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格闘と行く末


「「「「「「ア、アドリエンヌざばあ、私たちも連れて行っでぐだざいぃいい!」」」」」


 こう口を泣きながら揃えて情けない言葉を漏らしたのはアドリエンヌ十傑。

 十傑はアドリエンヌ直結の従者十名。今さらいう必要はないだろう。弱い。


 兵士たちが命を絶つなか、しぶとく生き続けているのは戦う意思がないからだろう。既に相手にもされてはいないが、ヘルトの乗っていた荷馬車の上で黒の双頭ではなく、恐怖と戦っている。


 そんなどうでも良い輩の声は届くはずも無く、ヘルト以外は完全に戦力を失ってしまった。狭い山道が血に染まった様子は真っ赤な絨毯を想像させられる。ヘルトも見慣れている、とはいえゆっくりと眺めていられるほど気分の良いものではない。

 

「ヘルト、おまえは逃げなくていいのか? 得意だろう? お前には興味がないんだ、逃がしてやってもいいんだぜ?」

「いや……逃げたら馬車を追うだろう? それはオレがさせないからな」


 フィアーバ兵の戦力はもう無に等しい。

 それは、ヘルトのみが多数の標的となることを指す。黒の双頭の残り人数は五〇名以上。現時点で最低でも、ヘルトは五〇名以上と戦わなければならない。


「あのな。おまえの回避能力は認めているが、俺の技を避けられるわけがないんだ。それにおまえは誰一人として倒すことができない。ただ時間を稼ぐだけじゃあないか……そんなことに命をはって何の意味があるんだ?」

「いいんだよ、それで。それに……まだ倒せないとは決まってないだろう?」


 思い通りにならないヘルトへ、この上ない敵意を抱くバリュム。


「ならば、死んでおけ――」


 バリュムがヘルトを指さすと、部下たちはヘルト一人へ標的を絞る。

 五〇名以上の戦力なら自分が戦わずとも、いずれは仕留めるだろう、と。


「はあ。やっぱこうなるんだな……悪いが手加減なんてできる実力は持ち合わせていないからな」


 同時に襲いかかる部下たち。

 ヘルトはこれを何度でも回避し続ける。


 さらに――


「あ、あれ?」

「へ!? なんで俺の剣が……?」

「どうなってやがるんだ!?」


 ヘルトは五〇名以上の剣戟を鼻先の距離で回避し、その全ての剣を折った。

 

「……なるほどな。今までの自信は、そこからか。妙な靴を履いているとは思ってはいたがな。その籠手こても……」


 バリュムが言う「妙な靴」とはヘルト履く先端部へ金具のついた靴。

 ヘルトの自信に満ち溢れた仕草とその奇妙な靴と、両手首に装備された籠手から、先に部下への戦闘を指示した。相も変わらず用心深い男である。


「なぁんだ、気づいていたのか……やな奴だな、ほんと」

「俺が気づかないとでも?」


 会話を交わす二人は落ち着きを払う。

 しかし、尋常ではない部下たちは。


「な、なんでだ! この数を相手に全て回避して剣を折るなんて、ありえねえだろ!」

「んー……まあサッと回避して、ズバーンてやって、チョコンとする感じだな」


 ――なにそれ、説明になってねえだろぉお!?


 と、部下たちの小さな脳がキャパオーバーした。

 

 ヘルトが遣って退けた『剣を折る』行為。簡単ではないが、回避能力の高いヘルトにとってはそれほど難しいことではない。


 まず縦方向へ振り下ろされた剣を、オレハとの戦闘で行ったように籠手をつかって剣先、又は剣を持つ両手に触れ、地へ叩き落とす。

 剣を振るう者というのは、己の扱う剣の長さを把握しているからこそ、通常なら地面へ剣先を突き立てるようなことはないだろう。しかし、ほんの少し予定外の力を加えられたことにより、剣先は地と接触。この場は山道であるがゆえに突き刺さる、と言ったほうがよいか。勿論、回避する動作は最小の範囲で行う。


