旅路の途中で
◆
――旅立ち、五日目の夕刻前。
ヘルトとスノウがガゼール到着まで、あと三日足らずというところか。
普通に街道を進めばティカからガゼールま八日ほどで辿り着く。
ヘルトは遠くにある山の麓へ視線を向け言う。
「もうすぐ陽が沈み始める。今日はこの先にあるテリアの街で宿を探そうか?」
「……」
スノウは何も言わず、ただ頷く。
ここ五日間、スノウと旅を共にしてきたヘルト。
正直なところ長々と会話を交わすことは無く、必要最小限の会話しかしていない。
無口と言えば無口なのだが突然口数が多くなることもあり、会話が苦手とも思えなかった。
……オレって、やっぱ避けられているのかな?
スノウが常に無表情で感情が読めないせいか、ヘルトは少々不安気味。
更には会話が無く暇を持て余し、こんな事を考えたりも。
んー……綺麗な顔だちで、高級そうなローブ……持っている杖も安くはないだろうな。もしかして、どこかの高貴なお嬢様なのか?
ヘルトが思う「綺麗な顔だち」とは、まず雪のように白い肌で傷一つ見当たらないからである。熱をだしているわけでもないのにほんのり赤く染まった頬も、白い肌だからこその映え。”美人”というよりも”可愛い”と思える幼さを感じた。
ヘルトはスノウに表情が無いとはいえ、決して不愛想とは思ってはいない。
それは、ツンツンと棘がある感じなどでは無く、話す時には普通に話すからだ。
ヘルトとしては「応えて欲しい時に応えてくれない」ただそれだけで「避けられている」と思った。
そして着衣などから高貴な家柄の娘なのではないか、とも……
――――――
――結局その答えを聞くことも無く、ふたりは無言のままテリアへ到着。
陽も暮れ始め、辺りは薄暗くなってきた。
ここテリアはそれほど広い街ではない。
中規模の街であるティカの半分程度の広さだ。
すぐにでも食事、と言いたいところではあるが宿の確保が先。
そう思うふたりはここ五日間、まともな寝床で睡眠していなかった事もあり、腹の空き具合も忘れ宿屋を探す。
陽も暮れ、夜空に星が見える頃には宿屋へ。
「スノウ、宿は確保できたんだ。とりあえず食事へ行かないか?」
「……そうね。行きましょう」
食事を出してくれそうな酒場へ着くまでの会話は、この一度だけ。
――酒場探索、一軒め。
「ここ肉料理を出さないのか。チッ……オレは肉料理が食べたいんだけど? あー、肉食いて」
好きにすれば、と言いたそうな瞳でチラ見するスノウ。
――続いて、二軒め。
「が、がらの悪そうな酒場だな。主なんて眉毛が無ェ! 危険だ、ここはやめておこう」
臆病ね、と言いたそうに鼻で笑うスノウ。
……最後に、三軒め。
「……えっと、どうしようか? ここ入っちゃう?」
ワタシはどこでもいいのだけれど、早く決めてくれないかしら? と言いたそうに、杖を握った拳へ渾身の力を込めるスノウ。
まるで独り言をいっているかのようなヘルト。
さすがに旅路五日目、この一方通行な会話にも慣れた様子。
酒場へ立ち入り空いてるテーブル席へ腰掛ける。
店内を見渡せば客層は冒険者ばかりで、人気のある酒場なのか満席に近い混みようだ。
ふたりが待つ間も無く、女性店員が声をかけてきた。
「いらしゃあい。ご注文わあ?」
なんだかフワフワとして緩い感じの店員である。
先ず、ヘルトは周りの客が何を食べ、何を飲んでいるのかを確認する。
肉料理はあるようだ。
そして……
「ヌアマもあるんだな?」
「もちろん、ありますよお。いかがですか?」
この国で最も愛されている”ヌアマ”と言う果実から作られた飲料も。これがさっぱりとした喉越しで、肉料理に良く合う。
ヘルトは肉料理とヌアマの最良チョイス(自称)と決め、店員へ言う。
「お任せでいいから肉をくれないか? あとヌアマを」
「ヘルト。アナタ本当にそれでいいの?」
「おう! オレは見た目がこんな感じだけど肉食派だからな」
