スノウの隠された”才”
――スノウの婚儀まで残り一二日。
これは同盟破棄が確定した三日後が婚儀となる。
同盟破棄の問題が決してなくなったわけではない。フィンネル王子の考えは、スノウをフィアーバへ戻さず絶対に逃がさないことが目的。それゆえに同盟破棄まで時を待つと同時に「国を守りたければ逃げたいなど考えるな」……、だ。
ゆっくりと待つ気など毛頭ない。スノウはフィアーバの王女でありながら、父親であるビアド王を待たずして開かれる婚儀。王子と王女の婚儀としては準備期間から考慮しても最短といえるだろう。婚儀のために王都へ赴く自国の貴族たちでさえも大忙し。
結局のところ、こんな我が儘なフィンネルと同じく我が儘なアドリエンヌの婚約は、似た者同士で始めから無いものだった。フィンネルとスノウの婚約は、スノウの返事を待たずに決まっていたとも解釈できる。
それを知るスノウは、既にティカで父ビアド宛てに手紙を送っていた。
その内容は……
……お父様、やはりわたしの婚約なしでは国は救われないでしょう。
これまでの道中で他に方法がないかと考えましたが、
お相手がフィンネル王子殿下ということもあり、
わたしのいうことなど聞き入れてはもらえないかと思います。
わたしがこのままフィアーバへ戻ることは難しいようです。
婚儀が行われるその日まで手紙を送ることすら許されないでしょう。
ゆえに……この手紙を以て伝えさせていただきます。
お父様、今までありがとう。
亡くなった母のことを愛し、そしてわたしが生まれてきたことに、
感謝の意を表させていただきます。
――――敬具。
フィアーバ城をスノウが出る際、ビアドとの会話は――
「ワタシはフィンネル王子殿下とお会いし、彼の求婚を受け入れるつもりです」
「そんなことはせずとも、わたしが――」
「お気になさらず、ワタシは彼を愛しておりますので……」
――この一言二言である。
確かにスノウの口調に濁りを感じたビアド。それでもスノウの口から「愛してる」と言われ反論することもできなかった。本当に愛しているのか、と思うほどにスノウの瞳が真実を帯びていたからだ。
その瞳の真意は心を操っていたことにも気づかず。
スノウのビフォア心の 鏡には隠された力がある。それは相手がスノウの瞳を見た際、発する言葉を真実と思い込ませること。
つまり、ビアドはスノウの瞳に騙されたといえよう。
しかし、この力を使用することはスノウが民衆を嫌う理由となっている。
民衆が瞳を見て、言葉さえ発すれば”いとも簡単に”魅了されてしまうのだから、スノウはそれが嫌で民衆には言葉を発しないほどに。他人とあまり話さず、常に視線を逸らすようにしているのは心の奥底で『呪われた”才”』だと思っているから。全ての言葉が真実に変わるほど万能なものではないのだが……
今回の手紙は偽りの言葉に謝罪を込めてビアドへと送ったのだろう。
そして、今では我が娘が幸せになれるならとまで思えた自身に、怒りさえ感じたビアド。手紙が届いてすぐ対策を練り既にアストラータ王都へ向かっている。
身を以て国を想った娘のため、己も覚悟が必要なのだと決心し。
例え娘に嫌われようとも身を挺するのは父親の仕事なのだ、と。
ビアドは戦火へ置く気はないが、話し合いには話し合い、武には武、が答えである。勝ち目のない戦いであってもビアドとスノウのためだけに三万以上もの兵が賛同してくれたのだ。小国であるがゆえに人口は少ない。過半数は平民でつくられた兵士たちで賄うが、戦いに慣れない平民が王のために命を託すと言ってくれた。
しかし、これは”あくま”でも保険。
現在ビアドはオルマムと共に少数でアストラータ王都へ向かい、まずは話し合い、無駄に命を減らすことがないようにと模索。
然るべきところ愛する民の死は極力見たくはない、スノウの婚儀も阻止すべき、との想いから先ずは少数でアストラータ王都を目指す。
