心の鏡、弱点「参」
「さあて……お遊びはお終い。かかってこないとチュウしちゃうわよ?」
それが最も危険だ、と感じた暗殺者たち。
「動きはどうあれ、相手は一人だ。怯むな!」
「そうだ! いつも通りにやれば問題などない」
「――まずは、あの奇妙な動きを止めろ!」
戦闘はケイツアの言葉を待たずして開始された。
暗殺者のいう「いつも通り」とはセオリーであり「基本の通りに任務を遂行せよ」である。しかし、暗殺者である彼らにマニュアルなどはないだろう。
ただ、戦う相手により攻め方を決めている。
ケイツアの対しては見て知れるように、どう見ても近距離攻撃が基本。戦闘能力は計り知れないが、最低でも中距離から放った矢を打ち落とせるほどの実力者。加えて死角が少ない。
敢えて有利なのは人数の差と、相手がケイツア只一人だということにある。
それゆえに彼らは、そのセオリーなるものから全員一致した答えを出す……
まずは、ケイツアの動きを止める。
その仕事を熟すのは『鎖鎌』を扱う二名だ。
ケイツアを中心に、ゆっくりと大きな円を描くように歩みながら、鎖鎌の分銅部を回転させ始める。鎖鎌を回転させたその二名は対角線上に、互いの視線を合わせながら機を伺う。
攻撃は、ほぼ同時だ。どちらか一方が分銅を投げ入れたら、それに従い続く。
なぜ”ほぼ”同時になのかは、一つの攻撃により気を取られた相手に隙ができるからであり、対角線上に並び同時攻撃は基本中の基本。
ヒュンヒュンと甲高く分銅が回る。
――それは、掛け声など無くしてケイツアへ放たれた。
狙いは両手首から両腕。
正面と後方からではなく、真横――ひとりは右腕もうひとりは左腕。
それに対しケイツアは、とくに回避する仕草も無く。
「……あら? 捕まっちゃったかしら?」
「よし、いいぞ!」
いとも簡単に何重にも両腕に巻かれた鎖。
「コイツ、見た目だけで大したことないぞ!」
巻かれた鎖をギリギリと弛まないように引き続ける。
ケイツアへ巻かれた鎖が解かれないために……
そこで、次の策は弓部隊の二名。
動きを封じて逃げられないところを射る。弓の初心者でも中る距離に加えて動かない標的だ。「外す筈も無い」皆こう思うのは当たり前のことであり、ケイツアが鎖に巻かれた時点で「勝利を得た」ともいえる。
――それゆえに射られた二本の矢。
狙いは、最も狙いやすく確実な胴体部へ。
この矢のみで、仕留める必要はないのだ。無理に頭部などを狙って回避されるより、確実性を重視するのは暗殺者らしい良い判断だといえよう。誰がリーダーでもなく統率された部隊なのだから優秀な者たちとの予測がつく。
――そして。
三度と聞こえる奇怪な音。
「そ、そんなのあり!?」
矢は確実にケイツアを負傷させるはずだった。
あろうことか瞬時に肩、腕、手首――あらゆる関節をゴリゴリと外し、難なく鎖の束縛を脱出。さらに矢はどう回避したかというと……
倒れ込むようにして”四つん這い”になって避けた。
しかしながら、これを四つん這いと呼んでもいいのだろうか。胸部は天、背中は地――つまるところの「ブリッジ」であり、普通の避け方ではない。
そのブリッジ状態から、ケイツアは。
「んん……これだと逆立ちしてるみたいで、見辛いわね」
と、いってまたゴリゴリ。
普通に体制を正位置に戻すだけでいいのに……
……頭部だけ正位置へ戻した。
「「「「「あひゃぁあああああっ!!?」」」」」
まさにホラー。
暗殺者たちは混乱し、逃亡し始めた。
「ウフフ。恥ずかしがり屋さんが多いのね。けれど逃がさないわよ」
ケイツアは体制を維持したまま、まるで蜘蛛のように移動。
しかも、恐ろしく速い。
「た、たずげでぐでぇえええ!」
「まだ、死にだぐでえ!」
「俺、この仕事を終えたら国に帰って結婚するんだ……」
最後の暗殺者だけは死確定だろう。
一人一人確実に仕留めてゆくケイツア。
