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心の読み合い


 アドリエンヌ一行は、ケイツアと共に王城へ。

 現在の時刻は昼刻。フィンネルの言う昼食会なるもので賑わっていた。


「フィンネル王子殿下、この度はご婚約おめでとうございます」

「スノウ王女殿下、ご機嫌麗しゅう。やはりいつ見てもお美しいですな」

「はっはっはっ! さすが我らのフィンネル王子殿下、お目が高い」


 決して止むことのない称賛の雨。

 スノウからすればウンザリでも、フィンネルからすれば心地よい楽曲のように。


「あははっ! いやあ、何というか正直な者たちばかりではないか。なあ”雪姫”」

「……はい、フィンネル王子殿下」

 

 フィンネルは既にスノウが妻となったかの呼び名で言った。


「んあ? 雪姫よ。そう、我のことを堅苦しく呼ぶ必要もなかろう。フィンネル……なんなら”旦那様”でも良いのだぞ?」 

「いいえ……めっそうも御座いません。フィンネル王子殿下」


 スノウは、これをあっさりと断る。

 しかし、口八丁(くちはっちょう)とは、このような周りに集まる貴族のことを言うのだろう。口調に加え、身振り手振りまで”それらしい”態度で接しているが、いったん離れれば冷気を漂わせる視線の数々。まるで、スノウの死を願っているかのように。


 今のスノウに安心できる場所はない。それほどに敵意を抱いた貴族たちの視線は、スノウを孤立させるには十分なものであった。


 その様子を間近で見るミリィは、心配し声をかける。


「大丈夫ですか? スノウ様あ、あまりご無理はなさらないように、ですの」

「ミリィ、ワタシは問題ないわ。これが、いつも通りなのだから……」


 アストラータへ来てから、貴族たちは常に牙をむく。

 敵視、というよりスノウの存在そのものを否定しているかのように。それゆえに気づかぬ筈も無い殺意を肌で感じ取ってしまう。とにかく分かり易いのだ。


 そして凛とした姿勢で歩み寄る足音は、従者ガイム=ダイン。

 一礼し、口を開く。


「――スノウ様。お話が」


 スノウは背後に立つガイムと視線を合わさず、背中越しに会話を返答。


「……どうしたの? 爺や」

「じ、じつは――」

 

 ガイムは言葉に詰まった様子で一度口を閉ざした。

 なにか話し辛いこと、それをガイムの口調から知れたスノウは。


「言って、爺や。大丈夫よ、予想はついているから」

「は、では。もう来てしまった、と言えばお分かりですかな?」

「……そう、思ったよりも早かったわね。すぐに参ります、と伝えておいて」

「はいですじゃ。では、仰せのままに」


 ガイムは敢えて来訪者の名を口にしなかった。

 それもその筈、スノウを呼び出したのはアドリエンヌだからである。この場でアドリエンヌの名を出すことは、フィンネルの機嫌を損ねかねないだろう。なぜならアドリエンヌはフィンネルを愚弄し、婚約を断ったからだ。


 スノウは言わずとも知れた。

 いつも落ち着きを払うガイムが動揺しているなど、アドリエンヌ以外はあり得ない。多少なりとも強引に呼び出した可能性は無きにしも非ず。


 しかし、実際にガイムへ言付けたのはケイツアである。

 アドリエンヌとフィンネルの一件を知っているのは、現在王都へ滞在するフィアーバの者全員。つまり、フィアーバ城内で大勢の人が見ているなかフィンネルを(ののし)った。城内にいる者なら知らない者は居ないほどに。


 だからこそ、大きな恥をかいたフィンネルはアドリエンヌどころか、フィアーバへ敵意を抱いたといえよう。結局のところ、フィンネルとアドリエンヌの接触を避けるためケイツアが『ガイムからスノウへ伝えるよう言付けを願った』となる。


 スノウはフィンネルに「少し、()に当たりすぎたようです……」という”しおらしい(しほらしい)”言葉を漏らしアドリエンヌのもとへ。当然ながら(Mirror)(of the) ( mind)を使用。ご都合が良すぎとか、思っちゃダメ、ゼッタイ。


 アドリエンヌ一行は城の……言わば橋に。

 城内に入らない、又は入れないのは揉め事を避けるためにケイツアやガイムが止めたのだろう。


「なぜ、フィアーバ第一王女であるわたくしが城に入ってはならないの!」


 と、まあ当然こうなる。


「目的は城に入ることじゃねえだろ? フィンネル王子に、あれだけのことを言っておいて我が儘いうなって」

「オレハ! それはわたくしのビフォアを知ってて言っているの!」

「まあ、知ってるけどよお。気持ちは分かるがスノウを待てって」


 アドリエンヌのビフォアのことを知っているのは、ほんの一握り。

 父であるビアド、妹のコリンヌ、スノウ、後はオルマムと幼馴染であるケイツアとオレハのみ。そんな少数にしか明かせないビフォア。


 アドリエンヌの”才”、それは――


 

