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閑話「アドリエンヌ嬢の十傑」

然程、関係のない話なので閑話としました。


 ◆


 ――四刻半後(約三〇分)。

 アドリエンヌは、ラマへ着くと村長へ声をかけ――もとい、村長を呼び出し村の民たちを集めた。集めた理由はただ一つ、自分の美しさを見せつけるため。


 アドリエンヌが集まる村人の前に姿を現すと「おおっ」という声が一斉に。性格さえ知らなければ、第一声はそうなるのだ。


「いやはや、フィアーバの王女とはお美しいのですなあ」


 この言葉を聞いてアドリエンヌは、すかざず切り返す。


「ふん。当たり前ですわ」


 村長は棘のある言葉に動じることなく、穏やかに笑みを浮かべた。

 現在のヘルトたちは村の中心部にある土地が開けた場所にいるのだが、何かがあるとこの場へ村人たちが集まる。いわば”集会所”のような場。


 村長は髪の毛も少ない高齢者で、村長と呼ぶよりは長老と呼んだ方がしっくりくるだろう。終始穏やかな顔つき、その性格も見るからに優しそうだ。そんな村長の村ラマの民たちも、皆穏やかな顔つきが目立つ。


 アドリエンヌ以外も、この場に。ヘルトたちは村人に対して、対峙するように並び立つ。言い換えればアドリエンヌを護衛するようにして付き従う感じだ。

 とはいえ全ての兵をこの場で護衛させているのではなく、アドリエンヌの周りにはヘルトたち三人と、コリンヌ、オレハの計六人。兵たちは村の出入り口の警備をしており、アドリエンヌから開放されノンビリと旅の疲れを癒す。


「皆の者たちよ、今夜はこの美しい方々を歓迎して宴を開くのじゃ!」


 村長がこう告げると、村人は合わせて頷いた。

 しかし、その村長の言葉が気に入らなかったのか、アドリエンヌが口を開く。


「ふん。”方々”って誰のことかしら? 美しいのはわたくしだけでいいですわ」

「は、はあ……では」


 村長はため息のように応えたが、面倒なことになるような気がしてアドリエンヌ限定の言い回しにて再び告げた。この村長なかなか優秀。

 村人たちの心が覚めてゆく……


 つまりは年の功、というやつだ。危険察知が早い。

 アドリエンヌは不敵な笑みを浮かべ、ご満悦である。




 そして…… 

 半刻後、来るべくして開かれた宴。

 数々の料理が催された。しかし、それほど裕福な村ではないため、ごちそうとまではいかないのだが、これが精一杯の料理だという気持ちは伝わっている。アドリエンヌ以外は。


 それを承知し、アドリエンヌが何か妙なことを言いださないように対策を。これは無駄に多い従者たちの仕事で、その従者の数は一〇人。

 いったい従者の選定基準がどうなっているのか、その一〇人は全て容姿端麗でありホストクラブにでもいる気分。


ジョリ(joli)。アドリエンヌ様、今日もお美しい」

ジョリ(joli)。アドリエンヌ様の美しさに敵う女性などおりますまい」

ジョリ(joli)。アドリエンヌ様の歩んだ道の木々が開花しております。木々さえも貴女様に魅了されるのですね……」


 最後の従者だけどうかと思うが、とまあ、こんな感じの従者である。

 ちなみにジョリ(joli)とは、どこかしらの国(フランス語)で美しいという意味。これがアドリエンヌと会話をする際、絶対条件で付く。


 自分のお気に入りの青少年をお抱えとし、逆ハーレム状態を好むアドリエンヌは、常にイケメンから容姿を褒めてもらわねば生きていけない弱い女性。その従者の名を『アドリエンヌ十傑』と、いう。名と容姿だけで”もっそい”弱い、めっちゃ。


 十傑は、アドリエンヌの好む料理を彼女の周りだけに用意。そりゃもう豪華。

 そのためだけにガーゼルで物資を大量に買い入れたのだ。アドリエンヌのためなら何でもする、それが十傑。それゆえにアドリエンヌは、催された料理について不満はないといえよう。


