先を行く者、残された者
セイラは、ヘルトの背に両手を添え言う。
「……あんな捨て身の体術など、わたくしは教えておりません」
「はは……あそこは距離を詰めるしか方法がなかったんだよ」
負傷し安否を気にしながらも、会話を交わせる安堵感。
「あなた様にもしものことがあれば、わたくしとモモ様はどうなるのです? 無茶はおやめください」
「ごめんね。けどさ、勝てたでしょ? 生まれて初めてだけどさ」
全身に負った傷、顔なんか腫上がり見れるものではない。両腕は折れているだろう。決して誇れる勝利ではないが、初めて本当に手にした勝利に満足していた。命を絶ったフィアーバ兵を敬うと共に。
「こんな大怪我を……これでは勝てたと言えませんので」
「そう、だよね――」
ヘルトへ回復魔法は使用できない。
それを知るセイラが今できることは応急処置のみ。待女服の裾を破り、先ずは一番重大傷と思われる肩への処置を施す。
……酷い傷だわ。
血が止まらない――これでは鎖骨も折れているのでしょうね。
こう心中で思ってはいても、焦りの影をヘルトへ見せてはならない。傷を負った本人が一番辛く、消極的な仕草や言葉はヘルトの為にはならないと考えたからだ。
……これでは布が足りない。
周りを数度見渡して、他になにか良い方法がないかと模索。
威力を半減させたとはいえ大剣を肩で受け止めたのだから、深々と抉られた肉は見るからに重傷といえよう。良くこの傷と折れた両腕で剣を振るった、と称賛したいほどに。
冷静を装ってはいるが、やはり焦りの影を隠しきれないようだ。
そんなセイラに気づいたのか、ヘルトは喉の奥から吐き出すように話す。
「セ……セイラさ、ん。服、ごめんね。大事なものなのに――」
「あなた様の命より大事なものなど、御座いませんッ!! こんな時に御冗談はおやめください!」
「――ご、ごめ……」
セイラは抑えていた心を一気に爆発させた。
声も、か細くなっている、せめて止血を、ここから村までどうやって運べば、自分ひとりではどうにもならない……纏まりのつかない脳裏。
ヘルトの意識はもうろうとしているのだろう。既に気を失っていると変わらない状態に……
その二人へ歩み寄ってきたのは、アドリエンヌの従者十名だった。
「酷い傷だ! 荷馬車に応急処置用の薬や、布があったはず」
「早く、彼を! だれか荷馬車をここまで移動させてくれ!」
「私たちにお任せを……正直なところ剣には自信がありませんが、処置なら大の得意分野ですので」
ヘルトたちから離れた荷馬車で身を潜めていた十傑は、運よく無傷で。
他に頼れる者はいない。手を貸しては欲しいが、つい最近まで敵視されていたこの者たちを信用してもよいのだろうか。
セイラの表情に不安がよぎり、言葉を失う。
「あなたセイラさんといいましたか? そんな不安がらなくても大丈夫ですよ」
「そうです。私たち十傑は彼に命を救われたのですからね。丁重に扱います」
「無能、などと言ったことを詫びなくてはいけませんね。彼は有能だ」
これを聞き、セイラの不安や緊張が解かれてゆく。
完全に信用できなくとも、今十傑が漏らした言葉だけは信用できた。
「……お願いできますか?」
「「「「「ジョリ!」」」」」
セイラはジョリの意味は分からなかったが、十傑は”どこか”自信に満ち溢れていた――
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――その後。時刻は宵五ツ(戌ノ刻:二〇時)。
山道を先を進んだ麓にある村『ドッタ』
ここから先は平地も多く、危険は少ないだろう。
目的のアストラータ王都まではあと数日、というところなのだが……
「セイラ、ヘルトの様子はどうだい?」
オレハはヘルトの寝室へ入り容態を確認しにきたようだ。
部屋の中にいるのは、セイラと泣き疲れて眠るモモ。
「あまり良くはないですね。両腕の方は完全に折れてはいないようですので問題ないとは思いますが……」
「……肩か? 確かにあれは酷いぜ。あいつ、よく生きてたな」
