金剛力と無手
「あ? なに言ってんだい? そういう流れだっただろ」
理不尽な女だ。
「あっちゃァ……コリンヌ様、この人なんなの? おバカなの?」
「――え? わたくしからは、なんとも……」
オレハという女性は、口で何とかなる人物ではない。
それは、たとえ言葉で何を言われようと、力でねじ伏せたら良いと思っているから。力が全て、という脳筋戦士なのである。
オレハは女戦士。
武器は大剣だが、大剣というより巨剣と呼ぶべきだろう。オレハの身長の二倍以上はあるのだから。
”剣”と呼ぶからには、その巨剣に刃がついているのだが、はたして”刃物”と呼んでもよいのだろうか。その刃こぼれ一つ無い巨剣は”斬る”というより”叩く”という印象で、鈍らにもほどがあるだろう。例えるならば剣の形をした鉄の棒。見るからに重量は大人の男性が二人いても、持ち上げることすら難しそうだ。
「てめェ、それでも(ピー)玉ついてんのか?」
「あるある、ちゃんと毛玉が二つ装備されてるから……」
「それなら、俺と戦いな。男っていうのは、より強いものを求めてこそ漢だろ?」
――それ、どこの戦闘民族の話?
オラ、全然わくわくしてねっぞ?
残念ながら、ヘルトは宇宙人などではなかった。
すぐにでも斬りかかってきそうだ……ヘルトは慌てて言い返す。
「姉ちゃんと勝負して、オレになんの得があるんだ? そんな無意味な戦いなんて、やっても仕方がないだろう?」
「ほう。そういえば冒険者だったねえ……」
報酬を得てこその冒険者、とはいえヘルトの考えは「なんか面倒くさそうだから」なのだが……ヘルトとしては違う解釈にせよ、戦ずに済むならそれで良いのだろう。
「そういうことだな。諦めてくれ」
「…………」
と、言って立ち去るように背を向けたヘルト。
オレハが何かを考えている――それが不吉でならなかった。
だが、そんなヘルトを止めるオレハは。
「ヘルト。待ちなッ!」
ヘルトは振り返り言う。
「いや、オレ急いで王都へ行かないと、だし? 勘弁してもらえないか?」
早くスノウを追って、王都へ。
そう思うヘルトは寄り道している余裕などなかった。
「てめェのいう”見返り”ってやつを用意してやるぜ。わたしの身体……で、どうだい? ――勝てたら、だけどね」
兵士たちが、オレハのあれを凝視し「いいなぁ」と拳を握りしめた。
――視線が熱い、オレハに。
対するヘルトの応えは。
「ん……――、姉ちゃん綺麗だしスタイルもいいけどさ。オレそっちに興味無いんだ。ほら、今は急いでるし?」
これを聞いた兵士が、突然キレた。
「き、貴様ぁあ……触りたくないのかあ! 揉みたくないのか! 埋めたくないのかぁああ!」
兵士、正直。
そしてオレハは全てを察したかのように。
「……なるほどねえ。ヘルトはコリンヌ派ってことかい」
「なんでそうなるの!? そうじゃなくてだな――」
「え!? ごめんなさい……小さくて」
王女、泣きそう。
「違う、チガウ、違いますってば! コリンヌ様のサイズが好みです! 本当」
――なに言っちゃってんの、オレ!?
そういう問題じゃなあ無ェ!
