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アドリエンヌ嬢、スノウにご立腹


 ◆


 ――同日の一刻後(約二時間)。

 アドリエンヌ一行は、現在アストラータ王都へ滞在している。

 ガイムとミリィは変わらず王城でスノウの世話をし、ケイツアは護衛として。


 それでも、女性のように買わなくても買い物に出かけてしまうケイツアは、アストラータ王都商店街の商品の豊富さに、大変ご満悦な様子。あちらこちらと、行ったり来たりで目移りして仕方がないだろう。


 そんな遠目からでも”目立つ”ケイツアを発見してしまったアドリエンヌ一行。


「あ? ありゃあ兄貴か?」

「あれほど目立つ男性なんて、ケイツアしか存在しませんわ」

「……ケイツアで間違いないでしょうね」


 割れ過ぎてしまった顎以外は見た目だけなら普通の男性ともいえるが、動きがくねくねしているため目立つ。兄妹の性格が入れ替われば型にハマった感じではあるが、妹のオレハは「そんな兄を見て育ったから」こそ漢らしい性格となってしまった。


 ケイツアはオレハよりも騎士としては上。ふたりは同じ隊長クラスではあるが、引き連れることが可能な部隊の数が違う。そもそもケイツアとオレハは兄妹でありながら戦い方が全く異なり、オレハは差し詰め特攻隊長であって、兵など関係なく一人で突き進む人物。


 ケイツアは用心深く、策を練ってから行動することが認められ、強さというよりも性格に差がでたと言わざるを得ない。隊長とは仲間の兵を守ることも重要視されるのだろう。 


 父オルマムは騎士の将であり『フィアーバ騎士統括団長”至高(しこう)”』という長々とした名称がある。


 ここでの至高とは『この上なく高いこと』つまり『最高位』を指す。

 それゆえに『至高』と呼ぶだけで、その位の高さが明白。他で言うところの将軍などと同等で『至高オルマム』は騎士のみならず兵を束ねる将なのだ。


 ……とはいえ、ただ街にいるだけで目立ってしまうケイツアに商人たちもタジタジな様子。だがしかし、ケイツアに負けずとも劣らないのがアドリエンヌであり、当然ながらケイツアも気づく。


 そんな兄妹の会話は……


「あらン? アドリエンヌ様じゃないのン。愛する妹もいるのね。相変わらずアタイに似て可愛いわ……」

「よう、兄貴ィ! 相変わらず気持ち(わり)ィな、てめェは」

「可愛い可愛い妹よ、アタイたちは姉妹よン。姉と呼びなさいっていつも言っているでしょン?」

「ケッ! そんな吐き気がする女がいてたまっかよ! ったく、男なら漢らしくしやがれ」


 毎度こんな調子で兄妹愛を深める。

 正直なところ兄妹の仲は良い。このように一見仲が悪そうな会話が仲の良い証拠であって、逆に互いが気を遣った会話をするときは不安定な状態ともいえよう。それがこの兄妹の日常。


 続いて兄妹の会話に入ってきたのはアドリエンヌ。


「二人とも、慣れ合いはおやめなさい」

「慣れ合っちゃい()ェぜ!」

「ウフフ。ツンデレねン、可愛い」


 判然と否定してもアドリエンヌには分かっているのだろう。仲睦まじき兄妹である。

 そして、アドリエンヌが会話を止めた理由とは。


「そんなことよりも、ケイツア。わたくしの質問に隠さずお答えなさい」

「……どうせスノウ様のこと、なんでしょン?」

「わかっていらっしゃるなら話は早いことね。わたくしを差し置いて、婚約とはどういうことなのか、納得いくように説明してもらいますわよ」


 アドリエンヌは、スノウが身勝手に婚約していたことの経緯を知りたかった。

 実のところ「姉より先に結婚するなんて生意気ですわ!」などと理不尽なことを思ってはいない――いや、思うかもしれないが。


 ケイツアは経緯をヌメっとした口調で説明。

 アドリエンヌは第一王女であり、時期女王。これは決してお世辞などではないが知識は豊富で賢い女性といえよう。王になるため、幼少から英才教育を受けてきたのだから当然である。その知識の代わりに自分より劣る者を愚弄するようになってしまったのかも……


