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追うものを追う男


 ◆


 ――同日、八ツ半(一五時)。

 ヘルトたちは、まずガーゼルの南にある村を目指す。

 村の名は『ラマ』――人口数二〇〇にも満たない、小さな村だ。


 アストラータには、このような小さな村は数少ない。

 それは貴族階級が領主として君臨する土地ばかりであり、”村長”などが主となる村が珍しいほど。なぜここに村があり、それが貴族の土地ではないのかというと、単に価値の無い土地だからである。

 豊富な水があるわけでもなく、得られる作物は少量。近場の森で狩りをしながら、皆やっと暮らしている貧困な村。商人が来ても、それを買う金は無に等しい。わざわざこの村を支配下へ置く必要などないのだろう。


「もうすぐラマだぜ、アドリエンヌ様」

「……ラマ? 初めて聞く名ですわね」

「まあ、小さな村だからな。わざわざラマへ行く貴族もいねえし、知らなくて当然か」

  

 アストラータ王都へ向かう場合、通常ならガーゼルから西のティカへ、次にティカから南の王都を目指すのだが、ガーゼルから南へ向かったのはアドリエンヌが野宿を嫌うからである。つまり、一日で辿り着ける街や村を経由して進まなければならないのだ。

 

 我が儘な女王アドリエンヌと旅を共にするということは、効率など皆無。

 それゆえに、最短でアストラータ王都へ向かうスノウ一行に追いつけるはずもなく……


「ゥ――へるとぅ! セラ!」


 荷馬車の御者台へ立つようにして乗るモモが、視界に入ったラマの村を指差し言った。とても嬉しそうに。


「おー、あれがラマかあ。オレ初めて来たなココ」

「わたくしも、で御座います」


 ヘルトたちのすぐ前を走っているのは、アドリエンヌの乗る馬車。

 モモの大きな声が聞こえたのだろう、後方のヘルトたちへ目をむけ苦々しく口を開く。


「うるさい猫ですわね。それにハーフエルフ……なにゆえ半端者たちと、わたくしが同行しなければならないの! 獣の臭いが付いてしまいますわ」


 アドリエンヌの言う『半端者』とは混血種族を指す。

 例えば猫牙(びょうが)族なら人間(ヒューマン)と猫、ハーフエルフなら人間(ヒューマン)とエルフ。基本的に奴隷として扱われる混血種族は、嫌われるというより下等生物と思われているのだ。これは所謂人間(ヒューマン)が最も優れていると思う者が創り上げた”偏見”なのだが、そんな偏見から始まり奴隷制度なるものが出来上がってしまったのかもしれない。


「そうか? 俺は猫牙族やハーフエルフって好きだぜ。なんたって、俺たち人間(ヒューマン)を超える五感を持ってるからな。あの二人は役に立つ」

「オレハ! わたくしが言いたいのは奴隷と一緒に行動を共にしたくない、ということですわ!」

「お姉様……あまりそのような事を大声では――」


 アドリエンヌがコリンヌを睨みつけた。


「コリンヌ。あなた、あの小虫が現れてから随分と話すようになったわね」

「……そ、そのようなことは」


 変わらずの上下関係。

 それでも多少なりとも口数の増えたコリンヌが、オレハとしては妙に嬉しくもあった。


「へえ。愛は女を変える……って感じか? コリンヌ」

「ち、違いますよ、オレハ! もう、突然なにを――」


 耳まで真っ赤に染まるコリンヌ。明らかに動揺している。

 そんなコリンヌに対し、アドリエンヌは驚いた様子を見せた。

 小さな頃から日常を共にしてきたコリンヌが、感情を露わに声を荒げたのは数えるほどしかなかった。最初は王妃である母親が亡くなった時。それ以降はあったかもしれないが、覚えていない程度だ。


 ――あの小虫に何があるというの!?

 只々汚らわしいだけの冒険者ではなくって?

 コリンヌも、オレハも、どうかしているわっ!


 などと、脳裏で感情を煮え滾らすアドリエンヌ。

 そんな感情とは関係なく、馬車の歩みは止まらず……


 ……やがて、一行はラマの村へ辿り着く。


 

 ――――――



 ――ラマへ着いたヘルトたちを監視する者が数名。

 

「……どうだ?」


 こう、部下へ聞いたのは右肩の古傷が目立つ男バリュムである。


「間違いないでしょうね。あれはヘルトだ」

「やはりな。ならば、フィアーバの馬車にはスノウ王女が乗っていると、思って良いようだ」


 バリュムたちがスノウを追いガーゼルで情報を収集していた際、アドリエンヌが自分を王女だと言って存在を民に知らせた。それが原因となりバリュムたちはガーゼルの出口付近で待機し、ここまで追ってきたのだが……


 フィアーバの”章”がついた王族の馬車。

 御者は騎士、中には王女が乗っている。

 さらにはスノウと共にいたヘルトまでをも確認。

 ここまで知れば、まず間違いなくスノウがいると思うのは当然の結論。現在は様子を伺い、計画を練っているというところだ。


「お(かしら)、どうします?」


 バリュムは冒険者でありながら、用心深く、冷静な男。

 なかなか珍しい種の冒険者。その実力もさることながら、用心深いのだ。黒の双頭をここまで大きくなったのは、彼の存在があったからともいえよう。


 同じリーダー格であるエルザなどより、部下からの信頼は厚い。


「やるしかない――だが、周りの兵が邪魔だ。村で仕掛けるのは難しいだろう」

「奇襲をかけたらいけると思いますが?」


 まるで盗賊のようだが、奇襲は冒険者にとって十八番(オハコ)と言っても良いだろう。兵士のように”隊”で行動しない冒険者は、数名のメンバーを散りじりで行動させ、気付かれずに奇襲をかけることも可能。


 兵士のような志がない冒険者。闘志を高める叫びなど不要であり、わざわざ相手に気付かれる行動はしないのだ。バリュムの部下が言ったのは、冒険者にとっては”普通”の考え方である。

 しかし、バリュムは”普通”の考え方をしない人物。


「俺はな、そういうスマートじゃないやり方は嫌いなんだよ。機を待つ。確実にやないと意味がない、奇襲のような不確かな戦術はダメだ」

「お(かしら)は、相変わらずですね」

「ま、そういうことだな。無駄死にしたくなかったら、俺のいうことを聞け。いいな」


 バリュムは無駄なことを、とくに嫌う。

 何度も仕掛ける気など毛頭ない。一度で(こと)を終える。確実に、だ。

 バリュムは今後どのような戦術を用い、ヘルトたちの命を奪おうとするのだろうか――

 

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