金剛力対魂狩り
「アンタ、フィアーバの騎士様かい?」
「だぜ。そう言うてめェはエルザで間違いねえな?」
こう会話する二人を余所に、オレハの技により傷を負わずして気絶したフィンネル。正直なところオレハはフィンネル護衛が最優先とはいえ、狙いはエルザだった。
「あん? なんでアタシの名を……まあいいさあね」
オレハはこの機を待ち望んでいたかのように。
それもその筈――なぜなら、父オルマムを玩具のように甚振り、死へ関わるほどの重傷を負わせたから……
「よく無ェぜ! てめェだろ、エルザ。うちのジジイをやってくれたのはっ!」
オレハはスノウやオルマムと帰国した際、一人の生き残った騎士から全てを聞いていた。
父オルマムの実力はフィアーバ王国のみならず、世界中に名を轟かせるほどの強者。年齢によって積み重ねられたこともあるだろう。経験の豊富さは誰もが認める殊勲。
フィアーバへ帰国したオルマムはオレハへ、こう言った。
――わたしは何とか生きて帰国できたが多くの兵を失ってしまった。
そしてわたしもスノウ様に救ってもらわねば今頃は……
エルザという名の冒険者に殺られていたことであろう。
結果、エルザを捕らえ一見勝利したようにも思えるが、
わたしは一人の騎士としてエルザへ完敗したのだ――
これを聞いてオレハは納得できなかった。
たとえどのような手を用いても父が一対一で負けるはずが無いと。
「ジジイ? ああ――、あのヨボヨボで弱い老兵のことかい?」
「そうだぜ、ありゃ俺の親父だ。汚ねえことして勝ったつもりでいたのかよ」
オレハは巨剣の先をエルザへ向け、その怒りは激しい。
生き残りの騎士から、オルマムは部下を救う為『重技』により動けなくなったところを、エルザが楽しむように少しずつオルマムを傷つけていった、と。
それを聞き、漸く納得。父は誇り高い騎士であり、決して言い訳をしないことは重々承知の上ではあるが、オレハはエルザの戦い方が許せなかった。
しかし、既に囚われた者なのだと諦めてはいたが……
アドリエンヌがヴォルツから心の声を聞いた。
紅茶の店でヴォルツが立ち去る際、更に心を読んだアドリエンヌが、あろうことかエルザの名を口にしたことから始る。
その立ち去るヴォルツの声とは――
……エルザはフィンネル王子だけの暗殺を考えていたが、
他、王女二人の暗殺も依頼するべきか……
クックックッ。これは思わぬ収穫を得たようだ――
この声を聞いたアドリエンヌも、オルマムからの報告によりエルザの名は知っていた。それゆえにアドリエンヌは、わざと自身の護衛を解きオレハへフィンネルの護衛を命じたのである。今後来たる、この時の為に。
「アハハハッ! あの老兵が父親って? 見た目に寄らず随分とお盛んな爺さんなんだねえ。こんなクソ生意気なガキがいるなんて笑っちまうさあね」
オレハの怒りは”号”へと変わる。
「……全然、面白かねえ、ぜ。これ以上ジジイを馬鹿にすんじゃねえよババアァアアッ!!」
最も尊敬する父を馬鹿にされたのだ。これで怒号しなければ子ではないだろう。だからこそ、オレハは吠えた。
その怒りの理由は異なれど、エルザも同じことで……
「このクソガキ……歳上に対する口の聞き方も知らないようだね。親が親なら子も子さあね」
「なら、俺をどうするってんだ?」
オレハが剛技を使用できるまであと数分だが、これで十分といった態度で離れた位置から巨剣を振るう。
巻き起こる突風。
十歩以上離れているであろうエルザの髪が激しく震えた。
「――なんて力してんだい。それがアンタのビフォアってことなんだねえ」
「ああ、そうだぜ。俺はな、てめェみてえなコソコソした戦いが嫌ぇなんだよ。そんな心の弱い奴に俺の金剛力を先に見せてやったんだ」
「ふんっ! これだから騎士様ってのはイライラするさあね」
