二通の手紙
◆
――婚儀まで残り七日。
刻々と迫る婚儀。アドリエンヌ一行はアストラータ王都でヘルトを待っているが、そのヘルトの動向は知っている。それは十傑からの手紙が毎日のように届くからなのだが、それ以外にも一通の手紙が届いていた。
「お姉様……今朝の手紙にはなんと?」
こう、コリンヌが聞く意図はアドリエンヌが今朝届いた手紙を読んでから、急に様子が変わったから。ヘルトのことではない、とまではコリンヌにも分かってはいるのだが……
今朝アドリエンヌ宛てに届いた手紙は二通。従って、一通はヘルトの詳細を記した手紙で、もう一通は十傑以外からと考えられる。
それに加え、アドリエンヌが拒んだ。この『拒んだ』とは十傑からの手紙は何も言わずコリンヌでも読むことが可能なのに、もう一通はなぜか顔色を変えて「この手紙はあなたに関係ありません」と怒鳴りつけられた。
現在は気晴らしなのだろう、意味も無く「美味しい紅茶の店」なるものを”強引”に聞きだし、その店で静かに紅茶を飲んでいる状況。
「……おだまりなさい、コリンヌ。今は紅茶を楽しむ時間ですわよ」
「そう、ですね……」
相変わらずアドリエンヌは口を割らない、との様子が伺える。
今は昼刻だが今朝から現時刻までの数時間、アドリエンヌは「どうすればいい」と真剣に今後を模索しているように口数が少ない。
しかし、同行するオレハはアドリエンヌの様子に全く気づかないようだ。
「うげェ……まっず。こんなもんのどこが美味しいのかねえ」
と、オレハは紅茶を一口飲んで愚痴を漏らす。
――その時だった。
紅茶を飲む三人へ歩み寄り、声をかけてきたのはハルバトーレ。
「やあ、これはお揃いで何より。探しましたよ、アドリエンヌ様」
紅の瞳。
「……ハルバトーレ卿。あの小虫……ヘルトという冒険者ならここにはいないわ」
「あ、相変わらず何も言ってはいないのに勘が鋭いんだね――」
アドリエンヌは読心で既に心を読んで言ったのだが、それを知らないハルバトーレには『勘の鋭い子』としか思えないのだろう。
「こんにちは、ハルバトーレ様」
「よっ! ハルバトーレさん、いつまでも童貞かましてんじゃねえぞ」
「あはは……君たち二人も変わらないね」
ハルバトーレは頭を掻きながら「まいったな」という仕草を見せた。
このハルバトーレがフィアーバの人物に詳しいのは、王であるビアドと仲がよいから。ハルバトーレは幼少の頃から頭脳明晰で知能が高かったため、平民である両親共々生活の補助や研究費などをビアドに寄付されて育っていた。
それに目を付けたのがアストラータであり、ハルバトーレの”才”に見惚れて貴族階級で招き入れたのである。つまり、このハルバトーレは元の国籍がフィアーバ王国。
そして、欲しくも無い貴族になったのは『好きなだけ研究を続けられる』ということと『ピアドに世話になり続けるわけには』が理由とされる。
「それで、アドリエンヌ様。彼は今どこに?」
「そんなこと、わたくしよりコリンヌの方が詳しくってよ。毎日にやにやしながら穴の開くほどに手紙を読んでいるのですから……」
「――えっ!? そ、そんな……お姉様。見ていらっしゃたのですね」
コリンヌは、心を読まれるアドリエンヌへ否定はできないといったところか。
耳まで真っ赤。心の蔵が治まらないのだろう、落ち着かず祈るようにして胸を押えている。
「コリンヌは隠せねえ性格だからな。俺でもわかるぜ?」
「……そうなのですね。気をつけないと」
コリンヌは物事を隠せない性格。
この性格のお蔭で民の人気度は高いが、逆に貴族からは騙され易い性格だ。要は扱いやすい性格だということ。
それを知って近づく貴族は多く存在し、求婚者も多いといえるだろう。穏やかで正直、お淑やかで気が弱い、容姿端麗で中サイズ。最後はどうかと思うが、これ大事。
対するアドリエンヌは、高慢で嘘つき、横柄で気が強い、容姿端麗(極)でボッキュッボン。最後の方だけなら完璧。
更にスノウだが……無表情で無感情、気が強いくせに恥ずかしがり屋、容姿端麗だが(極)貧しい。最後以外は、謎(だわ)。
どこかしらのサイズは上から下へ降下し、性格は下から上へと分かり易くなってゆく……と、片眼鏡が――
――閃き。光る。
周りで紅茶を楽しむ客人たちが「え? なに今の光」と、なった。
言わなくてもいいのに言う。
「この王女三姉妹……じつに興味深い」
そんな万年童貞の詮索は無視してアドリエンヌがコリンヌを常に引き連れているのには、しっかりとした根拠がある。
まず一つめはコリンヌが利用され易いから。だからこそアドリエンヌはコリンヌへ近づく者の心を読み、護っているのである。
