生まれ変わった男
「…………」
スノウは無言、だ。
この空地まで誘った理由。それは、自分の裸体を他の人に見られたくないからという……無くても良いちっぽけな羞恥心からと、この空き地には他に制御できるものが無いから。それほどに、ただ雑草が生い茂るだけの空地なのである。
「どうやら……驚きすぎて言葉もでないようだね」
なぜかは分からないがカーランドがどこをどう動いても、隠さなければならないところはしっかり隠される。摩訶不思議。
「……確かに驚愕だわ。それがあなたのビフォア――、なのね。謎すぎるわ」
「――ェ?」
実のところ、カーランドはビフォアを使用してはいるが”そこ”ではない。
しかし、スノウとしてはカーランドが両手で覆うことなく、どうしたら運よく見えなくなるのか不思議。だからこそ、それがカーランドのビフォアではないかと本気で思っている。
「……まあいいわ。それで、これからどうするつもりなのかしら?」
「ふっふっふっ。決まっておるであろう。ヤらせてもらうのだよ」
カーランドは、現状況下において言ってはならない台詞を。
勿論、不純な考えで言ったつもりではないが、もうただの変態強姦魔である。
内股で”ナニ”を太ももで挟み込み両腕を振り上げ、チョコチョコと横歩き。動きも危険。良い子のみならず、悪い子でも絶対に真似をしてはいけない。
「あなたがこれから何をしたいのかは分からないけれど、いくつか質問しても良いかしら?」
「質問とな? ……まあ良かろう。どうせ逃げられないのだからね」
ほんの一握りだが、カーランドの考えが気になったスノウ。
勿論、強姦魔の話ではなく”それ以外”のこと。
「……あなたは魔法が使えるのかしら?」
「いいや。私は文献で学ぶことが嫌いでね」
「……それでは、なにか特別なビフォア……いま使用しているもの以外であるのかしら?」
「何の話かね? 私のビフォアは戦闘向きではない」
「……それならば、聞き辛いのだけれど。そのどう見ても何も持っていないようで、どこかしらに武器を隠し持っているような動きはわざとかしら? 場所は大体想像つくのだけれど――」
「――――!!?」
突如としてカーランドの動きが止まった。
図星、という表情を浮かべて。
「な、なぜ私のビフォアのことを知っているのかね!」
スノウが気になったのは、カーランドが武器も持たずに奇妙な動きをするからだった。それに加え武器を持たずに命を奪えるほど、前回の戦いから考慮してもカーランドが強者だと思えなかったからだ。
ナニを挟み込んでいるのは別として内股で移動する姿と、決して背中を見せない横歩き。少しずつ前へ移動はしているが、何かを隠し持っているかのようにしか思えない。
それは、カーランドのビフォア――
――残念ながら、ここで名を伝える必要などないだろう。
カーランドがスノウへ背を見せないのは、尻部の括約筋のみでナイフを挟んでいるからである。この謎めいたビフォアは『尻で箸を割れる』程度のものだが、こういう使い方もあるのだ。
しかし、それをする意味があるのかとスノウは再び問う。
「……どう見ても何かを……その、アレに――とても器用なのね」
スノウは少なからず言い辛そうではるが、カーランドは褒められたようで、ほんのりと心が暖まった。
「そうであろう! 凄いであろう! 私は転生前、この”才”のみで世界中を周ったのだよ」
その変態チョビ髭、自慢げ。
スノウはこの言葉を聞き「ちょっと可哀想なひとだな」と。
「……そう、いろいろな意味で大変だったわね。けれども……武器を隠し持つだけならば、手で持って背中で隠すとかの方法は思いつかなかったのかしら?」
「――――ェエ?」
カーラン(ド)ッ――と、カーランドの隠し持っていた武器が地へ落ちた。
両手と両膝が大地へつく。
「そ、そうであった。その手があったか!」
――心の 鏡。
スノウの躊躇無き深緑の瞳。
「……どうやら武器を落としてしまったようね。今からその短剣を拾い上げたとしても、もう間に合わないわ」
がっくりと肩を落とすカーランド。
戦わずして既に敗北を認めてしまったようにも思える。
「――で、あろうな。完璧な策であった……しかしながら、己のビフォアに頼り過ぎた私は戦う前から敗北していたのかもしれぬな……ふっ」
「…………」
スノウは何も言わなかった。
――そこで飛び入るようにして姿を現すケイツア。
「――スノウ様っ!」
「ケイツア……ワタシは大丈夫よ」
ケイツアの形態は脱着を解き、現在は普通である。
とくに離れた場所ではなかったが、複数の進路に惑わされ時間がかかってしまったのだろう。慌てて来た、という様子。
「彼、なんか素敵な格好をしているわねン。さあて、どうしてやろうかしら」
ゴリゴリと聞こえる生々しい音。
カーランドに抵抗する仕草はない。
――しかし、スノウはそれを止める。
「……ダメよケイツア。彼に手を出してはいけないわ……そもそも、彼はワタシに何もしていないのだから」
「あらン? そうなの? どう見ても何かしようとしたとしか思えないんだけれど――」
ケイツアは分からないが、スノウはおっさんの裸体などこれ以上見たくも無い……いや、そうではなくて、見ていられないと言ったほうが良いだろう。
「とりあえず、彼に服を。少し気分が悪くなってきたわ」
「あら、アタイはこのままでもいいけれど。でもスノウ様の命令だしね……残念だけど分かったわ」
スノウの指示により漸くカーランドは衣服及び装備を装着。
カーランドは既に戦う気がないことからも、今後の危険はないだろう。もともと三七歳に至るまで、カーランドは誰一人として人を殺めてはいない。
結局のところ、人を殺めるほどの度胸がある人物ではなかったと言わざるを得ない。そのことはカーランド本人も良く知ったことだった。
「やはり、私に兵は向いていないのだね」
「……あなたには殺意がないわ。今後他人を殺める可能性がある兵として生きてゆくのなら、その覚悟は必要かと思うのだけれど?」
カーランドは、一六歳の少女に全てを見抜かれた気分だった。ヴォルツやエルザに服従してきたのは、只々弱い自身が作り出した臆病さなのだから……
だからこそ、カーランドは決意した。
「確かに、スノウ王女のいう通りなのだよ。私は決めた――本日を以て……三八歳の誕生日である祝うべきこの日に、兵を辞め再び旅芸人へ戻るのも良いかもしれぬな――」
「「お、お誕生日おめでとう……」」
ペタンペタリ、とやる気のない拍手が静かに聞こえる。
スノウとケイツアは、なんか言わされた感があったがそこは我慢。
「あ、ありがどう……誕生日をおぶぼざばにいばっていだだげるなんで……ごうえいで、ず」
カーランド号泣。
もう、なんて言っているのか分からない。
そしてケイツアはハンカチを差し出し言う。
「あらあら、自慢の髭が台無しでしょ。このハンカチチーフで、その涙で濡れた”髭”を拭くといいわ」
「い、いい奴であるな……すまぬ」
「あ、それ返さなくていいから」
ケイツアは判然と返却を断った。
この後、スノウが最も聞きたかった心の鏡についてカーランドは語る……とはいえ予想通り。ヴォルツがフィアーバ王国の貴族から聞き入れた情報を、カーランドに伝えた、となる。
自国のフィアーバにスノウを狙うものがいたのだ、とここで初めて気づく。スノウとしては同盟破棄に関しては協力していても、まさか暗殺の協力者となるとは思いも寄らなかったからだ。
これはフィアーバ王国の王女であるからそこそ、信じ難い事実であった。




