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決着


 セイラは、ほぼ同時に三本までの矢を射る事ができる。

 現在の距離を考慮すれば、セイラは無敵だといえよう。

 

 戦闘が開始された状態では距離が短すぎることから、弓での活躍は期待できない。そう思ったセイラは弓を使うことに躊躇した。だが、今の距離なら十分にヘルトの援護ができる。


 セイラは一言だけ馬車で願った。


 ……オレハ様、わたくしはヘルト様のところへ行きます。モモ様のことを頼んでもよろしいでしょうか?


 こう言ったセイラの声に答えたオレハの返事は『YES』だ。

 本当はオレハも救助へ向かいたかった。しかし御者をする者が他にいないのである。だからこそオレハの漏らした言葉は……


 ――ヘルトを頼んだぜ、セイラ。


 と、しか言えなかった。

 オレハは王女を護るためだけにいる存在。自分の我が儘で王女の護衛を離れるわけにもいかず、御者など言い訳にしかならないのだ、と。


 セイラは駆け足で戻り、やっとの思いで射程距離内へたどり着く。

 その視力は優れていることもあり、未だ倒れていないヘルトの援護をしたことになる。


「面倒な仲間がいるんだな、ヘルト。だが……俺を矢で倒すことはできない。部下たちはどうせ時間切れなんだ。死は覚悟してるだろう」

(ひで)ぇこといういうんだな。仲間じゃないのかよ」


 確実に急所を射る矢に、怖れて逃げ始めた部下たち。

 散り散りに走り去るなか、バリュムは言う。


「ヘルト、受けてみるか? 俺の技を……」

「そうだな、やらなきゃダメなんだろう? 少しだけだが動けるようにはなったし、相手してやるさ」


 わずか数分の援護だったが多少は動けるようにはなった、と思うヘルトの真意は――


 ――負けられない、である。

 幾ら距離があるとはいえ、セイラの身を危険にさらすことはできない。顔は腫れ身体中傷だらけの状態でも、セイラの救護でヘルトを奮い立たせる何かがあったのだろう。それゆえにバリュムと対峙する。


「正直、おまえがここまでやるとは思ってなかった。だが、それも終わりだ。おまえの動きでは俺の技を回避し続けることは不可能、だ」

「出来る限り抗ってみるさ」


 ここで、二人へ近づいてきたのはセイラ。


「ヘルト様! ここはわたくしにお任せを!」


 駆け寄り距離を詰めるセイラへ、ヘルトは告げる。


「セイラさん、来ちゃダメだ! それ以上近づくのならば、待女を解雇する!」

「ヘルト……様。なぜ――」


 立ち止まるセイラの表情がこわばる。

 セイラは標的であるバリュムとの距離を詰め、確実に狙うつもりだった。

 同時に射った三本の矢を、ヘルト以外に避けられないと思ったからだ。

 

 しかし、矢などではバリュムを倒せない理由かあった。

 バリュムのビフォア……それは。



 ――【速射(Rapid-fire)】。[ラビット・ファイア]



 これは、瞬発力を飛躍的に向上させ無数の剣戟を飛ばすビフォアである。

 それはつまり距離を保っていなければ、セイラでは回避しきれないのだ。


 セイラへ説明する暇などはない。

 今は近づこうとする歩みを止めるしかない、と思って漏らした言葉だった。

 不安、心配、そんなことから見つめているセイラへ、ヘルトは言う。


「そんな顔しないでよ、セイラさん。オレなら大丈夫だからさ……」

「たいした自信だな。俺の速射(Rapid-fire)を見切れるやつなどいない」

「いや。勝つさ、オレが」

「そうか。おまえを()ったら……つぎはあの女、だ」


 バリュムは大剣を中段に構える。

 刀身をヘルトへむけ、低い声で言う。


 

「……乱技(らんぎ)狂乱バーサク――」


 突風――いや台風というべきか。

 乱れ、放たれた風の刃。

 四方八方全てを切り裂き、その範囲内の木々や部下たちでさえも断つ。


 セイラは狂乱バーサク範囲外から矢を射るが、バリュムの身体へ届くまえに打ち落とされてしまう。

 これ以上歩を進めていたら危なかった、セイラはそう実感した。


 そんな中、ヘルトは回避し続ける。

 セイラが見たことも無い素早い動きで――

 

 ――これは……踊っている?