 次に――叩き落とされ、突き刺さった剣は一瞬の間『剣を持つ両手と、地へ突き立てられた剣先で”固定”』される。剣の両端を固定された状態となるわけだ。


 その一瞬を狙って、金具のついた靴でつま先又は踵で剣を蹴り、折る。

 細身の剣ならそれほど力はいらないだろう。瞬間的に横から力を加えて折るのだが、蹴り足を振りぬくのではなく蹴ったらすぐに戻す。足を振りぬけば次の動作に支障をきたすのだから当然無駄な動きはしない。


 これは当身技、殺活術、殺法、勝身術などなど……いろいろな言い方があるのだが、剣の急所(刃の無い刀身の中心部)を狙ったヘルトのみが可能とする体術である。


 一瞬の動きではあるが、バリュムはそれを監視していた。さすがに五〇名以上の剣を折ったのだ。何度も見ていれば、何をしたかくらいは分かる。戦っていた部下たちは、ヘルトの動きが速すぎて何をしたのか分からなかっただけのこと。

 

 しかし、総勢五〇以上の剣戟を最低でも五〇回は回避したのだ。

 なぜそこまで回避できたのか、普段回避とは無関係なバリュムとしては納得できないようだ。


「ヘルト、おまえの回避には驚かされてばかりだが、なぜこれだけの人数を相手に避けることができるんだ? 普通に考えたら逃げる隙間もないはずだ」


 ヘルトはこの言葉に対し、とくに顔色を変えずに答える。


「隙間ならあるさ。それに集団だからこその弱点もあるんだが……んー」

「……時間稼ぎもいいが、回りくどいことはやめろ。俺は話を聞いてやる、と言っているんだ」


 バリュムの拘り「無駄な時間を嫌う」ということだ。


「まあ、隠す話でもないからな。回避することを知らない、脳筋家族マッスルファミリーに教えてやるよ」


 皆、黙ってはいるが蟀谷(こめかみ)の血管がはち切れそうに脈動。

 

「一度に攻撃させる数なんて多くても四、五人だろう? だから、その人数を避けるだけなんだよ。なんて言ったらいいのかな……一度に五人以上が剣を振るうと、仲間同士の斬り合いみたいになっちゃうからな。分かる?」


 部下たちはあまり理解していないようだが、バリュムには分かった。

 統率のとれた兵士などなら、しっかりとした距離を保ちつつ円陣などを組めば五名以上の攻撃も可能とするだろう。そんな統率など皆無な部下たちは、我れ先にと無暗に襲い掛かってくる。さすがに仲間割れは本能で回避するものであり、仲間の方向へ向かって剣を振るうのはご法度。

 

 つまり、バラバラとした攻撃に見えても単純な法則に縛られた剣戟なのだ。

 これは回避ばかりをしてきたヘルトの揺るぎない答え。

 そして、もう一つ――


「あとさ、おまえら馬鹿みたいに密集して剣振り回してるけど、縦方向にしか攻撃できないこと分かってやってるの? 避け易いし、単純すぎるんだよ攻撃が」

 

 この言葉が、ヘルトの言うところの”弱点”。

 縦横方向への攻撃だったのなら回避できなかったかもしれない。縦への剣はそれほど動かずして回避可能だが、横は大きく避けるか、オレハへ使った剣の方向を変えるかとなる。動きが大きくなる分、危険も大きくなってゆくだろう。


 それをわざわざ密集して剣を振るう部下たちは、縦方向へしか攻撃ができないといえよう。なぜなら、横方向へ剣を振るうと近くの仲間を斬りかねないから。それだけ横への剣戟は距離が必要なのだ。