 従ってアドリエンヌの理解度は早い。

 自分の行いではなく、他人の行いについての良し悪しは判断を見誤らない。自己主張が強く我が儘な女性ではあるが、それとは別に贅沢な生活を欲するわけでもなく、どのようなときもいち早く決断できる。


 民と慣れあうことに意味を成さない王族にとっては、父ビアドのような王があってはならないと。仮にフィアーバが戦火へ置かれた際、まず国の為に命を(なげう)つのは民や兵。そこに慈悲の感情があってはならないのが真の王であるとアドリエンヌは思っている。


 だからこそ、ケイツアの説明に理解はできても納得のゆくものではなかった。


「……絶対、許しませんわ。スノウ」

「アドリエンヌ様なら、そういうと思ってたけどン。けれどスノウ様はね――」


 アドリエンヌは、他人の話など聞かずして再び言う。


「おだまりなさい、ケイツア! あなた始めから知っていたのでしょう? わたくしはね、姉に相談もせずいつも先走った行動をする、あのコのこういうところが嫌いなの」

「お姉様……」


 その怒りは収まらず続く。


「国を救う為ですって? まだ小娘の癖に生意気なことをがよく言えたものね。お父様のように身を以て、という言葉がどれほど好きなのかしら? 王族ならそのような言葉を捨てなければならなくってよ」


 王族が身を挺することは、国の終わりを告げる。

 結局は「民の為」ではあっても、自分の言葉に酔いしれているだけであり、それを言い訳にしているのではないか、とアドリエンヌは思う。何よりも、好きでもない男性と婚約したスノウが許せなかった。


 アドリエンヌがスノウを嫌うのは母親が違うこともあるが、その真の理由は父親に性格が似すぎているからなのだ。民には愛されても、周りの貴族には舐められている、そんな父の優しさが耐えきれなかった。


 娘であり、長女であり、最も愛されて育ったからこそ、父ビアドのことは愛している。その愛があるからこそ、貴族たちに馬鹿にされる父親の性格が許せない。誰でも、親を馬鹿にされて腹を立てない子はいないのだから……


「そんなこと言っても、もう決まったことなのよン。しょうがないでしょン」


 既に諦めた口調のケイツア。

 不本意であれ、スノウが言ったことには逆らえないのだろう。

 そこで、オレハは言う。


「兄貴なあ、アドリエンヌ様のいうことは間違っちゃいねえぜ。ここまでの道中なら十分止めることもできたんじゃねえか?」

「そりゃ、そうだけどン……ごめんなさいねン」


 ケイツアは反論できなかった。

 それは何度も止めたが、止まらなかったから。止められなかったと、止まらなかったは同じことなのだと。


「……ったく、見損なっちまったぜ。漢の癖にだらしがねえったらありゃしねえ」

「オレハちゃん、お姉ちゃんのことを嫌っちゃヤダ」

「こんな一大事に、のうのうと買い物を楽しんでる奴のことなんか知るかよ。バーカ」


 このケイツアの性格は、普段からのこと。

 ”戦闘時”以外は、か弱い女性のように振る舞う。それを踏まえると、スノウを止め切れなかったのは彼の性格の問題ともいえよう。


 その性格のことはアドリエンヌやオレハも良く知ったところ。

 結局、オレハが会話に入ってきたのは、立場上ケイツアがこれ以上悪くなることを怖れて”手助け”したのである。ゆえに兄妹愛、胸アツ。

 王女に目を背けられるのと、妹に背けられるのでは天と地の差……まあ、それは普通の考えで、妹を愛して止まないケイツアにとっては最も酷なのだが。


「お姉ちゃん、反省……」


 ケイツアは、がくりと両肩を落とす。

 そこはかとなく可愛い……などは微塵にも思わずスル―。


「で、どうするんだい。アドリエンヌ様」

 

 その答えは分かっているがオレハは聞いた。


「――決まっておりますわ。今すぐに行きますわよ」

「そういうと思ったぜ、決まりだな」

「お姉様、わたくしも参ります」


 アドリエンヌの決断の早さなら、こう言うだろうと。

 その決断が正しいのか、との問題ではなく第一王女としての義務と思い、スノウの心の内を確かめる必要があると感じた。つまりそれは、アドリエンヌのビフォアで聞き(ただ)す、ということである。 

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