音無き攻防
その正体を露わにした死神エルザ。
月夜を背にし、黒い風と交わった様子はオレハの身を凍りつかせる。
――金剛 脚力。
地に足をつかず、水平方向へ跳ぶオレハ。
大きなモーションで上から下へ縦一文字に振るう巨剣は地へ――
――エルザはこれを左へ回避し、鎌を振り下ろした。
オレハは、その鎌を受け止めるため巨剣を水平にしたのだが……
「ゲッ!? なんだこりゃあっ!」
エルザはビフォアを使用した際、鎌は物理を無視して貫通する。
オレハも、それを聞いてはいたが本気で信じていなかったのだろう。それを今まさに眼の当たりにした――受け止めたはずの鎌が刀身をすり抜けてきたからだ。これに身を反らせ、回避するというより横転したオレハは。
「……あ、あぶねえ――驚いたぜ。こりゃあ反則だろ」
さすがに動揺を隠しきれないようだ。
「チィッ! 逃げられたかい」
エルザは悔しそうに舌打つ。
ふたりは幾度となく交戦してはいるが、はたしてこれを”交わる戦い”と呼んでも良いのだろうか。エルザの魂狩りにより貫通される巨剣と鎌。互いに回避しあうしかないのだから競り合う金属音など、全く聞こえてはこない。
ただ聞こえてくるのは『禍々しく奇怪な斬撃音』と『空を裂く風切り音』ばかり。結局のところ、エルザは金剛力の制限を待ち、オレハは機を伺いながらの戦闘となっているようだ。
……そこで、分かり切ったことではあるが不利なのはオレハだろう。
なぜならば……
「おや? もう疲れちまったのかい?」
「ハァ、ハァ……まだまだやれるぜ、ババア」
動きが鈍くなったオレハに対し、未だ変わらずのエルザ。
金剛力の限界のみならず、体力や精神力の消耗が激しい進化系ビフォアを何度も使用しているのだ。その破壊力は絶大だが、連続で使用すればいずれ尽きるのは目に見えていた。
「そんなんになっても、口が減らないんだねえ。見た感じだと、あと数回ってところさあね」
「ま、間違っちゃあいねえぜ。だがな、次の一回で終わるからいいんだよ」
オレハは断罪以外にも使用できる技は複数ある。
それでも使用しなかったのは技に頼らず勝利を収めたかったから。エルザが父オレマムに勝てる筈も無い、と今でも信じているのだ。これを証明できるまではオレハが退くことはないだろう。
だが……確かにエルザの言う通りだった。今のままでは強大な技など放つことは不可能。金剛力もあと数回が限度だろう。
それゆえに――覚悟を決めたオレハ。
「老兵のときは楽しませてもらったけど、やっぱガキは詰まらないねえ。すぐ思った通りになっちまうんだから」
「あ? なら、面白くしてやるぜ……」
「そんなに、へばってて今さら何ができるってんだい? 強がりも大概にするさあねっ!」
オレハの生意気な言動に声を荒げるエルザ。
対するオレハも「これで敗北する」などとは微塵にも思ってはいないだろう。
……そしてオレハは、疲労した身体を叩き起こすようにして声を吐き出す。
「ババア。俺はもうこの場から一歩も動かねえ……そんで次の一撃で使い切るつもりだ。”サシ”で本気の勝負といこうぜ」
「ふんっ! 動かずにアタシの鎌が避けられるとでも思っているのかい?」
「んなヘンテコな鎌、避けられるわけねえだろ。それにな、俺は避ける気なんかねえぜ? それとも……ガキの俺に臆したってのか?」
オレハの挑発。
それは口調からしても言わずとして知れたことだ。しかし、エルザからすればこれを好機と思う。エルザの魂狩りはモーションが大きく速度が遅いのだから、オレハほどの身体能力さえあれば回避するだけなら然程問題ではないだろう。
仮に巨剣を持たねば回避のみに集中し、回復したのち断罪を再び使用しかねない。そんな不確かな状況下へ置くよりも『ここで始末しておくべきだ』との考えに至った。
エルザはオレハを見下すように答える。
「あん? アタシはガキの子守は嫌いだってことさあね……けど、やってやろうじゃないかい」
こうしてエルザは魂狩りを発動し、鎌を身構えた。
「いいねえ。それでこそ戦士だぜ」
同じく互いの間合いにて、オレハも身構える。
辺りは静かな風の音が聞こえてくるほどに静寂。
エルザは上段に構え、すぐにでも振り下ろす体制を維持。
そして、オレハの身構える巨剣だが……
刀身の長さゆえに剣先は、右斜め後方の大地へ置かれている。その身構える姿は”鞘に納まった刀”そのもの。このシンパティーアの東の果ての小島に住むと言われる『和の武人』に相違する姿だった。
その奇妙な身構えに対するエルザの心理は……
……このガキ、なんだか妙に自信があるようだけど、
これまでもアタシは避けてきたさあね。
あと一度、あと一度だけ避けたら終わるんだからねえ。
妙な行動を起こしたら、すぐに回避して狩ってあげるよ!
