脱着
すらりと抜かれたケイツアの三日月の刃。
「スノウ王女は私ひとりで殺るのだよ! お前たちはそのオカマを近づかせるな! いいな」
こう指示を出すカーランドとケイツアの距離は三〇歩以上ある。
カーランドの指示を聞き、事の重大さから我に返ったケイツアは――
――くっそたれ!
思わず頭に血が上っちまった……落ち着かないとね。
けれどもこの距離だと、さすがに厳しいわね――
ケイツアは現状を把握し冷静さを取り戻す。
現在地からスノウまで辿り着くのは至難の極。それは、ただ辿り着くだけなら可能性は高いが、スノウを救い出すことが至難いとの考え。
既にカーランドは、スノウのいるキャリッジまで数歩のとこのまで迫っている。それに加え暗殺者が七名を、わずか数秒で葬り去るのは不可能だ。
それにこの暗殺者たちは手練れ。その実力のほどは動作や仕草で、ある程度はケイツアでも察することができた。現在のところ、ケイツアは”攻めあぐねている”という状態である。
……すると。
ここで聞こえてきたのはケイツアの良く知る声だった。
「――ケイツア。ワタシのことを気にする必要はないわ」
声の主、それはキャリッジの中から。
「スノウ様! 無事なのねっ!」
ケイツアはオネエ言葉ではあるが戦闘となると砕けた口調とはならず、ある程度は普通に話す――とはいえ、今は気を許すほどの余裕が無いことからも口調は判然としているのだろう。
「それは当たり前のこと。この程度でワタシが傷つくとでも思っているのかしら?」
横転したキャリッジの後方に設置された、観音開きの扉がばたりと開く。
そこから姿を見せたのはスノウ。
すくりと立ち上がり。
「まあ……横にある扉のほうへ倒れてしまったから、どうして外に出ようか考えてはいたけれど――」
スノウは八方向から来る暗殺者はには気づいていたが、横転したことにより後方の扉からしか脱出できない状態に。ここでどう対処すればと悩んではいたが、思いのほかケイツアの到着が早かったことが功を奏した。
ケイツアが、暗殺者七名の気を引いてくれたお蔭で難なく外に出られた、となる。カーランドや他暗殺者としては八方からの攻撃は阻止されたのだが……
「やはり生きておったのだね。元気しておったかね、スノウ王女」
こう、口にしたカーランドを見てスノウは。
「……あなた、まるでワタシを良く知っているかのような口ぶりね。以前、ワタシとお会いしたことがあったかしら? 謎だわ」
「な、ん、だとっ! このカーランドの顔を忘れたのかね!」
どうやら、スノウはカーランドを忘れてしまったようだ。
当然ながら、その名も初めて聞く。
じっとカーランドを見つめ、二、三秒考えた後。
「そうね。何となくだけれど思い出したわ、その腹立だしい髭」
――――御名答。
と、暗殺者たちを脳裏で納得させた。
「変わらずの言いようなのだね、スノウ王女――」
会話を進めながらじりじりと路地裏へ移動するカーランド。
スノウの瞳が深緑に染まり始める。
その瞳に気づいたカーランドは――
「――――なんのっ!」
と、言いそうで決して言わない、極々少数派の掛け声で路地裏へ横っ飛び。
これはスノウの視界から避けるために隠れたのだ。追う身なのに逃げても良いのかは別として、回避は成功といえよう。
「…………」
スノウは無言、だ。
心の 鏡の発動には、わずかだが時間を要する。瞳を確認してからすぐ物陰などに移動を繰り返せば、逃げてばかりにはなるが回避することは可能だろう。
それは制御できるは視界に入っているもので、尚且つ限定したものだけになるからだ。他、先読みして物を動かすことも考えられるが……基本は自分の姿さえ隠せば安全との考えに至る。
これが心の 鏡の弱点その弐。
身を潜めた路地裏から、カーランドの声がする。
「ふっふっふっ……スノウ王女。こちらへ来て私と勝負してみないかね?」
スノウは大きなため息をつき、歩を進めると……
「スノウ様! どう考えてもこれは誘いよ――危険だわっ! それに――」