 まるで、童話に出て来た英雄スーラのように。


 あろうことか、ヘルトの回避に魅了されてしまったセイラ。

 いつしか読んだ、童話のように。このような状況で安心感さえも。


 ヘルトは今、人類の限界を超えたとも思える動きを目の当たりにしたセイラは、弓を構えたまま身体を動かすことさえ忘れていた。


 ……わたくしなどでは、敵わないはずですよね……ヘルト様。


 バリュムの狂乱バーサクは秒間一〇から一五の剣戟を放つ。

 それは四方八方への攻撃なのだから、ヘルトへの直接攻撃なら秒間三から五というところか。


 速射(Rapid-fire)の短所。それは継続時間が短く、自我を保てないゆえに方向が定まらないことにある。しかし、約三分間の攻撃であっても回避することは不可能なのだ。その剣戟を目で追えるものではないのだから。


「どうしたァアア、ヘルトォオ! まだまだ時間は残されているぜェ!」


 狂乱し、自我を失ったバリュムに今までの平然とした面影はない。

 バリュムの瞳は血で染まったかのように充血し、涙とも思える血が滴り落ちる。それほどに自我を失わなければ、耐えきれない技が狂乱バーサク


 普段なら一分もあれば殲滅できるであろう。しかしヘルトは回避する。

 開始後、約一分半。そろそろヘルトにも限界が訪れたようだ。


 限界のヘルトに言葉はない――話す暇などある筈がないと言ったほうがよいだろう。

 ――そして、無言で窮地のヘルトがとった策とは。


 身を挺して前へ踏み出した。

 骨を打つような鈍い音と共に、時が止まったかのようにバリュムの動きが停止。


「な――ッ!?」

「はは……と、止めてやったぞ、バリュム」


 大地を赤く染めているのは、バリュムから流れ出た血ではない。

 ヘルトの血である。鈍い音の主は、ヘルトの肩へ直撃したバリュムの大剣であった。ヘルトはバリュムの両手を上方へ”かち上げた”のだが、その力に押し負けてしまった。それゆえに威力は半減しても負傷せずにはいられなかったのだろう。


「ヘルトォオ! それで、勝ったつもりかぁあ!」


 狂乱バーサクは、そう何度でも使えるものではない。

 この時点で、ヘルトは狂乱バーサクを完全に阻止したといえよう。

 だが、バリュムを倒したこととはならないのだから、ヘルトの窮地は継続。


 大きく振り上げられた大剣は、ヘルトの頭部へ。

 先ほどの負傷により、片膝を付いたヘルトにこの剣を回避することはできない。


 ――ぶつかり合う金属音。


 ヘルトはその剣を避けずに、腕を交差し籠手で受け止めた。


「はははっ! ヘルト、腕が折れたか?」

「……だな。だが、まだ腕は動くし、おまえを倒すくらいの力は残ってるぞ」

「は? どうやって倒すんだ、言ってみろ!」


 ヘルトは静かに口を開く。


 ……オレだけが、おまえの敵じゃないんだよ、バリュム


「聞こえねえな! この勝負、俺の勝ちだ!」


 再び大剣を振り上げたバリュムは勝ち誇ったように嘲笑う。

 もう籠手で大剣を受け止めることは不可能だろう。

 腕なんかどうなってもいい、そんな思いからヘルトは声を張り上げた。


「セイラさん! 頼むっ!」


 既に弓を引き、機を待っていたのはセイラである。


「それは好機、ということで御座いますね。ヘルト様――」


 セイラはヘルトの回避に魅了されてはいても、決して引いた弓を解くことはなかった。いつしか訪れる好機のために。


 ――空を割く風切り音。


 一直線にバリュムへ放たれたのは矢。

 バリュムも事態の重さに気づいてか、身を反らし回避を試みる。


 その結果……ぎりぎりだが、頬を掠める程度でバリュムは矢を回避した。

 

「く――ッ! くそ(あま)ァ、殺ス殺ス殺してヤルッ!」


 我を忘れ、逆上するバリュム。

 矢の行く先は命中しなかったが、ヘルトとセイラにはこれで十分だった。

 たったひとときの隙さえあれば。


「ありがとう、セイラさん――」


 この時ヘルトの動きに初めて気づいたバリュムは、既に遅かったようだ。

 ヘルトはバリュムのみぞおち目がけ、両手の掌で渾身の一撃を打つ。

 大男である身体が、衝撃により一瞬浮く。


「……――い、息が――できねえッ!」


 胸を突き上げるようにして打たれた掌底はバリュムの呼吸を一時停止させると同時に、身体の自由を奪う。 

 翻しバリュムへ背を向けたヘルトは。


「動かない的ならオレの剣でも――、斬れるっ!!」


 同時に抜剣し、遠心力を用い斜め上方向へ振りぬく。

 血肉を切り裂く一閃。

 搾り出すような苦痛の叫びが響き渡る。

 ヘルトの剣を持つ両手は「何とか振り切った」と言わんばかりに。

 回転の遠心力を用いなければ、剣を振り切ることが困難なほどに負傷し、消耗していたのだろう。


 巨体の膝が折れ、大地へ突き立てられると――静かに土を舐めた。

 気の遠くなる中、バリュムが口にした最後の言葉は。


 ――この俺が無能なんか…………、に。


「無能、か。呼び名なんて何でもいいさ。今度の転生はもっといい奴になってくれよ、バリュム()()


 バリュムの眼は閉じる事はなかった。

 その意識が完全に無と化すまで……ヘルト身体も事切れたように崩れ落ちてゆく。


「――ヘルト様ッ!」


 セイラは慌てて駆け寄り、主人の名を心に刻みながらも叫んだ。


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