次に、幾ら妹でも心が読めるのだから知りたくなくとも知ってしまう闇があるだろう。しかし、コリンヌにはそれがない。正直な性格ゆえに姉への隠し事がないのだ。
つまり、姉妹であり最も信用できる人物。
人の心が読めるアドリエンヌとしては、最も信頼のおける人物がコリンヌ。その代わりにコリンヌの外敵から護っているアドリエンヌだが、良し悪しは別としてコリンヌやスノウへの気持ちは、見た目ほど酷くはない。
女王として御堅い教育を受けて来たアドリエンヌは、今まさに国を救おうと。
アドリエンヌが考えるなか、コリンヌとハルバトーレの会話は続く。
「ハルバトーレ様。ヘルトさんなら現在ラムラです」
「ラムラか……隣町だね。しかし、なぜ王都へ来ないんだい?」
「さあ? 手紙には準備を終えてから……とのことですが」
「それは――」
――閃き。眩しい。
「なるほど……」
ハルバトーレは、よくわからないが悟った。
ここで、さらにもう一人の人物が加わる。
フィアーバ王国の王女二人、アストラータでも有名な貴族であるハルバトーレが仲良さげに会話を交わしているのだから、目立ってしまうのだろう。周りにいる平民には分からなくとも、貴族にはこれを無視できないのだ。
それゆえに話しかけてきたのはヴォルツ。
「ハルバトーレ卿、それにアドリエンヌ王女殿下とコリンヌ王女殿下までも。わたしも紅茶タイムへご一緒願えませんかな?」
「ヴォルツ卿……この王女様には少なからず縁があってね。だが、紅茶でひと時を過ごせるほどの仲ではないのだ。お引き取り願おう」
アドリエンヌは考え事をしているのかヴォルツへ興味も示してはいない。
一点を見つめ、口を閉ざしている。
「クックックッ。まあ良いでしょう。ではまた、どうせすぐに会えますでしょうからね、すぐに」
この刹那、アドリエンヌは座席を後方へ弾くように突然立ち上がった。
「あなた……ヴォルツ卿とか言いましたわよね! 今何と言いましたのっ!」
「す、すぐに会えます、と……婚儀で」
ヴォルツはこう言ったが、アドリエンヌからすればそうではない。
アドリエンヌが問うた言葉は……
……クックックッ。
まさか、第一第二の王女までもがこの王都へ来ていたとはな。
フィンネル王子とスノウ王女の命に加え、
この王女ふたりの命を奪うのも悪くはないだろう……
――で、ある。
つまり、アドリエンヌはたまたまヴォルツを読心したのだが、思わず口にしてしまった。事の重大さに我を忘れて。
「そ、そうでしたわ。では、婚儀で……」
「お、お姉様、まさか……」
「あん? どうしたんだアドリエンヌ様は」
オレハは気づかずだが、コリンヌは何かを察したようだ。
突如として声を荒げるなど心を読んだとしか思えなかったから。
ヴォルツは静かに立ち去る。
そんなヴォルツが過ぎ去るのを確認しアドリエンヌは告げる。
「コリンヌ。あなたはハルバトーレ卿とラムラへ行きなさい。オレハはケイツアへ言付けを今すぐに。そしてフィンネル王子殿下の護衛を」
「わたくしがお姉様と離れラムラへ? なぜ……」
「兄貴に言付けだって? なんで俺があの我が儘王子を護衛をする必要があるんだ?」
「いや、そこではないだろう? アドリエンヌ様は、これからどうするつもりなんだい?」
これは誰の言い分が正しい、との問題ではなく全員が正しいだろう。
アドリエンヌの導き出した答えとは――
ヴォルツが王女三人の殺害を考えているのは言わずとして知れた。
そこで姉妹がバラバラになり王都を今すぐ離れるべきだと。
アドリエンヌは少なからずヘルトとセイラの実力は認めている。それに加え必ずコリンヌを護ってくれるという確信があるからだった。コリンヌを一番信用できる者へ向かわせるのは姉としての心情なのだから。
オレハはフィンネルの護衛。
これは、蔭からいつもフィンネルを護れということ。スノウの護衛はケイツアだが、スノウが狙われていることを告げ警戒させる。
誰一人死なせてはならない。そんな考えから導き出した答え。
そして……肝心なアドリエンヌは――
「わたくしは、現在王都へ向かっているお父様を止めますわ」
「え!? お父様が?」
「あっちゃあ。王様が来ちまったか」
今朝届いた手紙はビアドの動向を知らせるものだった。
アドリエンヌとしては先に手を打っていたのだが、まさか兵を用意し王都へ向かっているとまでは予想できなかったのだろう。それで今後どうしようかと。
そこで聞こえてしまったヴォルツの声。
アストラータ城内へも入ることが困難なアドリエンヌの言葉を、いったい誰が信じようか。今は遠回りしている暇はない、との考えからこれが最善と思って今すぐ行動せざるを得なかった。