 ――(Mind)(reading)。[マインド・レディング]



 これは単体の心を読むことができるビフォアである。

 このビフォアがあるからこそ、アドリエンヌは人を愛する事ができない。皆、見た目のみで中身を想う者がいないからだ。スノウの(Mirror)(of the) ( mind)に近しいが、アドリエンヌの(Mind)(reading)は完全に心の声を聞けることにある。


 歪んでしまった心の正体は、このビフォアが原因と断言できよう。

 アドリエンヌが声を荒げるなかスノウが姿を現す。


「アドリエンヌ姉様、やはり来たのですね……」

「スノウ! あなた、分かっているの!」


 再度、声を荒げたアドリエンヌ。

 スノウの(Mirror)(of the) ( mind)はアドリエンヌに効果がない。幾ら真実と思わせても、心を読まれるからである。


 それゆえに真実を語る。


「ワタシがフィンネル王子殿下と結婚しなければ、国は救われない。大丈夫です。ワタシなら上手くやれますから」


 二人は互いビフォアを使用し、心の読み合う。


「スノウ。わたくしのビフォアに敵うと思っているの? 何度視線を合わせても意味は成さないことよ!」


 交戦せずして、戦う二人。

 スノウは信じ込ませ、アドリエンヌは心を読む。戦わずして戦っている、という感じだ。スノウは深緑の瞳に、アドリエンヌは(くれない)の瞳に。


 ――そして数度会話を交差した後。


「オイ、スノウ。無駄だって……」

「スノウ……お姉様には」


 二人は無言で、只々見つめ合う。

 この無言のなか、口を開いたのはスノウのほうであった。


「アドリエンヌお姉様。お願いし――ま、す……」


 これを聞き、アドリエンヌの紅の瞳がブロンドへ戻る。


「スノウ、わたくしはあなたの姉よ。絶対に許しませんから……」


 アドリエンヌはスノウの心から全てを聞いた。

 (Mind)(reading)を解いたのは、その真意を知ったから。

 

 

 ――それは。

 アドリエンヌがフィンネルの心を(Mind)(reading)し罵った後、(Mirror)(of the) ( mind)で自分に好意を抱くよう差し向けた事実に気づいてしまった……自分の為に身を挺したことに。アドリエンヌはこの時点で「やはりか」と。


「フィンネル王子殿下の機嫌を損ねてはいけませんので……ワタシはこれで失礼させていただきます」


 こう言って立ち去るスノウにアドリエンヌの言葉が心に響く。


「スノウ、待ちなさい。ヘルトって小虫のことを知っておりますわよね?」

「――――え!? なぜその名を?」

「わたくしのビフォアを()てすれば容易いことですわよ。それに……その小虫なら時期にこの王都へ来ますわ」


 ……ヘルトが!?

 一度断ったのになぜなの?


 と、心中で……勿論、アドリエンヌに心を読まれて。


「小虫に関しては冷静でいられないようですわね。なぜか彼の心は読めなかったけれど必ず王都へくるでしょう。あなたの為だけに」

「スノウ。奴は大怪我しちまったけど、てめェの為ならくるはずだぜ」

「ですね……ヘルトさんは、そういう人です。それはスノウにも分かっているでしょう?」


 ここでスノウは頭を深く下げる。

 その瞳から流れ出る涙を見られないように……


「アドリエンヌお姉様、コリンヌお姉様、そしてオレハ……ワタシはもう大丈夫ですから。ヘルトにも、そう言っておいてください」

「――オ、オイ! スノウ!」


 涙で濡れた素顔を見られぬように立ち去るスノウ。

 その背中に判然とした決意が伺える。


「待ちなさい、オレハ」

「だってよう……このまま行かせてもいいのか?」

「ふん! お好きにさせなさい! 今は何を言っても聞きませんわ。あのコの頑固さっていったい誰に似たのかしら」

 

 残念ながら「頑固さ」だけなら然程変わりはないだろう。

 アドリエンヌはスノウの心を読み確信したから会話を終えた。

 しかし、それは良いものではなくスノウ本人が揺らぐ決意を固めたのである。自分の判断は間違っていなかった、と……


「どうするんだよ、アドリエンヌ様」

「もう、わたくしにスノウを止めることは無理ですわ……あの小虫なら分りませんけど」

「ヘルトさんなら……ですか」

 

 アドリエンヌの説得は不発に終わったが、希望は得た。

 心を読み、ヘルトならば説得できると思ったからだ。それはつまり、ヘルトの王都入りを待つということ。

 


 ――そして。

 大きな災いがスノウへ迫っていることは、まだ誰も知らない――


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