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二人の暗殺者


 ◆


 ――婚儀まであと三日。

 それは、同盟破棄が確定されたことを指す。


 ついにこの日が来てしまった、というところか。スノウの心を余所に、フィンネルは大変満足した様子で昼食後から馬車を走らせた。


 行く先は結婚後の家具を見たい、などという名目ではあるがスノウと二人で外へ出かけたかっただけのようだ。王族ならば自ら家具の買い付けなど、面倒なことをする必要はないのだが、自分で決めたい、今日は機嫌がいい、との身勝手な理由により城を出ている。


 しかし、その我が儘に付き添わなければならないのがスノウ。

 あちらこちらと、店を周るうちに夕方となってしまう。そろそろ城へ帰ろうかという時刻なのだが……


「フィンネル王子殿下、あなた様に是非とも見て頂きたいものがございまして」


 こう、しらじらしくフィンネルへ話しかけてきたのはヴォルツ。


「見てほしいもの? それはなんだヴォルツ」

「ここではちょっと……」


 物陰に隠れるように話す二人。

 スノウは馬車に乗車しており、二人の姿は見えない。正直なところ、スノウはフィンネルの動向など気にも留めてはいないのだから、早く自室へ帰って休みたいとの気持ちが先走る。


 現在乗っている馬車の御者は、アストラータ城の従者である。

 その他にはフィンネルとスノウだけ。なぜこれほどに付き人が少ないのかは、フィンネルがスノウと二人だけを希望したからなのだが、あまりにも無防備すぎると言わざるを得ない。


 暫く待ちぼうけ状態だったが、話を終えたのかフィンネルが戻ってきた。


「いやあ、雪姫よ。我がいなくて寂しい想いをさせてしまったかな?」

「いいえ、とくには。誰かと話をしていたようですが、話の方は終えましたでしょうか?」

「ん~。じつはね、雪姫には申し訳ないが急用ができてしまったようだ」


 普通の会話なら「急用とは?」などと聞き返すだろう……だが、気にも留めないスノウは違う。


「そうですか。ではワタシはどうしたらよろしいでしょうか?」

「そうだね。先に城へ帰っていてもらえるかい?」


 この言葉にスノウは即答。


「――はい。喜ん……謹んで従わさせていただきます」


 思わず本音が出てしまいそうではあったが、寸前のところで何とか凌ぐ。


「……と、いうことだ。雪姫のことはくれぐれも頼んだぞ。いいな」


 こうフィンネルに話しかけられたのは御者の青年。


「で、ですがフィンネル王子様……スノウ王女様だけ連れて帰るわけにも――」

「ん? おまえ今のは口答えか?」

「い、いえ! そのようなものでは……」


 フィンネルは従者へ厳しい男である。

 たった一言、自身の考えを述べただけで従者を解雇させられた者も少なくはない。それゆえにフィンネルが口にした時点で、決定しているのだ。


「ならば行け。分かっているだろうが、我が帰って雪姫に擦り傷ひとつでもあってみろ。解雇どころじゃ済まないからな」

「――は、はぃい!」


 御者の青年は急いで馬車を走らせた。

 遠のく馬車を眺めフィンネルは言う。


「……あの御者は、もう不要だな」


 そこに笑みは無く「当然」といった仕草を見せた。



 ――――――



 ――半刻後。城へ向かい走る馬車。

 既に陽も暮れ、夜空が広がっている……とはいえ、ここアストラータ王都は人口が多いこともあり、街灯りによって暗がりは少なめだといえよう。

 

 王城は、他の建物に比べ数倍から十数倍の大きさを誇る。

 そんなこともあり、遠距離からでも目立つ。現在地は城まであと四刻半(約三〇分)というところか。


 スノウは馬車から流れる景色を見ながら、表情を変えず無表情を保つ。しかし、表情は変えずとも心の中では数々の不安や孤独と葛藤しているのだが……


 ――ついに、同盟破棄が決行されてしまったわ。

 スノウ、しっかりしなさい。

 もう、後戻りはできないのだから……


 こう思い、自身へ言い聞かせながら深くため息をつく。

 そして……垣間見るヘルトの面影。

 スノウはまだ、心の奥底で救いを願っているのだろうか――


 複数の風切り音。


 ――そこに射抜かれた矢。

 狙いは、馬。数本の矢を受けた馬は、甲高い悲鳴をあげ、大きな粉塵が舞う。

 そして――スノウの乗るキャリッジと共に横転した。


 横転したキャリッジに潰されるようにして、御者の青年は見るも無残な姿に。青年は、その悲鳴すらも上げずして命を絶った。


 二頭の馬は生きてはいるが、もう歩くことすら儘ならないだろう。


 キャリッジへ乗るスノウは……

 頭を強く打ったのか、大きな怪我を被ったのか、横転したキャリッジから姿を現さない。


 そのキャリッジへ静かに歩み寄ってくるのはカーランド率いる暗殺部隊である。ゆっくりと歩を進め、注意深く口を開いたのはカーランド。


「気を抜いてはならんのだよ。スノウ王女の視界へ入らぬようにするのだぞ」

 

