フィアーバ王国第二王女
◆
――翌々日の夜。婚儀まであと五日。
現在オレハは、アストラータ城内でフィンネルの監視。
オレハが城内へ入るのは簡単だった。アドリエンヌのビフォアを知るケイツアへ報告し、そのケイツアがスノウへ報告。後はスノウが何とかすればオレハだけなら問題ないという結論に至る。
次にアドリエンヌだが、さすがに次期女王である者に単独行動させるわけにもいかず、ハルバトーレの信頼できる部下を数名同行させた。
――そして。
ハルバトーレとコリンヌは現在ヘルトがいるラムラの宿である。
「ヘルト君……すまない」
「いえ。べつにハルバトーレさんが悪いわけじゃないし、気にしないでください」
こうハルバトーレがヘルトへ謝罪する理由、それは……
スノウとフィンネルの婚約を阻止できなかったから――ハルバトーレが王都へ辿り着いた日時はスノウと同日で、数時間後に着いた程度の差だった。
ハルバトーレはすぐさま王城へ赴くとスノウが謁見の間に。
この時点では、まだ婚約の話すらでていない。そこで何とか同盟破棄の件を破棄してもらおうと王へ願ったが「もう、決まったこと」と受け入れられず、失敗に終わり……スノウはその場に居たフィンネルへ婚約を申し出た。
これは決定事項なのだから、今さら王が何とかできるものではない。しかし、アストラータ王は、フィアーバ王国との戦乱を是が非でも避けたいと。
その王の考えは何度か会っているスノウ本人も察していた。
フィンネルとの婚約を申し出れば『同盟破棄の解除』と『息子の幸せ』の両方手に入れることができる。スノウの好き嫌いなど重要視されず、フィンネルがスノウに惚れているから……などではなく、ただ単にスノウが『容姿端麗』で『王女』というのが一番の理由だろう。
フィンネルとは、そういう王子である。
自慢できる妻なら誰でも良い。アドリエンヌを選んだのも同様の理由であり、この世界において絶世の美女と名高い三姉妹ならば、誰でも良かったのだ。
そんなフィンネルを知るからこそ、アストラータ王は迷わずスノウの申し出を受け入れたといえよう。血を流すことは避けたいとの考えはどちらの王も同じであり、アストラータ王のなかではこれが今できる最善の方法だった。
決して愛の無い契りであっても……
一旦話を終えたハルバトーレが思い出したかのように「ちょっと失礼」と言って席を立つ。
ヘルトはこの事態を、わざわざラムラまで話しにきてくれたことには感謝してるが、なぜコリンヌまで同行してきたのかと疑問に思い口を開く。
「そういえば、なぜコリンヌ様までラムラへ?」
これはハルバトーレが戻るまでの場繋ぎ、との考えからの問いではあったが。
「え? 来てはいけなかったのでしょうか……ごめんなさい」
コリンヌへこう言えばこうなる、それは分かっているがヘルトは普通に聞いただけなのだからと――
「いやいや、そうじゃないんですけど。コリンヌ様ってさ、優しいひとだけどなんか違うんですよね……」
「……そ、それは」
「王女様なんだしもう少し偉そうに――、って言ってもアドリエンヌ様までいくとアレだし。なんていうかもっと自分に自信を持つべきじゃないのかな……あ、と思います」
ヘルトがこう言ったのは、まるで『無能』と呼ばれた日々の自分を見ているようで居た堪れなかったから。どのような事でも消極的に考えてしまう弱い心。
「やはり、わたくしはお姉様やスノウのように、王女としての器が足りないのですね」
「あ、あのですね……」
姉アドリエンヌのことは敬愛している。
それゆえに無理矢理付き添わされているようで、本人はそうでもない。たとえその姉が原因でこんな性格になってしまったとしても、それとは別に姉と妹には到底及ばない劣等感を感じているのも事実だった。
そんなコリンヌの様子を見てヘルトは話し辛い、というところか。
そこで、ヘルトの斜め後方に立つセイラが言う。
「失礼ですがコリンヌ王女殿下様。ヘルト様は、そう言いたいのではないのだと思います」
「そうではない、とは?」
「……それはつまり――、いいえ。これは直接ヘルト様からお聞きをくださいませ」
セイラは会話の先を進め辛そうなヘルトの為に理解度を深めた。
「わ、わたくしは大丈夫です。ヘルトさん、なんでも言ってください! 身分など関係ありませんのでスバッとっ!」
