訓練開始
◆
――明朝。
ここは王都から東へ向かった街、ラムラ。
ヘルトの容態は未だ完全ではないが、左肩の回復は上々といえよう。
大怪我を負ってから僅か十日ほどでここまで回復したのは、”彼ら”のお蔭。
……そう、アドリエンヌ十傑。
と、誰かしらが呼ぶ従者十名。
どこの誰がこのような恥ずかしい名をつけたのだろうか、などの詮索はやめよう。お願い。
アドリエンヌはドッタの村を先立つ際、こう言った。
「小虫の癖に頑張ったようですわね。また会うことがあれば褒めてあげても、よろしくってよ。仕事の報酬を与えねばいけませんわね……」
次に、セイラと十傑へ向け。
「そうですわ。セイラとやら、この十傑をお使いなさい。彼らの治療に関してはそこらのヤブ医者なんかより、よほど役に立つでしょうから――」
こう、言い残し去っていったアドリエンヌは「また会うことがあれば」と言いつつも、十傑を残す時点で会う気満々なのだろう。
そんな十傑のビフォアは――
――救護。[エード(エイド)]
ビフォアとはいえ、治療に関してのみテキパキと正確に動けるだけで、とくに目を瞠るものではない。そういう同じ性能をもったビフォアや、たいして役に立たないビフォアも多々あるということ。どちらかと言えばヘルトを囲う周りの人物のほうが個性的であり少数派。
十傑の転生前は全員医者だった。それゆえに治療はできて当たり前ともいえるが、生後三年足らずで他人の治療や手術まで可能とすることを考えると、やはりそれを”才”と称するべき。
しかし、救護だけでは普通に医者へかかることと然程変わりはないだろう。それゆえに更に進化させた『技』が存在。
その名を――
――”合技”【救護班】[レリーフ・スクアッド(スクワッド)]
と、名付けてはいるが救護が複数人で救護班となるのは『だからなに?』と言われるだけ。だが、この救護班により十傑の同調率が飛躍的に上昇し、一つの治療を全員が一丸となって行うことができるように。因みに暴走は無いので安心、安全。
これによりヘルトへの治療は早かった。二四時間治療を続けているのだから、回復が早くて当然とも言える。加え、十名による交代制勤務であり、過労は彼らの美肌に悪いという理由で控えている。
現在のヘルトは既に訓練を開始。
今回はセイラにモモ、更に十傑を含む一二名がヘルトの訓練をサポート。なぜモモまでとも思えるが、決して幼女虐待などではないので通報だけは勘弁してほしい。
モモは猫牙族ではあるが、転生前は『猫』
つまり、通常の猫のように四本足で歩くのなら十傑などより動きは速く、尚且つ敏捷性に長ける。それを踏まえればセイラや十傑と比べたら、最も回避が困難な者はモモなのかもしれない。猫牙が五感に優れていることも然るべきところだが、常に先を読む行動を互いに行う『読み合い』となろう。
「ゥ……ミャウウッ!!」
こう、気性を荒げヘルトへ跳びかかるモモ。
これは攻撃しているのではなく捕まえようとしている。モモに敏捷性はあっても攻撃力など期待はできないだろう。それに『ヘルトへ攻撃』ということすら理解できないのだから、これは『鬼ごっこ』と称した訓練である。
そして十傑は――
「「「「「ジョリィイイ!」」」」」
と、いちいち奇声を発しながら攻撃。
セイラは弓でヘルトを射る。一見、集団なんちゃらではあるが回避だけなら問題無し、といったところか。
そしてヘルトは言う。
「十傑さん。その掛け声ってなんとかならないの? そもそも何それ?」
「たとえヘルト殿の言うことでも、それだけは聞き入れることは難しい」
「ジョリとは、美しいという意味だ。この世で最も美しいアドリエンヌ様を称える言葉であり、ゆえに……我ら十傑には無くしてはならないもの」
「そ、そうなんだ……」
この時セイラは「そういう意味だったんだ」と心の片隅で思った。
そこで湧き上がる桃色の大歓声。
「はあ。十傑様……」
「いつ見ても素敵ですわ」
「なにあの地味なコ。十傑様に口答えするとか、身の程を弁えなさいよ!」
――やり辛いなあ……
と、心中で思うヘルト及び十傑の周りを埋め尽くしているのは女性陣。
そりゃもう容姿端麗な青少年が十名も肩を並べているのだから、目立って仕方がない。秘密特訓ならず公開特訓となってしまう。
――救護班。
同調率一二〇パーセント上昇。
「マドモアゼルたち……私たちの美しさは認めるが――」
「今はヘルト殿が私たちの主人なのだ。つまり――」
「見た目はどうかと思うが、それは別の話で――」
「ヘルト殿は素晴らしい人物なのだと――」
「君たちに言わせてもらうよ――」
「ジョリ……」
――以下同文。
「「「「「はふ~ん……ス・テ・キ」」」」」
無駄なところで使用された救護班の同調率は高すぎることから、一文を全員で言う。そう、回りくどい。
しかしながら、場所を移動しても女性陣が付いてくるのだから訓練どころではないだろう。ヘルトは嫌われた状態であり、正直やり辛いと言ったところ。
そんななか、セイラの考えは違った――これは使える、と。
この後セイラは十傑へ考えを伝え、場所を移動。
その場所とは、ちょっとした荒地だった。
「セイラさん。移動したはいいけど、また大勢に囲まれちゃってるんだけど?」
「はい。これで良いのですヘルト様」
「へ? なんで?」
そして、セイラはおろか十傑でさえも距離をとり、ヘルトは孤立した状態で民衆の中心部へ。
セイラは集まった民衆へ向け言う。
「十傑の皆さま、そして……民衆の方々。どうぞ、彼へ好き放題小石をぶつけてくださいませ――」
――なに言っちゃってんの、コノヒトッ!?
「「「「「はい!」」」」」
無駄に声を揃え、始まる集団攻撃。
小石の雨。バナナとかリンゴとかトマトとか、ごっちゃまぜ。
「痛ダダダダダダダダダダダダダダ――無理無理ッ!」
こんなの回避するとか無理、と。
「――ちょっ、待! これでいいの!?」
「ヘルト様。覚悟をお決めくださいませ」
「キャッキャッ! へるとぅ!」
モモ爆笑……と、いうか全員嬉しそうに。
酷い。
セイラの狙いは回避できない状況下まで追い込み、更なる向上を目指すことにある。小石程度なら身体への影響もなく、投げているのはか弱い女性ばかりなのだから……たまに混じっているモーホーとガタイの良い女性は別。
「オラオラオラオラオラァアアアッ!」
「ふんふんふんふんぬぅううううっ!」
「――な、なんか殺意に満ちた巨石とか飛んでくるんだけど!?」
「問題御座いません、ヘルト様……おそらくは」
「いやいやいや、問題御座いますって! 痛デデデデデデデ――」
セイラは少なからず危険を察した。
しかし、方法がこれしか……というわけではないが良案には変わりないだろう。そう、勝手に思い込むセイラはヘルトを甚振るかのように訓練を進める。
「ヘルト殿。治療なら我々が……」
「治せばいいってもんじゃ無ェ!」
セイラの真意は無手では回避できない状況が多々ある、と伝えたかった。