 こう言うカーランドは(Mirror)(of the) ( mind)のことを良く知っているかのようだ。いったいどこの誰から聞き入れたのだろう。


 暗殺者の人数はカーランドを含む八名。

 キャリッジを八方で囲うようにしてじりじりと近づく。これはスノウの(Mirror)(of the) ( mind)を熟知しているからだといえよう。八方からならば、半数の四名は視界に入らず自由に動くことができるのだから。


 カーランドが知る(Mirror)(of the) ( mind)の弱点、その壱。


 

 ――そこに近づく馬の足音。

 乗馬しているのはケイツアである。


「あら~ン? スノウ様、大丈夫かしら?」


 暗殺者は一斉にケイツアへ警戒し、ナイフを構えた。

 ケイツアはスノウの護衛をしていたが、急に飛び出したフィンネルの身勝手さに出遅れてしまった。それゆえに今までスノウを探していたのだろう。やっと行き先に気づいたのが商店街での聞き込みで、何とかここまで追いついてきた、となる。


 馬から降り、キャリッジの様子を伺うケイツア。


「――アンタらが、これやったのかしらン? ちょっとオイタが過ぎるんじゃないのン?」

「な、なんだこのオカマ野郎……」


 言ってしまったこの台詞。

 今までの面影など微塵にも感じさせぬ豹変ぶり。


「……オイ、そこの黒ずくめ。今、なんつった?」

「オカマ野郎だよ! 気持ち(わり)ィ」


 ケイツアには言ってはならない言葉、それは『オカマ』

 そんなケイツアは今まさに漢、だ。


「てめェら全員死、確定な」


 ケイツアは腰に据えた……言わば『三ケ月刀』と呼ばれる曲線を描いた刃が特徴の剣をすらりと抜く。刀身は片手剣に比べ幅広く長い。


 そこでカーランドが仲間へ指示を出す。


「スノウ王女は私がひとりで()るのだよ! お前たちはそのオカマを近づかせるな! いいな」



 ――――――



 一方で戦闘が始まるなか、もう一方のフィンネルは今から約四半刻前に……


「――こ、これはどういうことなんだ! ヴォルツはどこへいったのだ!」

「あん? あの貴族ならもうこの世にはいないさあね……」


 こうフィンネルへ口を開いたのはエルザ。

 ヴォルツはフィンネルを言葉巧みに誘導し、ひとけの無い場所まで連れて来た。あとは『ヴォルツは死んだ』などという嘘をついておけば、万が一にもヴォルツが被害を被ることはないだろう。つまり、この言葉はエルザへ”言わせた”のである。


「我をどうしようというのだ! 我はアストラータ第二王子フィンネルと分かってのことか!」

「んなもん、知ってるさあね。痛くも痒くもないから、安心して狩られたらいいさ」 


 不吉な鎌を肩で背負うようにしてフィンネルへ歩み寄るエルザ。


「ま、待て! 金か!? 見逃してくれるなら幾らでも、好きなだけやるぞ? 金貨百枚だそう! いや、三百……どうだ?」


 金貨一枚で、平民なら数ヶ月働いた金額。これが三百枚である。

 普通に考えたら一生働いても稼げない金額であろう数。しかし、エルザはそこに興味を示してはいないようだ。


「アンタの魂のほうが美味しそうさあね……」


 エルザは嘲笑というより、砕け切った笑みで興奮。

 そこで巻き起こる黒い風――それは。


 (Soul)狩り(Hunting)

 

「ヒィ――助けてくれ! 我はまだ死にたくなぁあああぃい!」

「アハッ! さすが王子様だねえ、良い声で鳴くよ。恨むならフィアーバを恨みなあ!」


 エルザは鎌を大きく振り上げた。


 ――ウォンッと脳に直接響く奇妙な斬撃音。


 剛技(ごうぎ)断罪だんざい――


 その斬撃へ重なるようにして疾風の刃がエルザを狙う。


「――――なッ!?」


 突如として放たれた風の刃を、横へ転がりながらこれを回避したエルザ。

 そのエルザの視線の先に立つのは……


「よう、ババア。悪いがフィンネル王子は()らせねェぜ」

「……バ、ハバアだって」


 そう、エルザへ対峙したのはオレハである。

  

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