「そ、そう? なら――」
ヘルトは「斬らないし、そんな力まなくても」と思いながらも……
「コリンヌ様って綺麗だって言われますよね? 実際綺麗だしさ」
「え? ま、まあ……王女ですから皆様が気を遣っているだけかと思いますが」
ほんのりと頬を染め、もじもじと話すコリンヌ。
ちょっと可愛らしい。
「あのさ。フィアーバ王国の者でもないオレとかが、コリンヌ様の容姿を褒めて意味あると思ってるのかな? 意味があったとしてもオレは違うから」
「あ、ありがとう御座います」
ヘルトがただのキザ野郎にも思え、口も悪くなってきてはいるが、そうではく。
「この世界には美人なんて数え切れないほどいるけどさ。そんなひとたちでも綺麗と呼ばれるひとには共通点があると思うんだよね。その……十傑みたいな奴らも同じだけどさ」
「共通点?」
「うん。例えば新しい服を買ったときとか、毎日鏡を見て笑うとか……と、まあ色々あるんだけど、服は似合わないと思って買う奴なんていないだろうし、鏡をみて笑えるひとがブサイクだなあ……とか思わないと思うんだ。王女様ならドレスアップしてちょっとイケてるとか?」
ここまでの会話でヘルトが何を言いたいのか、コリンヌはそこを考える。
衣服に関しては買い物など自分でしたこともないコリンヌだが、普段着と社交界などの催しで着る衣服は異なる。それを『服を買う』に当てはめると何となく気づけた。
華々しいドレスを着ているときは、少なからず『姉や妹より自分を見て欲しい』と思ったことを。
そして『鏡の前でで笑う』については良く知れた。
これは教訓で、日々鏡の前で笑うように教えられてきたからなのだが、笑顔の自分に嫌気がさしたことなどなかったからだ――つまり、ヘルトのここまで言いたかったこととは。
「なんか説明するって難しいな……」
「ヘルト様。今の説明で問題ないかと思います」
「あの……間違っていた申し訳ありません。もしかしたらですが、消極的ではない部分が、わたくしにも多々あると?」
ここでヘルトとセイラの表情が明るくなる。
「そう、それ! 幾ら美人でも、その自信があるひとじゃないと綺麗とは称賛されないと思うんだよね、オレは」
「……で、御座いますね。理不尽ではあっても、自分の容姿に自信のある……言わばナルシストと呼ばれる方々は、たとえ見た目が普通であっても人気度は高いかと思います」
「なるほど……」
ヘルトとセイラの真意。
それは『コリンヌが容姿端麗だから称賛されるのではなく、王女としての自覚と自信をもっているから称賛されている』のだと。その自信がコリンヌの美しさを創り上げたともいえよう。
「ヘルトさん。わたくしは姉や妹に劣等感を感じてきました。けれどもその反面姉や妹に負けたくないという気持ちもあったのですね」
「そうそう。コリンヌ様の優しさ、お淑やかさ、それに控えめなところとかは個性であって自信をもてるところだと思う。見た目だって三姉妹が肩を並べたら、あとは好みの問題とかになるんじゃないかな? 性格の……それほど三人に差は無いっていいたいんだけど、分かる?」
熱く語るヘルトに敬語はないが、それほどに本気で言っているのだとコリンヌは察する。そして、自分が今までもっていた劣等感が間違っていたのだと。
「差など無い、ですか……」
「コリンヌ王女殿下様。わたくしもそう思っております」
コリンヌの心が暖まり癒されてゆく。
今まで行ってきたことを否定する者はいても、認めてくれる者はいなかった。これからの人生で姉や妹を超えることなど不可能と思ってきたが、既に超えるものが己にもあったのだと気づく。
だからこそ、コリンヌが口にした言葉は。
「ヘルトさん。わたくしに王女……いえ、女性としての魅力はありますか?」
「当たり前さっ! コリンヌ様なら放って置く男性なんていないさ」
満面の笑みを浮かべ、ヘルトは判然と答えた。
……だが、コリンヌの心は痛む。
それは、ヘルトの判然とした姿勢が主観的ではなく客観的に思えたから。
コリンヌは思う。
……やはり、ヘルトさんにはスノウしか見えていないのですね。
告白ではなくとも、失恋にも思える感情。
それでも、ヘルトやセイラの言葉は自身を変えるなにかを得た気がした。




