山道での幕開け
◆
ヘルトたちはアストラータ王都へと急ぐ。
足並み遅い、といえよう。勿論アドリエンヌが我が儘を言うからなのだが、他にも理由がある。
ガーゼルから南へ、南から西へ、の経路は山道が多い。
その代わりに、ひっそりと隠れるように村が点々としている。
言わば、村は村同士で助け合っている、ということだ。山にある村なら狩りを中心とし、平地にある村なら農作物など。これを金銭取引では無く物々交換にて行う。そうやって互いに助け合わねば、アストラータ王国でありながら孤立した村の存在は維持する事が難しいのだろう。
それゆえに、わずか半日も馬車を走らせれば村と村を渡り歩けるような間隔でアストラータ王国の南には村が点在。村同士の距離が遠距離となる場合には、物々交換をするための専用配達人が数名行ったり来たりと……まあ、何らかの方法で上手くやっている。
以前、ヘルトたちは街道を通ってティカからガーゼルまで行ったことは記憶に新しいことだが、各街と街との間は数日かかる。なぜ街道なのにこのような間隔となっているのか。その原因として考えられるのは、アストラータでは貴族同士の仲があまり良くないからだ。
孤立した街を自身の領地内へ築き、独裁者のように振る舞う。
貴族同士の領土争いによる内乱も然るべきところ。これは、貴族たちに問題があるのだろうが、アストラータ王国はいつの間にかそんな国となってしまった。
そして――
アストラータ王国の貴族たちは、ついに自国の領土だけでは我慢できなくなってしまうほどに……
南の経路は街道より危険は伴うが、野宿は嫌だとアドリエンヌがいうからには仕方がないのだ。王女様ゆえに。
しかし、その山間の経路が凶と出たようだ……
現在の場所は木々と木々に挟まれた、山道。
ここで先回りして、待っているのはバリュム率いる黒の双頭。
「お頭、そろそろ来る頃だと」
「そうか。わかった」
山道を挟み込むように、山中でヘルトたちを待ち伏せ。
先日、バリュムは村での奇襲作戦を拒んだが、それには大きな理由がある。目的はスノウにせよ、全員の口を封じることが絶対条件。全員の命を奪わねば、確実に、である。
村を襲う行為は標的に関係なく、村人の口を封じなければならない。そこまでやるには難しいのではなく、無理といえよう。一人も逃がさず、事を終えるなど不可能であり、当然だがそれに見合った労力も必要だ。
だからこそ、バリュムは山賊のような方法を選んだ。
昔から山賊が変わらず同じ方法をとっているのは……
身を隠して標的を待ち、まず戦力の違いを確認。
確実に勝てそうなら襲い、負けそう、又は同等なら見過ごす。
山賊は頭が悪い、などという設定がいったいどこから生まれたのかは知る由も無いが、彼らの考えは決して間違ってはいなだろう。山賊とは臆病で人生に負けてしまった者たちなのかもしれない。しかし、それゆえに狡猾であり無駄な争いを避ける集団。
このシンパティーアで山賊が未だ数多く存在する理由を、その山賊たちに聞けば……危険を伴わず楽して稼げるから、などという答えが返ってくるのかも。
山道で待つバリュムたちの総数は約百名。
個々に身を潜め、物音を立てず静かに。
「よし、お前ら手筈通りにやれよ。まずは少人数で前から、だ」
聞き耳を立てた部下たちが、声を上げず一斉に頷く。
山道を塞ぐようにして立つ数名の部下。大木をなぎ倒し、土砂を盛り、馬車の行く先を阻んでいるのは、バリュムのたてた作戦の一つ。
――やがて、先頭を行く兵士の合図によりヘルトたちの馬車が歩みを止めた。
先頭にいる兵士が言う。
「なんだ、この大木と土砂は……」
「へ、へい。じつは、雨風で土砂崩れがおきまして。私たちも先に進めず困り果てているんですが」
「早く、何とかしろ。今日中に次の村まで着かねばならぬのだ」
「――と、言われましても。これをすぐに、というわけには……」
