵士の驚き声。
「「「「「えぇええええええええっ!?」」」」」
跳躍したオレハは兵士のみならず、民衆をも飛び越える。
兵士たちは追おうとしても、瞬時に視覚から消え去ったオレハを誰も追うことは出来ないだろう。
走り、跳び、高速で移動しながらオレハが言う。
「このまま王都を出るぜ!」
「さすがオレハだな! オレの考えていた通り上手くいったな!」
毎度申し訳ないが、ヘルトは何も考えていなかった。
こう自慢げに、オレハを称えるヘルトを見てスノウは思う。
……ヘルト。
助けに来てくれたときは、ちょっと格好いいとも思えたけれど、
結局のところ、アナタ何もしてないわね。
そこまで自慢げにできるのもどうかと思うわ。
なぜ来たのかしら? 謎だわ。
――けれども。
来てくれてありがとう、ヘルト。
さすがは元祖ツンデレ、とりあえず鞭は多めで最後に飴。
それでも、スノウにとって回りくどい会話やついつい世話を焼きたくなる自分が、ヘルトと旅をしたあの頃へ戻れた気がして……
(((((……あのスノウ(様)が楽しそうに笑って――)))))
本人の気づかぬ間に、皆へ笑顔を振りまいていた。