ヘルトと対戦したときも同様だが、戦闘前に自身の力を相手へ見せる。これは自慢や脅しなどではなく、包み隠した戦いを嫌うからだ。つまりオレハは真っ向からの勝負を所望している。
そして……剣圧を遠目から感じとったエルザも戦闘においては只鎌を振るう人物ではない。
……なるほどねえ。
あの、始めに見せた”地を這う技”は厄介だけど、
どう見たって、あれは何度も使える技じゃなさそうだねえ。
それに、あの怪力には『制限』があるだろうさ――つまりは……
こう心中で予想を立てるエルザは、確信の域まで達した様子。
エルザの考える『制限』とは、金剛力の使用量である。その制限を察したエルザは既に勝ち誇ったように言う。
「相手してやるよクソガキ。アンタの魂なんて要らないけど、アタシの邪魔するっていうんだから仕方がないさあね」
「なら、先に行かせてもらうぜ?」
オレハは巨剣を右肩へ背負い身構えた。
まるでオルマムの見せた重技破砕のように。
そこで、エルザは思い出したかのように声を漏らす。
「アハハハッ! 何かと思えば老兵と同じ技かい? こんな場所で、そんなもん使ったら王子もろとも殺しちまうさあね。それに、その技は一度見てるんだからねえ――中るかい!」
エルザの嘲笑。
確かに破砕は一度見ているのだから、その攻撃範囲や回避する手段さえも把握しているだろう。しかし、回避されることが問題視されるのでない。破砕によりエルザとの勝利を収めたとしても、攻撃範囲内で気絶したフィンネルまでをも巻き込んでしまうのはオレハも望んでないはず。
「あ? 誰がジジイと同じっていったんだ? あんな危ねえ技、こんな街中で使えるわけねえだろ。バーカ」
「ふんっ! それなら、この距離からどうするってんだい?」
「俺は今怒ってんだぜ。そんなあっさり終わる技使ってたまっかよ」
オレハは俯きながら笑みを浮かべた。
「まったく親子でイラつかせて――――」
――金剛”脚”力
轟音と共にオレハの位置から爆風にも似た土煙が弾ける。
「なななっ、今のは何だっていんだい!?」
エルザの遠い視界から、一瞬にして近づくのはオレハ。
気づいた時には、もう目の前だ。
オレハの叫びと、エルザの鎌が交差。
「うおらぁあああ――――ッ!」
「こ――――、このガキィイイ!」
耳を貫く金属音を伴い、交わる巨剣と鎌。
力負けしたエルザは、足を擦りながら後方へ滑り飛ばされた。
「へえ、これに反応できるんだな。ババアの癖になかなかやるじゃねえか」
「ガキィ……そういう事かい。まさか進化させてるとはねえ」
エルザの言う『進化』とはビフォアをコントロールしている事を指す。
これは決して強くなったのではなく自在に操れるようになった、が正しい。
本来、ビフォアとは強ければ強いほど単純な力だといえよう。例えば今は亡きバリュムの”速射”は強大な力ゆえに自我を保てず、ただ無差別に剣を振るうだけだった。その逆にスノウの”心の鏡”なら細かな動きはできるが、人を殺めるほどの力はないだろう。
つまりは、戦闘に長けた強大なビフォアを操る事は血の滲むような鍛錬の証であり、極々稀な人物――とはいえ、進化させるほどの才能も然るべきところなのである。
かく言うオレハは金剛力を進化させた数少ない人物のひとり。
これは金剛力の能力を脚へ集中させたもの。巨剣を肩に担いだのは、説明するまでもないが『腕力が下がり巨剣を持っていられない』からである。
そして、金剛脚力を使用したのは大地を蹴るほんの一瞬だけ。エルザへ近づくころには、既に通常の金剛力であるため巨剣を振るうことも可能だ。
「じゃあ。続き行く、ぜ」
「ふんっ! 不意打ちされなきゃ、今のでアンタ狩られてたさあね。調子にのるんじゃないよ!」
再び巻き起こる黒い風。
それはつまり――
――魂狩り
「狩ってヤル! 狩って殺ルさあね! かかってきたらいいさ!」
「ちっ……ったく怖えババアだぜ」
オレハが握る巨剣には緊張や興奮により、じわりと汗が滲んでいた。