 それでも常に不満を言うアドリエンヌは――


「あの獣と混血、どうにかならないの? 食事が不味くなるのだけれど」


 獣とはモモで、混血とはセイラだ。


ジョリ(joli)。ワタクシたちにお任せを……」


 と、従者のひとりが言い、他九人も同意した。

 村人と慣れあうようにモモは食事を楽しんでいる。

 それはヘルトとセイラも同じ。加えてコリンヌやオレハの姿も。

 つかつかとモモへ歩み寄る十傑。

 モモの腕を強引に鷲掴みし、十傑の青年は言う。


「この奴隷風情が、アドリエンヌ様と食事を共にするなどっ!」

「ミャウ――!?」

「――お、おいっ!」


 掴み上げたモモの腕は、両足が宙に浮くほど。

 ヘルトは慌てて止め入る。


「なにしてんだ! その手を離せ!」

「ん? 我々十傑はアドリエンヌ様のご指示のもと、獣と混血を処分しにきたのだが?」


 騒めく村人たち。急な出来事に言葉も出ない、といったところか。

 

「処分? ふざけるな! モモが痛がってるだろう!」

「やれやれ。やっぱこうなっちまったか……」

「……ヘルト様」


 声を荒げるヘルトを察したコリンヌは、十傑へ。


「おやめなさい。その子はなにも悪くは無いでしょう? ただ楽しく食事をしているだけなのですから」

「コ、コリンヌ様」

 

 十傑は、コリンヌからは何も言われることはないと思っていた。

 アドリエンヌの指示で動いたのだ。それを止められたことなどない。

 そのコリンヌの態度をお気に召すアドリエンヌでも無く言う。


「コリンヌ、あなたどうしてしまったの? 獣は奴隷でしか生きられないの。混血だって従者までが限度ですわ。そんな下等種族と同じ(たく)を並べるなんて、王族として恥ずかしくはないの?」

「それは……」


 同じ王族であるコリンヌは、獣人と混血種族とは下等な者たちと嫌なほど教えられてきた。何度も何度も。

 だからこそ、王女として肩入れする行為が間違っているのは分かる。骨身にこたえるほど。ここで反論したいが、難しい状況なのだ。コリンヌの機嫌が悪くなるだけなら問題ないのだが、せっかくの宴を台無しにするのが怖かった。


 そこで反論したのはヘルトだ。


「アドリエンヌ様、モモとセイラはオレの家族だ。奴隷とか従者って呼ぶのはやめてくれないか? これで本当にコリンヌ様やスノウの姉さんなのかね。性格違い過ぎだろう」

「――なんですって!?」

「あんた見た目は綺麗だけどさ。汚いな、心が」


 ヘルトは真っ向から伝えた。

 モモを奴隷などとは思ったこともなく、セイラを従者とも思わず家族と。


「おいおい。やべえなこりゃ」


 オレハは今後を悟ったかのように言った。

 案の定――


「小虫の癖に、わたくしへ口答えするなど……許しませんわ! 詫びなさい……いいえ、その命を以て償うべきですわ!」


 なにやら剛田家の息子のような台詞だが、それはそれで。

 とにもかくにも、アドリエンヌはご立腹ということだ。それゆえにモモへの嫌悪は薄れ、標的はヘルトへと変わる。


「いらんことを口にしたようだな冒険者。我ら十傑の強さ、とくと知るが良い」

「悪いけどさ、ここは引かないからな。家族を馬鹿にされたんだ。負けるわけにはいかない」

「ほう……ちょっと面白くなってきたぜ」

「オレハ! なにを!? 早く止めないと!」


 ヘルトを懲らしめようとする十傑。

 それに対抗するヘルト。

 止めるどころか楽しむオレハ。

 動揺しまくりなコリンヌ。ちょっと可愛い。

 そして……ヘルトを敵視するアドリエンヌ。


「大丈夫だってコリンヌ。ヘルトなら絶ってェ負けねえよ」

「そ、そういう意味では」

「あ? もう、ヘルトに会えなくなるとか、そういうことか?」

「――え!?」

「……ったく、どんだけ正直なんだよコリンヌ。まあ俺も好きだけどなアイツ」


 コリンヌの身体は正直だ。すぐ顔や動作に現れてしまう。

 勿論、オレハもここで別れる気は全くない。

 十傑は腰に据えるレイピアを抜く。このレイピアは、ただ見た目が美しいというだけで十傑に持たせている武器。アドリエンヌの拘りである。


ジョリ(joli)。いつ見ても美しい剣だ……」

 

