スノウの気持ち
「お姉様、これはですね――」
「コリンヌは黙ってなさい! オレハ、説明していだだけますわよね?」
アドリエンヌは、話を聞かずして怒鳴りちらす。
怯えた子犬のように縮み込むコリンヌは声を失う。
「あ? そんなの説明する必要もねえだろ? 俺がこいつと勝負して塀を壊したんだよ」
「この小虫みたいな冒険者と、あなたがですって? 御冗談はおやめなさいませ」
オレハの言ったことが冗談ではないことは、この場の全員が知っている。
アドリエンヌが言いたかったのは、塀を破壊するほどの戦闘ならヘルトが無傷で済むわけがないと思ったからだ。
「冗談じゃねえ。結果は俺の負けだ」
「なんですって? この小虫が……」
アドリエンヌは、まじまじとヘルトを眺めた。
視線が冷たい。
「ど、どうも。小虫デス」
と、居た堪れなく挨拶。
すると、アドリエンヌは鼻で笑い口を開いた。
「どうせ、わたくしを一目見ようとしてオレハと交戦した――、というところですわね。勝てたら会わせてやる……などと、言われて」
――違います。
と、ヘルトは心中で告げながらも。
ふと視線の合ったコリンヌが、コクコクと頷いた。
「あ、そうらしい……です」
「それなら、もう用は済みましたわね。会話もしてあげましたわ、満足でしょう?」
「は、はあ」
ヘルトは目の前にいる、アドリエンヌが美しいとは思った。
腰の丈まで艶やかに伸びた銀髪、整い過ぎた顔立ち、何事にも臆さない凛とした姿勢。その全身も出るところは出て、括れるところは細い。容姿だけなら完璧な女性だ。
しかし、まったく興味が沸かず、どちらかと言えば苦手なタイプだと。
アドリエンヌは民たちから不人気、とはいえども貴族に対しては人気がある。王族だからともいえるが、それだけではない。
見た目こそ最重視されるもの、と思うほとんどの貴族たちにとって、性格など気にもならないのだろう。この美しさと王族の階級さえも手に入いるのだから……こんなに旨い話は他にないのだ。
だからこそ、貴族からちやほやされ続けたアドリエンヌ。
性格が曲がってしまうのも頷けるような気も。
冒険者であるヘルトにしてみれば、それは別。確かに容姿には驚かされたが、心に響く何かを感じ取れない。これでもコリンヌやスノウの姉なのかと。
早く何処かへ行け、と今にも言いたげな視線をおくるアドリエンヌに気付いたオレハは。
「アドリエンヌ様さ。こいつを傭兵として雇ってもらえねえか?」
「この冒険者を? なぜ雇う必要があるのかしら?」
「当然、強いからだぜ。この先なにがあるのか分からねえんだ、兵は多いほうがいいだろ?」
「…………」
暫し考える仕草で口を閉ざしたアドリエンヌ。
そんなアドリエンヌへコリンヌが言った。
「お姉様、わたくしからもお願いします。ヘルトさんなら、信用に値するかたかと思いますので」
「コリンヌ。あなたが、わたくしへ意見するなんて珍しいこともあるのね」
「い、意見などでは……」
「それは、あなたのお気に入りってことかしら? ふーん……」
コリンヌがアドリエンヌに意見することは稀。
普段なら、その意見さえ言わせない態度で黙らせるのだが……
「いいでしょう。オレハの薦めもありますし、雇ってあげてもよろしくってよ」
「ど、どうも」
「決まりだな」
「お姉様……ありがとうございます」
アドリエンヌはオレハとコリンヌが認めるヘルトが、どのような人物なのか少し興味が沸いた。ただそれだけなのだが。
この後、ヘルトはセイラとモモを呼ぶため、一度自宅へ戻った。
◆
――それから半刻ほど経過。
スノウの馬車は南西の王都を目指す。
城を出る前から、元気のないスノウを気に病んでかガイムが声をかける。
「スノウ様……本当に宜しいのですな?」
「ええ。これしか国を救う方法はないのだから」
「このガイム、スノウ様のためなら――」
「ガイム、それ以上先の話を口にしてはいけないわ。ワタシの決心を鈍らせることはやめてほしいの」
事の発端を知るガイム。
その一番の原因はアドリエンヌなのだ。
なぜなら、アストラータの第二王子がアドリエンヌへ結婚を申し出たことから始まる――
アストラータ王の子供は男性のみの三兄弟。いずれも未だ未婚である。
あまり見た目が良くないこともあるが、さらに性格もアドリエンヌと然程変わらないだろう。そんなアストラータ第二王子と、アドリエンヌの結婚話となれば言わずとも知れる。
「その馬のような顔で、わたくしと結婚したいの? 第二の王子の分際で、身の程をわきまえて欲しいですわ」
こんなことを言われてしまった第二王子。
ちっぽけな国の王女に蔑まれる、それを許すわけがない。
今回の同盟破棄は、そこから始まったこと。第二王子の計画により自国の貴族ヘルシンド伯爵の暗殺を命じフィアーバを陥れた。言う事を聞かないのなら力でねじ伏せようとしたのだ。
アドリエンヌやコリンヌは、それを知らないのだが……スノウは聞いてしまった。フィアーバの貴族たちがひそひそと話していたのを。
そして、ヘルトを追ってティカへ行った意図とは。
【英雄スーラが、再びこの世界へ転生したことを世に知らせ、その人物であるヘルトがフィアーバだけの戦士である】
と、アストラータへ告げるためであった。
つまり、圧倒的な威圧によりアストラータとの揉め事を回避するつもりでヘルトを利用しようとしたのだ。強引にでもヘルトをフィアーバへ連れて行けば、何とかなったかも知れない。だが、そんな気持ちを止めたのはスノウの心。
いつしか芽生えた信用、信頼などより遙かに大切なものだった。
それが何なのかも分かってはいないスノウ。
ヘルトへフィアーバの同行を申し出た時に……
本当に、これでいいの?
本当に、そうしたいの?
本当に、正しいの?
……ヘルトを利用してまで、自身の幸せを願うの?
国を救う、という仮初めの感情。
結局は自分のためではないのか、と。
その結果、ヘルトはフィアーバ行きを断った。
正直なところ、スノウは安心した。ヘルトの返答に。
人として、道を外れなかったこと……救われた気持ち。
スノウの行く先はアストラータ王都。その第二王子が、今度はスノウへの婚約を要望しているから。答えに躊躇してはいたが、婚約を承諾すればフィアーバは救われるだろう。フィアーバを救うには今すぐにでも挙式をあげ、国を守らなければならない。
そう思うスノウは、今すぐにでもアストラータ王都へ赴かなければ、と――