このエルザの考えはオレハの攻撃を待つ、である。
打たせて狩る、それが狙いであり確実な方法だと。
――そして。
「いいかババア、よく聞け。これを避けられるってんなら、てめェの勝ちだ」
「そうかい……それならば、そうさせて貰うとするかねえ」
エルザの振り上げた腕が下がる。
魂狩りは発動した状態だが回避に専念し、すぐさま狩るということなのだろう。解かれることのない魂狩りは、一振りで終わらせるつもりなのだと。
ここでエルザが狂う。
「アハハハッ! さあ来なあ! この魂狩りで仕留めてやるさあね!」
「いいんだな、それで? ジジイみたいに甚振らなくても大丈夫か?」
オレハは”敢えて”こう聞いた。
「アハァ? ガキなんて甚振っても楽しくないからねえ……ヒッヒッ!」
勝利を確信したエルザの表情は、死神。言葉では表せないほどの、狂気、冷気、怪奇……死期をも告げる奇怪な笑い。
そんなエルザに眉一つ動かさずにオレハは言う。
「……ババア。じゃあ、俺の勝ちだ――、ぜ」
――金剛 椀力。
目にも留まらぬ一閃。
例えれば、ただ音が通り抜けたというべきか。
――――ェ!?
こう思うエルザはオレハが何をしたのかさえ分かってはいない。
ただ気になるのはオレハの巨剣が振りぬかれている、ということだった。
「ア、アハハア? それで終わりかい? 残念だけど中らなかったようだねえ」
オレハは確かに巨剣を振り抜いた。
だからこそ、オレハは”告げる”。
「いや、もう終わったぜ。俺の勝ちだからな」
――と、エルザが聞いた刹那。
上半身と下半身がずるりと離れてゆく。
それは――エルザの切断された腹部だった。
「アタシの身体ァアアア!? なななななななな、なんでさあねっ!」
オレハが放った剣戟は、言わば『居合い』に近しいもの。
金剛力の過半数を腕力に集中し、一気に巨剣を振るった。
実のところ、これはエルザの自業自得ともいえよう。それはエルザが魂狩りを解かなかったことにある。もし魂狩りを解いていれば物理法則を無視することなく、鎌が盾になり切断されなかったかもしれないのだから。
そこでオレハは失敗することを予測し、エルザへ聞いたのである。
従って、オレハの居合いはエルザの鎌を通過して腹部を切断した。
「クソガキィィイイイイイイ!」
胴体が二つに分かれ、死を以てしても抗うエルザの叫び声。
そんな状態でありながらオレハを狙い、斜め上方へ空を切る死神の鎌。
恐ろしき執念である。
怨念、呪い、そんな眼差しのままエルザは言葉を失った。
「――ったく。斬られてもまだ鎌を振ってくるとは、怖えババアだぜ……」
これによりオレハは勝利を得たが、そう簡単なものではない。
金剛腕力により”ほぼ”両腕のみの強化なのだ。これはさすがに両腕のみでは耐えきれるほどのものではなく、約七割ほどの金剛力を両腕へ、残りの三割は両腕以外へ……しかし、自身の体重の数倍もある剣を高速で振るえば、腰へはねじ切れるかのような痛み、他の部位に関しても両腕以外は支障をきたす。
「……こりゃあ、暫く動けねえな。こんなときコリンヌさえいれば……ああ、ったくダリぃぜ――」
オレハは全身の金剛力を解き放ち、大地へ腰を下ろした。
――――――
――丁度オレハの戦闘が終了した同刻、スノウとケイツアは……
「てめェら全員死、確定な」
これから始まるであろう、第二の戦いが火花を散らす。