◆
――その一方、スノウは。
アストラータ城の上部にある、贅沢な部屋。いったいどれほどの金銭を支払えば、このように豪華な部屋ができるのだろう、と思える宝石を散りばめた貴重な家具が立ち並ぶ。
かく言うスノウも王族ではあるが、平民からすれば贅沢な自室であっても、通常の貴族たちとそれほど大差はないだろう。そしてスノウ本人の衣服なども、フィアーバとは比べ物にならないほど高貴で至高。
アストラータ王国の貴族たちが民から得る税の重さが伺える……
室内にいるスノウの耳を打つ、コンコンと木製の扉がノックされる音。
返事はせず、無言だ。
その返事など待たずして扉は開かれた。
「んん~。美しきスノウ王女、ご機嫌はいかがかな?」
すかした言葉で部屋へ入ってきたのはフィンネルである。
付き添っている二人の待女も、お馴染みの光景。
スノウは話すことなどない、そんな感じなのだろう。
「きみの愛の言葉を、我は聞き入れてあげたのだ。愛があるならもう少し口を開いても良いのではないのか?」
「申し訳ありません。殿方と話すことに慣れておりませんので……」
スノウは振り向き、フィンネルと視線を合わせて答えた。
心の 鏡を使用して。
「まあ、いいだろう。そんな純潔なところも嫌いではないからね」
視線を逸らすように静かに頭を下げるスノウは、下げたままの姿勢を崩さない。会話はこの一言で終わり、ということである。
「本日の昼食会には、必ず顔を出すようにしてくれ。わざわざ皆、ふたりのためだけに集まってくれているのだからね」
「……ご承知、致しました」
ガチャリと扉が閉まり、フィンネルの足音が遠のく。
それでもまだ、首を垂れたまま暫く動くことはなかった。
スノウの瞳に涙はない。覚悟を決め、涙を失ってしまったかのように冷静に対処する姿は、まるで表情を見せない人形。
心の 鏡に隠された力は『転生前に義母が使用にていた真実を語る鏡』に近しい。しかし、それは全くの逆とも思える力であり『相手が聞きたい言葉を漏らした際、それを真実と錯覚させるもの』である。
例えば、今回の父ビアドであれば「娘がフィンネル王子を本当に愛しているのならば、止むを得ない」が心中であり、それに対してスノウは「愛している」と答えた。決して相手の心を読めるものではないが「愛している」と言えば、その答えが正しいと思うだろうと。
ビアドが納得してしまったのは少なからず「愛があれば良い」と思っていたからである。普通なら娘の嘘など見抜けるであろうビアドは、真実と勘違いさせられた。
そして、フィンネルの場合は求婚を申し出ていた時点で言わずとして分かり切ったことだ。愛しているから結婚してください、といえば難なく心の 鏡に魅了される。
だが……その愛する態度を崩しては意味がない。
この先フィンネルと会話するたび、何十、何百、何千――、と心の 鏡を使用し続けなければならない。愛の無い結婚も当然だが、日々嫌う呪われた”才”を一生使い続けていくことが、スノウの感情さえも奪い続けるだろう……
――――しかし。
ヘルトだけは違った。天啓により、魅了されることなく自分だけの意思で、スノウを護りたいと。
その真実の言葉はどれほど心に響いたのだろう、どれほど心が暖まったのだろう、どれほどに――
言葉だけでは語りきれない感謝の数々。だからこそ、スノウはヘルトへ惹かれてしまったのだ。そんなヘルトを利用しようとした自身を悔いる……
スノウは国を想い、父を想い、そしてヘルトを想い、来たるべき挙式を只々待つ。
お読みいただきありがとうございます。
「呪われた”才”」や「騙している」については、新緑の瞳編でも多々スノウの感情として出てきます。宜しければご確認していただけると、より一層奥深くなるかもしれません。




