スノウの過去
◆
――同盟破棄まで残り一六日。
スノウ一行は、ティカまで辿り着いていた。
ティカから南へ三日も馬車を走らせれば、王都へ着くことも可能だろう。
宿屋へ泊まり旅の疲れを癒す。スノウは二階の寝室の椅子へ腰かけ、窓からの夜景を見下ろす。思い出されるヘルトとの出来事……
初めてヘルトと出会った街、ティカ。何処にでもありそうな普通の街灯りなのだが、なんだか特別にも思える。二人が出会った時も、こんな普通の街灯りのもとで似たような時間帯だったな、同じ場所だから当然か、などと考えながら。
スノウはヘルトを利用しようとした。
それはアストラータへ、かつての英雄スーラの力を見せつけるためのもの。正直なところ、ヘルト一人でどうにかなるものではないだろう。それでもヘルトの天啓は周りを驚愕させるインパクトがある。
スノウはアストラータと戦って勝利したいのではなく、平和的解決方法からヘルトを選んだのだ。只々言葉のみで「ヘルトは英雄スーラの生まれ変わり」などと言っても、一〇〇〇年以上も前の人物など強かったのか、弱かったなど分かるはずも無い。
人とは、見や耳、または鼻などの身近で確認できるものから優劣を判断するものだ。不確定要素が多いものには恐れをなさない、という考えから天啓を持つヘルトを選んだ。
英雄スーラのことなら、童話にされているほど人々へ知れ渡っている。嘘か実か――
【――雨のように降り注ぐ数万の矢を、
優雅に身を翻し避ける様は、まるで楽し気に踊っているかのようだ。
どのような術式をもってしても、
荒ぶる剣戟でさえも、
英雄スーラは踏みしめた大地を、己の血で汚すことはない――】
スノウはハルバトーレから、天啓のことを聞かされていた。ヘルトを見つけたのは偶然だったが、初めて回避する姿を見た時、心が休まって行くのを感じたのだ。戦っているというのに。
それは遠目から眺めていても、間近で見守ったとしても、絶対に攻撃が中らない、と思ってしまったからである。それは極度の安堵感。そんな回避能力をもつ人物など、英雄スーラしかいないのではないのか……そう予想した。
只々回避しているだけで、攻撃は行わない。
人を傷つけることはできないが、傷を負うこともない。
勝てないのに、負けない。
たったそれだけの事で、その姿に魅了されてしまった。そんな不思議で、不確かな気持ちから、城を出てまでヘルトを追っていったのだ。
スノウは、ヘルトに会ってどのような人物なのか知りたかっただけなのかも。
しかし、現在ではもうヘルトはいない。彼を利用しなくて良かった、などと考えるようにもなっている。
スノウは、ふと母親を思い出す。
わずか七歳で亡くなった母親だ。ほとんど記憶には残っていない。
覚えているのは、優しかった母の笑顔。亡くなるその日まで毎日。
そして――
罪人として処刑された、ということくらいだった。
母は美しかった。このシンパティーアで、最も美しいと博されたほどに。
心の澄んだ優しい母。ただひとつだけ過ちを犯しただけで罪を負った。
それは、現在のフィアーバ王国の王、ビアドとの間で生まれたスノウが原因。
一般民であった母は、ビアド王と恋に落ちスノウを産んでしまったからである。スノウが生まれてこなければ罪とはならなかっただろう。母は隠してでもスノウを産むことを選んだのだ。ビアド王への愛ゆえに。
たった七年ではあったが、満たされるほどの愛を注がれてきた。
なぜ、それほどに愛して止まなかったのか……それには大きな理由はある。
自分の子なのだから、愛するのは当然なことである。しかし、それ以外にも愛を注ぎ続ける理由があったのだ。
それは、母の転生前にある。
母は死するその日まで、子供をもたなかった。
これは産めなかったのではなく、不要と思っていたから。
転生前の母は、自分より美しいものが許せなかった。それゆえに真実を語る鏡を持っていたほどに。自分より美しいものには死を、そんな感情から血が繋がらなくとも、自分より美しい我が子を何度も、何度も、殺害しようとしたのである。
母は、結局それがもとで死を遂げたようだ。
しかし、母はその死を悔やんでおらず、変わろうとした。更には、償おうとも。
それゆえに、罪を償うためスノウを愛し続けた。わざわざ『白雪』という名を付けてまで。
その転生前のスノウが、かつては『白雪姫』と呼ばれたことも知らずに……
だが、スノウは母の転生前を知らない。
だからこそ、義母に騙され続けた過去を悔いているのだ。
なぜ悔いているのか。
命を狙ってきた義母は処刑されたのだから、問題なさそうではあるが。
実のところ、その義母の死が原因なのである。自分がもっと注意深く、他人を疑うことさえしていれば、義母が見るも無残な死を遂げることがなかったのではないかと。
例えば、逃げ続けるでも良いし、遠い国へ行くでも良かった。
それを知ったのは義母が亡くなってからだ。義母の部屋にあった鏡は、真実を語るが義母が鏡へ聞いていたのは――
『鏡よ、この国で一番美しいのは誰?』で、ある。
つまり、自国以外ならばこのようなことが起こらなかった。命を狙われることも。ただ国をでるだけ、それだけのことだった。
勿論、スノウが他国へ行ったとしても、他に美しい者がいれば同じ結果となっただろう。それでも、義母の死は自分が原因だったことを悔やんでいた。全く他人を信用しないわけではないが、注意を払う行いは自分のみならず、他人へも影響するものだと。
何事も信用する人間とは、その周りにいる人間の心さえも汚す。利用できるだけ利用しようとする、ということ。そう思ったからこそ、スノウは変わろうとした。転生前を悔いて。
いつしか、転生前の母を知る時がくるのかもしれない。
そんなとき、スノウはどう思い、どう変わるのだろう……
複雑な感じですが、
白雪姫の王妃が転生後に本当の母親になった、です。
因みに原作の白雪姫をもとにしてますが、もしもそんな「異世界があったら」ですので、実際の童話とは異なる世界の設定となっております。