しらじらしく会話するバリュムの部下。
まずは敵意を見せず、警戒させないことが条件。まるで、近くの村に住む村人のように接している。武器を持たずに、隠しているのだが……
「あ? なんだこれ? こりゃ、暫く先に進むのは無理っぽいな」
こう口を開いたのは女戦士のオレハ。
それを聞いたキャリッジに座るアドリエンヌは。
「オレハ、どうしたというの? ここで休憩するなど、わたくしは聞いていないことですわよ?」
「仕方がねえだろ。土砂で先に進めねえんだから」
すると、後方から歩み寄ってきたのはヘルトだ。
「オレが様子をみてくるよ。とりあえず、オレハはアドリエンヌ様と、コリンヌ様の近くにいてくれないか? 王女様のことは頼むよ、オレハ」
「あ? ヘルト、そりゃあどういうことだ?」
「……王女様に何かあったら不味い、だろう? そういうことかな。オレに何があっても、王女様から離れないでくれ」
ヘルトがなぜこのようなことを言ったのか……危険を察知する能力など持ち合わせてはいない。ただ王女の護衛が重要視されるから言ったのではなく、確信していないが、”ある”助言からこの言葉を口にした。
アドリエンヌの馬車から、土砂の場所までは約三〇歩。普通に考えた護りきれる距離ではない。そう思い、オレハへ告げた。後衛としてセイラを残してまで。
土砂崩れの場所まで歩を進めたヘルトは、何かを悟ったように言う。
「ふぅん。お前ら双頭か。久しぶり、とでも言えばいいのか?」
兵士たちの、どよめく声。
「よう、ヘルト。当然、バレるわな」
「わりぃな。お前らの名前は知らんが、顔は覚えてるぞ。なんでオレたちを狙う……オレが目的か?」
黒の双頭の仕業だということは確信したが、経緯を知らないヘルトは自分が狙われているのだと。バリュムの部下は、こうなることを承知していたようだ。
そして、森影から現れたのはバリュムである。
「はははっ。久しぶりだなあ、ヘルト」
「バリュム、か。なんでお前まで」
バリュムの嘲笑。それはつまり作戦通り、ということだ。
「おいおい。”さん”、くらいは付けろ。仮にも俺は以前、お前のお頭だったんだぜ」
「……なら、バリュムさん。こう言えば見過ごしてくれるのか?」
「それな無理だな。お前が目的ではない……そう言えばわかるか?」
こう言ったバリュムは右手を掲げ、部下へ合図をおくる。
バリュムの作戦は、前も、後ろも、左右も、全ての逃げ道を塞ぐことにある。一人残らず。これを遂げるためには、ほんの少しだけの油断さえ作り上げればよかった。奇襲し、逃げられては成功とはいえないから。
これにより、部下たちは完全なる包囲網を。フィアーバ兵士は三〇名、従者などは戦力にはならないだろう。
結果、フィアーバはヘルト、セイラ、オレハ、他兵士三〇名を加えた三三名である。対する黒の双頭は約百名。劣勢にも拘わらず、囲まれた。
目的はスノウ、ではあるが仮にスノウだけ差し出したとしても、全員の命を奪うことが目的なのだ。スノウが居る、居ないなど、さしたる問題ではない。こうなってしまったからには、バリュムなら絶対に誰も逃がすつもりなどない、とヘルトは察していた。その目的が誰でも……
「なら、勘違いしていたようだな、バリュム”さん”。スノウ王女は、ここにはいない」
「なんだ、そうなのか」
この言葉でヘルトは誘ったのだ。目的が誰なのか。
さらに確信まではせずとも、誘いの言葉を漏らす。
「残念だったな……だが、あんたの今の返事で分かった。スノウ王女は、追わせない」
「いいや。狩るのは俺たちだ――」
再び嘲笑するバリュムを見れば図星だということが知れた。
バリュムの合図は早い、そういう男。
躊躇なき決断が功を産む。それをバリュムは知っているのだ。
百対、三三。圧倒的な劣勢のまま躊躇なき戦いの幕が開けた――




