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偽り

 ◆


 ――婚儀、当日。


 ついに、この日が来てしまったと言うべきかだろうか。

 望む者、望まぬ者、その思いは正反対なれど刻は止まらず。


 このアストラータ王都の人口は約三〇万人だが、現在の人数はいったいどれほどになるだろう――二倍の六〇万人、いやそれ以上か。ほぼアストラータ王国だけの民で、よくもまあこれほどの数が集まったのだと、誰もが唸り声を上げてしまいそうだ。


 それだけ王子と王女の婚儀は、民から注目されるものなのだろう。

 露店も多く立ち並び、王都はお祭り騒ぎ。これにより、王都のみならず近隣の街までもがお蔭様で多額の資金を得ることができた。王子と王女が婚儀を挙げるような大きなイベントは、結局のところ”祝い”に(かこつ)けた金稼ぎの場に過ぎない。


 

 ――本日行われる婚儀の流れは。

 まずはお披露目用のキャリッジ部分がオープン(天井の無い)になった馬車にフィンネルとスノウが乗り、ゆらりと湖を一周しながら王都の中央広場を目指す。この”中央”とは言えど、王都の中心にあるのは湖に浮かぶ王城なのだから、王都のわずか左方向に位置するのだが……なにゆえ教会ではなく広場なのか。


 本来、アストラータ王国での結婚式とは教会で行われる『誓いの儀』と経て、その後『披露宴』が基本。それを名目上『民にも見物させてやろう』などとフィンネルが言った『只々目立ちたいだけ』の希望により、王都で最も広い敷地とされる中央広場を選んだわけだ。


 この広場で開かれる誓いの儀により、互いの愛を誓い合った時点で二人は夫と妻となることから、のちに開かれる披露宴などはオマケ。つまり、スノウがフィアーバ王国の王女でいられるのは『誓いの儀』までといえよう。


 

 ……城門が重々しく、上から下へギシギシと大きな音を立て開く。

 城まで徒歩で進めるのは橋のみ。従って城門と呼ぶよりも橋をかけると表したほうが、しっくりくるだろう。


 城への橋がかかり、まずは整列された兵が城から姿を現す。四列に数十名の兵士が先導するかのように、足を揃えながら行進。湖の周りには溢れかえるほどの人並みが今か今かと本日の”主役”を待つ。


 その主役とは、勿論フィンネルとスノウ。

 数十名の兵士が先導するなか、先頭が橋の中央付近へ進んだ頃に主役二人の乗る馬車が姿を現した。


「おおっ! 見ろ、出て来たぞ!」

「我らがフィンネル王子様!」

「スノウ様……なんてお美しいんだろう」


 どっと一斉に歓声が上がる。

 この湖畔に集まった民衆だけでも数十万といるのだ。その声のみで大地が揺れ、湖の水辺が波紋を描くほどに王都へ響き渡る。


 フィンネルは「我を見ろ」と言いたげに民衆へ視線を送り、スノウは無言。

 そんなスノウの心中は……


 ……結局、爺やとミリィにはお別れを言えなかったわね。

 二人とも今朝早く城を出たようだし今頃は街道辺りかしら……


 と、心ここに非ず。

 純白のウエディングドレス、多くの宝石が散りばめられたティアラ、念入りに施された化粧。その容姿もさることながら、男性のみならず女性までもが魅了される華々しい姿をしていても、スノウの心は闇へむかう。


「あははっ! 雪姫よ、恥ずかしいのは分かるが、手くらいは振ってあげたらいいだろう? 皆、我と其方のために集まっているのだぞ」

「……はい。申し訳ありません」


 これは勤めだ。そう言い聞かせながら民衆へ目を合わすことなく静々と手を。


「スノウ様が、俺に手を振ってくださった!」

「いいえ、私に決まってますわ!」

「儂じゃぁあああっ!」


 自国の王子がフィンネルとはいえ、やはりスノウのほうが人気度は高いといえよう。それについてフィンネルは気づいていないのだが……自身へ驕りがある人物とは、その事実さえも脳裏から抹消する精神力があるだろうか。


 それでもスノウとしては、やはり心の支えは民たちの笑顔や歓喜の声だった。

 フィンネルやその他貴族はどうあれ、どの国へ行っても民とは同じものなのだと。今後はこの民たちを支えに生きてゆこう、そう思えるほどに。


 湖外周を右回りに約四分の三、行進に合わせる速度で進んだ後、東へある中央広場を目指す。この中央広場はメインだ。湖畔に集まる民もぞろぞろと後を追うように移動し、大歓声の中広場へ辿り着いた。