「そう……それなら、ワタシはおすすめの料理でいいわ」
「はあい! 畏まりい」
店員は去り、食事を待つあいだ会話をしないのは間が持たない。
そう思ったヘルトは、どんな会話でも良いからと口を開こうとした時、スノウが先に声を発した。
「ヘルト。ガーゼルへ着いたら会ってほしい人がいるのだけれど」
「ん? オレに会ってほしい人?」
「そう、アナタの今後に関わる問題よ。突然知らない人に会えって言われるのも不安でしょうけど……、けれど――」
スノウの言葉を最後まで聞くことなく、顔色ひとつ変えずにヘルトは言った。
「わかった。スノウが会えっていうなら、そうするよ」
スノウは、ヘルトのあまりにもあっさりした態度に呆れた様子を見せる。
「……アナタ、少しは他人を疑うべきだわ。長生きできないわよ」
「まあ、よく裏切られるけどオレの性分だからな。それに――」
ヘルトは一度口を閉じ、照れくさそうに再び話し始めた。
「オレさ、嬉しかったんだ。その……スノウが助けてくれて、さ」
「何度も言うけど、ワタシはアナタを助けたつもりはないのだけれど」
「それは承知の上さ。ただ――親以外に助けてもらうとか、こうやって二人で食するとか今まで無かったからね。はは……笑えるだろう?」
スノウは少し拍子抜けしたような仕草をした。
彼女はヘルトを説得するため、あれやこれやと考えていたのだ。
ヘルトが旅路で「避けられている」と思っていたのは、スノウがこの話をいつしようかと決めかねて、口を閉ざしていたのだろう。
「ワタシを信用してくれるのは良いのだけれど、これからは他人を疑うことを覚えることね」
「だよな……ど、努力してみるよ!」
「努力する、と言うものではないのだけれど? 努力して人を疑うとかアナタのパーツ足りているのかしら? 謎だわ」
「そ、そうなのか!? ……あ、ただの野蛮人みたいだな、オレ」
疑い続けようと努力する人間など頭のネジが何本か抜けているだろう。
それに気付いたヘルトは「野蛮人」のようだと思ってしまった。
それはスノウも同じ考えである。
――すると。
クスクス、肩を震わせているスノウが……
……ス、スノウ? まさか、笑っているのか?
俯いたスノウの顔を確認することは出来ないが、確かに笑っている。
必死に声を押し殺しているようだ。
スノウが初めて洩らした笑い声は、ヘルトの心に安らぎを与えた。
――笑ってくれた……このオレだけに。
あざ笑うのではなくて、会話が楽しくて笑っているんだ。
久しぶりだなあ、こんな気持ち……
こう思い、ヘルトはスノウへ話しかける。
「そ、そんなに可笑しかったか?」
「プッ……いいえ、可笑しくも何ともないわ――……ふふっ」
スノウが、なぜここまで笑いを我慢するのかは謎である。
笑いを耐え続けるスノウと、それ見守るヘルト。
そんな二人の間へ割って入り、料理が運ばれてきた。
「はあい! お待ちどお様あ!」
――ドドンッ!
と、妙に大きくて生々しいものが――、というより……
……なにコレ?
こう思ったヘルトは、その置かれた料理を指さし言う。
「ま、待て待て、これはなんだ? オレこんなの頼んでないぞ?」
このヘルトの問いに、女性店員は謎めいた仕草で答えた。
「はい? お肉ですよお、お客さんの注文した通りのお肉ですう」
「え? どういうこと?」
「だって、注文したじゃないですかあ。生の肉って」
「あ……ええっ!? って、ヌアマって言ったんだけど……オレそんな滑舌が悪かったのか。そもそも、コレ料理じゃなくね?」
テーブルに置かれていたのは、豚一頭分あろう巨大な生肉だった。
そして更なる笑いに耐えきれなくなったのはスノウである。
「――あはははッ! ワタシ、注文時に『本当にそれでいいの』と聞いたのだけれど? あ、な、た……お肉大好きなのでしょう? 良かったわね……プッ」
「お、おう」
――次の日。
ヘルトは凄まじき腹痛に見舞われ……