 と、わけのわからぬ台詞から始る戦闘。


「ヘルト様、ここはわたくしが」

「いや。オレさ、今腹が立ってるんだ本当に。あの王女様に分かってもらうまで、引く気ないから。セイラさんは手を出さないでくれるかな?」

「ヘルト様……」


 こうセイラへ伝えたヘルトの内心は穏やかではない。

 家族を大勢の前で馬鹿にされたのだ。ヘルトとしては、これを許せなかった。


「承知致しました。くれぐれも――」


 こう言ったセイラの言葉を掻き消すようにヘルトは応える。


「心配しないで。オレはスノウ……様を救うまでは絶対に負けない――いや、負けるわけにはいかないからさ。やらせてくれよ」

「はい」




 その結果、戦闘結果はどうなったかというと――


ジョリ(joli)ィイ!」

ジョリ(joli)ィイイ!!」

ジョリ(joli)ィイイイ!!!」

ジョリ(joli)ィイイイイ!!!!」

「ジョリサン、ジョリバァナアア――――」


 ――以下同文。最後の誰だよ。

 と、十傑は全員投げられた。

 十傑、半べそ。弱すぎ。


「……や、やるわね、小虫」

「どうする? オレを解雇するか?」


 ヘルトの心は決まっている。このまま変わらずの対応ならアドリエンヌとの同行は避けるべきと決めていた。

 そこで口を開いたのはコリンヌ。


「お姉様、もうやめましょう。民や種族への偏見はお姉様の価値を落とすと思う。それだけの容姿を持つのだから、変わるべきかと思います」

「――コリンヌ……」

「そうだぜ、アドリエンヌ。てめェは美人だ。だが、完璧を目指すなら分け隔てなく民に接するべきだろ?」

「…………」


 アドリエンヌは何も言い返せなかった。

 自分のやってきたことは間違っているとは思っていない。それでも多数派の意見で告げられたのは初めてだったからだ。言いたくても言えない、そんな感情。


 悔しい。

 認めたくない。

 イラつく。

 今まで経験したことのない敗北感。


 そこでヘルトの漏らした言葉は……


「まあ、アドリエンヌ様さ。やっぱあんた綺麗だ。だから、言葉を選べば最高の女王様になるんじゃないかな? たぶんこの世界を統べるくらいの女王様とかにさ……オレ、王族って分からないけど、無理に刺々しくする必要はないんじゃないか?」


 ヘルトはお世辞で言ったわけではない。

 類まれなる容姿を持ちながら、今の性格は損だと思ったからだ。

 容姿を褒められた、ただそれだけではない感情でアドリエンヌは言った。

 

「ふん! あなたの強さを知りたくてやったことですわ。”ヘルト”」

「そうか、良かった。じゃあ、このまま傭兵でいいんだな?」

「好きにすれば良いですわ。報酬はお好きなだけ支払うつもりだから、命を賭してわたくしを護っていただきますわよ」 

「ああ。仕事だ、誓う」


 アドリエンヌがヘルトを気に入ったかは知れないが、確かに『ヘルト』と。

 コリンヌはそれが嬉しかった。


「お姉様……それでこそ、やはりわたくしの尊敬するアドリエンヌお姉様です」 

「今更なにを言っているのかしら? わたくしはフィアーバの第一王女ですわよ。より強い護衛を欲して何が悪いというの?」


 アドリエンヌが初めて見せた人間らしい口調。

 ツンツンデレてはいないが、コリアンヌは姉のことが少し誇らしくも思えた。


 そして……ヘルトへの気持ちが深まったことも然るべきところである。

 

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