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女王の片鱗


 ◆


 ――同日、一刻後。

 場所はアストラータ王都ではなく、ティカから王都を通る街道の途中にある街。

 ……その名を『ロッサム』という。

 ロッサムは、王都から最も近いラムラと然程変わりのない小さな街だが現在のラムラのように、フィンネルとスノウの婚儀を一目見ようと滞在する民で賑わっている。王都までの距離を考慮すると、明朝には皆一斉に王都へ向かうことだろう。


 それに目を付けたのがアドリエンヌ。

 この民衆に紛れて王都まで戻ろうとしている。心の声であれ命を狙われている可能性があるのだから、身を隠して行くのは良案だ。

 既に父ビアドと合流し話は終わっているが、なぜまた王都へ向かう必要があるのだろうか。それはアストラータ王への説得を一任されたからだった。ビアドは「アドリエンヌのビフォアなら必ず説得できる」と託したのである。


 それでも何かあったことを踏まえ、貴族の少ない南の経路を使用してフィアーバ王国三万の軍勢が、寝る間も惜しんで進軍。普段なら目立つ軍勢だが、アストラータ貴族の婚儀への参加は強制であり、どの街の領主も今は王都にいるのである。つまりは騒ぎ立てる者がいないのだ。


 さらに婚儀への参加を申し立てれば今なら国境を越えることさえも容易。

 問題は同盟破棄の件だったが……面倒なこととなる破棄確定前に国境を通過した。婚儀への参加とはいえ、名目はアストラータ王都での護衛である。


 これにより、現在は急いだ甲斐もあってドッタを越えたとの知らせも。いずれにせよ三万名がこのまま王都へ進軍するわけにもいかない。どれだけ軍を進めても、結局は王都付近までとなろう。


 そして、ビアドはその軍を指揮するため進路を変更。この軍は勿論”保険”であり、託したアドリエンヌも信用している。それでも国や我が子の危機には変わりないのだ。やはり最悪の状況へ策は練っておくべきだと。


 アドリエンヌへ同行しているのは、ハルバトーレの部下に加えオルマム。このオルマムはアストラータ貴族にも一目置かれた人物だということから、アドリエンヌの説得が”より”上手く行くようビアドが同行させた。


 ここでアドリエンヌは脳裏で現状を確認する。


 ……現在の状況は――


 スノウの護衛にケイツア。

 我が儘息子(フィンネル)の護衛にオレハ。


 ……この二人の護衛がどうなっているのか、未だ連絡が来ないことを考えると無事と思って良さそうですわね。


 お父様は、軍の指揮へ。


 ……これは出来る限り使いたくない。

 最悪の状況など、このわたくしがさせるものですか!


 小虫のところにコリンヌと眼鏡。


 こちらも問題ないでしょう。

 あまり、あの子(コリンヌ)へ”アレ”を使わせたくないけれど……

 最悪のときには仕方がないですわね。


 こう、それぞれを確認したアドリエンヌは更に。


 ……あの子(コリンヌ)も変わったわ。

 つい最近まで、消極的でわたくしが居ないと何も出来ない子だったのに。

 これも、あの小虫のお蔭かしら?

 それに――

 コリンヌどころかスノウやオレハまでもが、あんな風に想っているとは本当不思議な小虫ですわね。


 そもそも、わたくしたち姉妹は男性を想うことが今まで無かったはずですわ。

 どうして二人は、こうなったのかしら――

 

 こう思うアドリエンヌは(Mind)(reading)により、妹二人の心を常に読んできた。スノウはそれを知って読まれる前に行動を、コリンヌは付き従うだけだったのだが。


 このコリンヌとスノウの違いは――

 コリンヌは姉であるアドリエンヌを恐れても、常に敬愛し姉に一任する妹。

 そして、スノウは――

 敬愛はしているが、それゆえに姉二人には迷惑をかけたくないと思っている妹。


 同じ気持ちでアドリエンヌを想っていても、スノウに対しては姉として頼られない自身に苛立っていたのだ。加え、最近のコリンヌも自身の意見を述べるように。


 ここでアドリエンヌは漸く気づく。

 スノウとコリンヌが、ヘルトとの出会いによりどう変わったかを……


 ……ま、まさかっ!?