「ええ。しかし、処置が早くて助かりました。彼らには御礼を言わないといけませんね」
十傑がヘルトへ施した処置は手慣れた手つきで早かった。
このドッタへいち早く辿り着けたのも、彼らのお蔭だといえよう。
現在のヘルトは命だけは取り止めた、というところか。
さらに部屋へ入ってきたのはコリンヌである。
「……ヘルトさん」
やはりコリンヌもヘルトが心配で居た堪れなかったのだろう。
しかし、それ以外にも問題があった。
「コリンヌ、姉さんの考えは変わらずか?」
「変えるおつもりはないようですね……」
「ヘルト様には、わたくしがおりますのでお気になさらず」
セイラはコリンヌへ伝えた。
三人の会話はアドリエンヌが明朝、村を出るということにある。
それはヘルトの回復を待たずしてアストラータ王都へ向かうことを指す。
「こればかりはなあ……俺にはどうにもできねえぜ」
「すみません。わたくしにもお姉様の考えに背く権利がないのです」
目的はスノウであり、ヘルトの回復を待つ意味が分からないアドリエンヌは、このまま先に進むことを選んだ。王女に逆らえるはずもなく、結局はアドリエンヌが考えを変えてくれる他ないだろう。
これはアドリエンヌの性格の問題ではなく、王女としての考えならば普通。足止めを一人の傭兵のために行う王女など、あってはならないのだ。性格の良し悪しは別として、次期フィアーバ王国の跡継ぎとして正常な判断を叩き込まれたともいえよう。
フィアーバ王国の王女は三人だが、長女であるアドリエンヌの決断は他の二人とは別なのである。まがいなりにも女王となる存在なのだから。
「まあ、目的は同じなんだ。スノウのことも気になるしな、アドリエンヌ様のいうことも間違っちゃいねえぜ」
「ですが……ヘルトさんが。わたくしたちの命を救うために――」
こう言ったコリンヌの言葉を遮るようにオレハは言う。
「それを言ったら王女失格だぜ、コリンヌ。俺たちは兵を三〇失っている。死んだやつはどうでもいいとか言わせねえぜ」
これは王女として言ってはならない台詞。
王族を護るために兵は存在する。それは国を守る事と同じだからだ。
つまりは傭兵であれ兵士であれ、思い入れのある人物であれ、特別視することは許されない。コリンヌが言おうとした「命を救うために」は誰でも同じことなのだから……ひとりに対して王女が言う行為事態が国の混乱を招く。
だからこそオレハは止めた。
「すみません……わたくしがどうかしてました」
オレハは自分が言ったから謝罪した、そんなコリンヌの口調が気に入らなかった。自分の部下を三〇名も失っている。それを踏まえ納得できない感情。
「あのな、ヘルトが俺たちを救ってくれたのは事実だ。だから気になるのは俺も同じだぜ? 本当のことを言わせてもらえば、俺とヘルトが共闘したら兵の全滅なんてなかったかもしれない、と思ってる。なぜ俺が一緒に逃げたかなんて説明する必要もねえだろ?」
だからこそ、こう言った。
皆、王女を護るためだけに身を挺したのだと……
それを分からないコリンヌではないのだが。
「わたくしとお姉様を護るため……ですよね」
「分かっているなら、逃げずに残った兵も平等に扱ってもらわねえとだろ? それができねえって言うなら姉さんみたいに、無関心なフリをしてるべきだ。今回だけは姉さんのほうが正しいと思うぜ」
別々の感情が交差する。
これは誰の考えが正しいということではないだろう。人それぞれ考えは違い、それでこそ人間と言えるのだから。然るべきところ、兵を纏めるオレハ、王女であるアドリエンヌとコリンヌ、待女であるセイラ、それぞれの身分が織りなす答えがあるのだ。
――翌朝。ヘルトたちを残し、アドリエンヌをのせた馬車は王都へ向かう。
この話で前編は終了です。
この後、予定では人物紹介を経て後編へ突入しようかと思っております。
後編では、ヒロインであるスノウをメインに物語を進めて行き、最後には今までにないお熱い結末も用意できると思いますので、期待していただけたら幸いです!
今後とも御ひいきに~