ケイツアが何かを伝えようとした時、スノウはそれを察したかのように言う。
「……わかっているわ、ケイツア。こっちは任せたわよ」
「スノウ様……分かったわ、ここは任せてちょうだい」
ゆっくりと路地裏へ姿を消すスノウ。
暗殺者たちは、スノウの消えた路地裏へ向かわせないように立ちはだかる。
仮にスノウたちの人数が複数なら、こうする予定だったのだろう。スノウと仲間を切り離し、単独行動させようと。
それは、カーランドの自信に満ちた口調や対策方法を練ってきていることからも、分かり易い。だからこそケイツアは危険と言い、さらに心の 鏡の対策を練っていることを伝えようとした。
返答からも、それに気づかぬスノウではないのだが……
……しかし、現状を考えるとケイツアの出せる答えは一つ。
「早いとこ、終わらせる必要があるわね」
今すぐ殲滅してスノウを追う、それが最善の方法だと。
「俺たちは暗殺のプロだ。そこらの冒険者と一緒にしたら痛いめにあうぜ」
暗殺者たちは「そうはさせない」と言いたげに、ケイツアへ迫る。
二名は弓、もう二名は鎖鎌、残りの三名はナイフ。
スノウへの対策だったのか、中距離から遠距離の武器が目立つ。
「なるほどね。その武器もスノウ様用かしら?」
「そうだ。王女の術は近距離まで辿り着くことすら難しいらしいからな」
ここでケイツアは確信する。
やはりカーランドはスノウの心の 鏡の正体を知っているのだと。
武器を身構えながら、ケイツアを囲い始めた暗殺者。
それに臆することなく言う。
「さっきはキレちゃったけど、今は冷静だからね。覚悟しなさいよ……」
このケイツアが口にした後、鈍い音が複数……
もし言葉に例えるなら、ゴキッ、ゴリゴリ、ボコッ――こんな感じの生々しい音だ。内臓……いや肝に直接響く異音。
まるで、骨と骨、肉と肉が擦り合っているかのように。
「な、なんだ……この気持ち悪い音は!?」
「し、知るか! 誰なんだ? 何処から聞こえてくるんだ?」
「そんなの決まってるだろう! このオカマしか考えられねえ!」
ケイツアから発せられる異音に、恐れ慄く暗殺者。
その音を聞いているだけで肝の縮み上がる思いに。
この音の正体は――
――脱着。[デ(ィ)ソープション]
これはケイツアのビフォアである。
この脱着に少なからず危険を感じた暗殺者。
ケイツアの背後にいる弓を構えた男が、矢を狙い射った――
――しかし。
これをケイツアは難なく斬り落とす。
しかも、矢の迫る方向をちらりと確認しただけで。
必ず振り返らなければ斬り落とすことはおろか、回避することさえも儘ならないだろう。身体の構造から考えても難行苦行で成し遂げられるものではない。
なぜならば……まるで振り向きもせず、前後が入れ替わったような奇妙な動きをしたからである。
「ひぃい!? なんだコイツは!」
「人間、なのかっ!?」
再び聞こえる奇怪な異音。
ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴキンッ――、と五回。
その後ぐるり、だ。
そしてケイツアの口が開く。
「あら? ひとを化け物扱いして……酷いわ。ウフフ」
こう言ったケイツアの首――いや頭部と言うべきか。
胴体部が正面を向いているのに、頭部だけ真後ろに。
「「「「「ば、化け物だぁああああっ!?」」」」」
さらに、身の毛もよだつ光景を目の当たりにした暗殺者。あろうことか、首元のみならず全身の関節という関節全てが”あり得ない方向”へ曲がっているからだ。
驚き怖れるのは、当然の反応。
この奇妙な動きを可能とするのが、ケイツアの脱着である。
身体のみならず、顔の骨格さえも変えてしまう脱着は、骨と骨の隙間さえあれば着けたり外したり……それが自由にできるビフォア。
人間の身体の構造を無視した恐ろしい”才”ともいえよう。
これはつまり――
ケイツアには、ほぼ死角が無いことを指す。