 いいえ。そんなことなど、ありえませんわ!

 あの至って平民な小虫によって、わたくしまでも――


 と、思うアドリエンヌの真意は。

 つい一ヶ月ほど前までは自分の事しか考えていなかったのに、いつの間にか一番嫌う『身を挺して』という言葉通りの行動を。これはつまり、自身の意思で国やスノウを救おうとまで決心した揺るぎない感情に、驚いていた。


 その決心を変えることはないだろう。それでも、なぜこの考えに至ったのか不思議で儘ならない――アドリエンヌの感情が渦巻く。


 平民を日々蔑んできた自分が、なぜ護る立場に。

 それは偽りなく、心の底から想っている。

 葛藤する心情。

 あり得ない自分。

 初めて感じた挫折感。

 数々の思いから、今までになかった新しい感情が生まれる。

 なぜか。何故かではあったが――不思議な感情ではあっても、全く以て悪い気がしなかったのだ。これを言葉に表せば『心地よい』

 もう……この感情を認めるしかないのだ、と。



 ……そう、ですわね。

 これを疑っても答えは一つ。

 わたくしもヘルトに動かされ、()()()()のですわ、ね。



 アドリエンヌがヘルトといた時間はわずか数日。

 コリンヌの心、オレハの心、そしてスノウの心――

 この三人は何度も(Mind)(reading)してきた。それゆえに、ヘルトとの会話は少なくとも『何度も小虫と会話した』と、錯覚してしまう。


 そして、ヘルト本人に対してもそうだ。(Mind)(reading)できないのだから、興味を抱いても不思議ではないだろう。それが”愛”ではなくとも。


 ……そして、アドリエンヌは『変わってしまった』のではなく『変われた』と。

 この言葉は、一見ヘルトへ感謝の意を表しているようにも思える。こう心中でも思えるなら、フィアーバ王国第一王女は変わったと言わざるを得ないだろう。


 しかし、ここははっきりと伝えよう。アドリエンヌはヘルトで変わったのではないのだ。その根源がヘルトであっても、周りを囲う人物がヘルトを想って いたからこその脱皮。アドリエンヌが変われたのは紛れも無く、ヘルト以外から得た心によって変化したのだから……


 そんな複数の心を読んだからこそアドリエンヌは、自分にとって大切 な人を”全て”守るにはどうしたらいいのか――そう想った結果が今のアドリエンヌを創りだしたのだ。


 アドリエンヌはフィアーバ王国第一王女であり、それに従い勉学から作法に至るまで厳しく教えを受けて来た。それが第一王女としての務めだと思い続け、その務めに従うのが王女だと思ってきたから。


 ――自分の意思で国を想ったことは初めてだった。

 託されたとしても失敗したら、などと不安がよぎる。

 だからこそ、アドリエンヌはオルマムへ願う。


「……オルマム。アストラータ王への説得は、わたくし一人では難儀ですわ。その――是非、力を貸していただけますかしら?」


 肩を並べるように付き従う老兵オルマムは、この言葉を聞き胸が熱くなる。


「勿論ですともアドリエンヌ様……このオルマム、あなた様のご指示ならば、何用でも従うと誓わさせていただきます」


 長年付き従っていたオルマムでさえも、アドリエンヌが協力を願ったのは初めてだった。これが”女王”となる片鱗なのかと。


 歓喜の声を上げ、今すぐ忠誠の儀をアドリエンヌへ捧げたいとも。

 至高オルマムは必ずや国を守り、王族や民を護ると表情を露わに誓った。


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