 キャリッジから足を踏み下ろし、フィンネルとスノウは広場の中央へ。

 フィンネルはゆらり、ゆらり、スノウはしず、しず、と。

 その中央に立つは神父。

 二人が揃って目の前へ来るのを待ち、言う。


「汝フィンネルは、この女スノウを妻とし、

 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、

 病める時も健やかなる時も――」


 スノウの心は乾いていた。

 これは単なる契約である――国を守るためだけに契約書へサインを……

 それがこの誓いの儀なのだと。


「――共に歩み、他の者に依らず、

 死が二人を分かつまで、愛を誓い、

 妻を想い、妻のみに添うことを、

 神聖なる婚姻の契約のもとに誓いますか?」


 スノウの耳に、神父の言葉は届いていない。


「無論だ。誓うともっ!」


 フィンネルは先を急ぐように簡潔に答えた。


 ……そして。


「汝スノウは、この男フィンネルを夫とし、

 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、

 病める時も健やかなる時も、共に歩み――」


 スノウへ向けられた誓いの言葉。

 この言葉が終了した後「誓います」とだけ言えば国は救われる。

 それは至って簡単なことだ……そう思いながらも感じる違和感。


「他の者に依らず、死が二人を分かつまで、

 愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、

 神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」


 神父の言葉は終えた。

 後は返事をするだけなのだが、なぜか声がでない。

 それは、スノウ本人でさえも気づいていなかった。


「雪姫、早くしろっ!」


 フィンネルは怒鳴りつけるように誓いを促す。

 ただ一点を見つめるスノウには『聞こえていない』という表情だ。

 辺りに騒めきがおき、皆スノウへ注目し始めた。

 スノウはただ一言いうだけで終わるのに、その一言が喉……いや胸の奥につかえて出てこない。こんなことは生まれて初めてだった。日々感情を押し殺してきたスノウは、どのような言葉でも躊躇なく漏らしてきたはずだ、と。


 スノウは心の中で”それなりの言葉”を並べ続ける。


 ――既に覚悟は決めたわ。

 国を救う為にワタシは何を戸惑っているの?

 この国の民も良い人たちばかりなのだから、

 どちらの民も救えると思えば――

 王女らしい務めを果たせるじゃないの。

 そう、王族に愛情などいらないのだから……



 ……けれども、なぜ、こんなにも胸が苦しいの。


 と、スノウは自分の中に住むもう一人の自分が必死になり、この先の言葉を止めているかのように声を詰まらせた。

 

「誓え! いつまで待たせる気だ! 同盟破棄は既に成されたのだぞ、フィアーバがどうなってもいいのかぁああっ!」


 フィンネルは怒号し、その苛立ちを隠せない。

 

 ――しかし。 

 この怒号により周囲の騒めきは、どよめきへと。

 ひそひそと、多くの声が飛び交う。


(……フィアーバが? それってどういう――?)

(フィアーバは一番の姉妹国だろ? だから、お二人は仲睦まじく結婚するんじゃないのか?)

(同盟破棄の件……あれって本当のことだったのかしら?)


 アストラータの民たちは長い間の同盟により、突如として告げられた破棄に不安を感じていた。それが二人の婚約によって解消された者、破棄は嘘だったのではないかと思う者、二人は愛し合っているからこそ結婚するのでは……と、信じきっていた者。


 フィンネルは数々の会話が混ざり合うことで、その内容を聞き取ることは出来ないが、明らかに民たちは動揺していることは知れた。


 ――くっ!

 怒りで我を忘れてしまったが、

 さすがに今のはマズかったか……っ! 

 ……だが、もう気づかれてしまったのだ。

 ここで止まるわけにはいかぬ。


 ゴミのような民の会話など、どうせ取るに足りぬのだからなぁあっ!


 フィンネルは心中で開き直る。

 この、精神力の強さだけなら称賛に値するだろう。

 そんな開き直ったフィンネルは、もう止まらない。


「……あ、あははっ! 我は知っているのだぞ、ユキ(スノウ)ィイ!」


 フィンネルの声がスノウへ届いてはいるが、スノウは未だ口を開くことは無い。


「弱々しい平民ばかりが集まったゴミのような軍が、このアストラータ王都郊外で待機しているらしいな!」

「――――そ、それは誰から!?」


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