 従って、剣を全て折られたのは縦にしか攻撃できない部下たちの致命的なミスなのである。


「……なるほどな」

「まあ、そういうことさ」 

「それでも、状況は変わってない。こっちは誰一人怪我もしちゃあいないんだからな」

「さすがに格闘となると、この人数は厳しいかなあ……それでも剣なんかよりは危なくないからさ。格闘だけなら対抗できそうだし」


 剣が折れたのなら殴り殺すと言いたげな表情を見せ、やる気満々な部下たち。



 ――それゆえに始まる大乱闘。

 集団で、たった一人のヘルトへ猛獣のように襲い掛かり始めた。


 ヘルトは相手の攻撃に合わせて回避しながら投げる。

 投げ、地についたところで、首から上部を蹴る、踏みつける。

 金具のついた靴だ。気絶させる程度の攻撃力はあるだろう。


 誰が何をしているのか、という混雑した状況のなか一人一人確実に数を減らすヘルト。


「こいつ、素手でも捕らえられんのか!?」

「前は、こんな体術は使えなかったはずだ!」

「つ、(つえ)ェ……これが無能のヘルトだっていうのか――」


 五〇名以上の仲間が、既に半数を割っている。そのヘルトの強さを認めざるを得ない。捕らえきれない奇妙な動きに。


 ――しかし、バリュムの考えは違った。


「おまえら、よくヘルトを見てみろ。こいつはもうすぐ避けられなくなる」


 そう、ヘルトの動きは鈍くなっていた。

 約三〇名ほどの相手を投げ、気絶させるほどの(しゅう)を放ったのだ。体力の消費は激しい。少しずつだが、動きの鈍くなるヘルトを見てバリュムは言った。


「さ、さすがおかしらだ……」

「分かったら手を止めるな。時期に捕まる」


 ……不味いな、気づかれたか。


 心中のヘルトに焦りが見える。

 それでも回避し、投げ、蹴る。立っていられるその時まで――



 ――やがて、少しずつ回避が困難となったヘルト。

 相手の数は残り十名といったところか。

 顔を強打され、背中を蹴られ、腹部を掴まれても倒れず怯まない。


「ゼェ、ゼェ……しぶてェな、こいつ」

「はは……まだ、オレはやれる――、ぞ?」

 

 ヘルトは右腕にある籠手を力なく振り上げ言った。

 乱闘が始まってからの経過時間は、一五分から二〇分ほど。それに我慢できないのはバリュムだった。


「おまえら! いつまで俺を待たせるつもりだっ!」


 これもバリュム曰く『無駄な時間』だと。怒号したバリュムへ恐怖を感じ、部下たちが縮み込む様子は圧倒である。


「もう少し、オレと遊んでくれよ……な、バリュム」

「いや、もう飽きた。これ以上の時間をかけるなら、俺がやる」


 待ちきれず、こう言ったバリュムが背負う大剣に手をかけた時だった。

 

「ま、待ってくれ! お頭、俺たちも殺す気か!」

「大丈夫だ、あと少し待ってほしい!」


 手を添えた大剣を離し、再び腕組みをしたバリュム。


「なら、早く()れ。あと一〇(とお)待ってやる」


 部下たちは恐怖に慄きながらも、胸を撫で下ろしヘルトを襲う。

 そんなヘルトの心中では……


 やば……もう、限界だわ。

 身体が思うように動かねえ。


 こう考えながら、再び、三度と交戦を続けるが――

 もう回避するだけがやっとだった。

 自ら攻撃できない。それほどに消耗していた。


「……五つ、六つ――」


 死へのカウントダウン。

 そんな言葉が型にはまるバリュムの数え。

 今のヘルトには、己の死を告げる数え歌のように聞こえた。


 来るべくして来た、バリュムの数え歌は……


「……一〇(とお)。終わりだ、全員死ね」 


 バリュムの大剣がゆるりと抜かれた。

 

 ――その時である。

 いったい何メートル先からだろう。目で確認することすら儘ならない位置から飛んできたのは複数の矢。


 矢は正確に部下三名の急所を射抜いた。

 その矢の(ぬし)、それは――


 

 ――捕獲(capture)


 遠く離れた位置から矢を射ってきたのは、セイラである。


「ヘルト様! ご無事でしょうか!?」

「セ……セイラさん。命令したのに、逃げろってさ。ダメじゃないか……」


 声を張り上げたセイラの声はヘルトへ届いてはいない。

 ヘルトの言葉もまた、セイラへ届くこともない。

 しかし、矢を見てヘルトには分かった。セイラが助けに来たのだ、と。 


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