正直なところ、ケイツア本人は妹オレハのように戦闘は好まず血を流すことも苦手なほう。それでも暗殺者たちの命を奪わなければならないのは、自国の王女であるスノウの命を狙ったから。
王女の命を護ること。
そのためなら何でもする。
確かに聞こえはいいだろうが、それとは対照的な暗殺者は悪者となるのだろうか。彼らは金銭で動いているだけであり、志は違えどやっていることはそれほど変わらないともいえよう。
そのことは承知の上で、ケイツアは暗殺者の命を奪う。
一人でも逃がせば再びスノウの命を狙うことも然るべきだが、王女を狙う行為事態が許せないのだ。それがたとえ積まれた金でも……
――数分後。
ケイツアは全てを仕留めた。
「恨むなら、依頼者を恨むのね……ちょっと勿体無い男もいたけれど、残念ね」
こう言ったケイツアには、余裕が見られる。
ケイツアは騎士のなかでも高位な人物。勿論、技も使用できるが今回はその技を使わずして、事を終えた。妹オレハのような強大なビフォアではないが、常に計算し最小限の行動ができるのは、やはり計算高い兄だからとも思える。
ここに差があるからこそ、騎士としてでは差がでるのだ。
「あ。それよりも、スノウ様を早く見つけないと――」
ケイツアはスノウを追うため、急ぎ足で路地裏を目指す。
――――――
――その一方スノウとカーランドは。
カーランドは身を隠しながらスノウを誘導し、民家に囲われた空地へ。
「ふっふっふっ……ついにここまで来てしまったのだね、スノウ王女」
スノウから声は聞こえるが、姿を見せないカーランド。
「……あなたには聞きたいことがあるから、付き合ってあげたの。それが分からないのかしら?」
「そちらこそ分かって言っているのかね! 助けなど来ないのだよ。雇った暗殺者たちは既にあのオカマを殺しているのだからね」
「ケイツアが、あんな人たちに負けるわけがないでしょ。そろそろ姿を現したらどうかしら? 逃げてばかりではワタシの命を奪うことはできないわよ」
ケイツアがスノウをこの空地まで誘導したのには、勿論意味がある。
周りは薄暗く、ひと気は全くない。しかし、なぜそんなひと気のない場所まで誘導する必要があったのだろうか。そこはスノウも気になるところだ。
カーランドが常に隠れながらの移動をするのは理解できる。
それでも、他に仲間の待つ場所へ誘導しているのかと思っていたスノウは、この空地に来た意図が読めなかった。
そして、また聞こえてくるカーランドの声。
「スノウ王女。私はね、君の妙な術の弱点を見つけてしまったのだよ」
「……そう、それをどこで聞いたのかしら?」
スノウの聞きたかったことは、このこと。
なぜ、カーランドがスノウの心の 鏡について知っているか、である。それを聞きだすために罠と知りつつもカーランドの誘導に従った。
「私が、それを口にするとでも思っているのかね」
「そういうと思っていたわ。それなら方法など幾らでもあるのだから――」
こう言ったスノウに対し、既に勝利を得たかのようにカーランドが姿を現す。
物陰からすっと――
「ふっふっふっ。この私の姿を見て、その妙な術が通用するとでも思っているのかね?」
そのカーランドの姿を見た……もとい見てしまったスノウは。
「……確かに、あなたには無理そうね……」
カーランドの姿は、理に適っているだろう。
しかし、見たくも無いものを見てしまったスノウ。
それは――
カーランドは装備どころか全ての衣服さえも脱ぎ捨て、裸体となっていたから。もう変態と称しても違和感はないだろう。だがしかし、カーランドの言う通り直接心の 鏡を使用することは不可能であり、生身の身体に対しては効果がないのだから……間違ってはいない。
「ふはははっ! 驚いたかねスノウ王女!」
そりゃ驚くだろう。普通の女性なら。
これが最終切り札、心の 鏡の弱点、参である。