と、心中で叫ぶヘルトは地雷を踏み続ける。
コリンヌが「え……」と言って頬を赤らめた。
この茶番劇は、いったいどこまで続くのだろう。
「まあ、でもコリンヌってわけにもいかないか。王女だもんな」
「そ、そういうことだ。もういいだろう? 諦めてくれたか?」
「王女でごめんなさい……」
「――そういうことじゃ……もう、何でもいいや」
もう理由など何でもいい、その思いから出た言葉だった。
オレハとしては、諦めがつかない様子で更に条件を変える。
「あ、そうだ。王都へ行きたいとか言ってたね? なら一緒に連れて行ってやるぜ? どうせスノウが目当てなんだろ? 勝負に勝っても負けても連れて行ってやる。どうだ? 悪くはないだろ?」
ここでヘルトは考える。
確かに悪くはない条件だ。徒歩で王都まで行くには時間を要し、加えてモモの足並みではいつ辿り着けるのかも予想がつかない。そして勝敗が関係ないのなら問題なさそうだ、と。
「そう、だけど。負けてもいいんだな? あと、オレ以外にも二人同行するが……それでもいいのか?」
「ああ、それでいいぜ。俺がなんとかしてやる」
ヘルトは腹を決めたというように頷き、オレハと対峙。
腰に据えた武器を手にせず、無手で。
「あ? てめェ、俺を舐めてんのか?」
「べつに舐めてなんかいない。これでいいんだよ、オレは」
無防備なヘルトの様子を流し見て、オレハは思う。
……こんな奴が、本当に強ェのかねえ。
まあ、それでも――
そして口を開く。
「俺は、加減を知らねえ。大怪我をしても文句は言わせないぜ?」
「いいから早くしてくれ。家で連れが待ってるんだ」
勿論、オレハを舐めてはいない。
寧ろ、武器を手にして動きが鈍くなるのなら、たいして扱えない剣を手にするより対抗できると思ったからだ。
そんなヘルトの脳裏とは――
――あれほどの大剣を軽々と片手で……
って、いうかアレ両手剣じゃないのか?
おっそろしい腕力してるなあ……と、いうことは――
オレハの腕力は普通の人間とは思えないほどに力強く、怪力と称するべき。
大男のように屈強な肉体を持たず、女性の身体に毛の生えた程度の身体つき……
それにも拘らず、眉一つ動かさずして巨大な剣を片手で持つ。
だからこそ、ヘルトには言わずして知れた。
――【金剛力】[ストレングス]
オレハのビフォアである。
その怪力のみならず、衝撃に耐えうる肉体をも強化できる肉体強化系のビフォアだ。オルマムのような重技を使用しても、身体の負担など皆無であり、父親をも超える力を秘めているだろう。
――この姉ちゃんは、強い。
こう、思ったからこそヘルトは無手を選んだ。
「じゃあ。まずは――」
オレハは右手に持つ巨剣を、一歩も動かず腕の力のみで振りぬいた。
風切り音。
ゴオッ、と一瞬突風が吹いたかのように周囲の音を掻き消す。
ヘルトのわずか数センチを振りぬく巨剣。
オレハは笑っている。そう、嬉しそうに。
それは……ヘルトが全く臆せず、身体に当たらないことを知り、微動だにしていなかったから。
「アッハハハ……ヘルト、次は本気で中てる、ぜ」
「だろうな。お手柔らかに頼む」
オレハは剣を両手に持ち替える。
ズドッ、と土煙をたてて大地へ落ちたのはオレハの剣先。
身体を後方へ逸らし、精一杯弓なりとなれば、その剣先は大地へと置かれる。巨剣だからこその態勢だが、これからが「全力」ということだ。
ギリギリと弓なりに限界まで反られたオレハの全身。
ヘルトへ狙いを定め、言う。
「……剛技、断罪――」
大気が震える。
天と地へ抗うかのように振り下ろされたのは巨剣。
速く、鋭く、決して目で追えるものではないだろう。
大地へ突き立てられた巨剣は、地を割らずして剣戟が走る。一直線に。
数十メートルに及ぶ領主邸の塀を、剣戟のみで破壊した。
そして……ヘルトはどうなったかというと。
「これを、無傷で回避するってのかい。本気だったんだぜ」
「まあ。避けるだけなら、な」
「――なに言っていんだ、てめェ。そうじゃねえだろ」
そう、ヘルトは回避しただけでは無い。
流れに逆らわず『叩き落とした』と、いうべきか。オレハの剣先を半身反らせ回避後、剣の上部へほんの少し力を加え『地面へ叩き落とした』のだ。
「化け物だねえ。そんな動きする奴、初めて見たぜ」
「それは、お互い様……だろう?」
「けどねえ、まだ終わっちゃいないぜ、ヘルトッ!」
再び身構えるオレハ。
振り上げず、真横に。剣を縦に振れば同じ結果となる、そう考えたオレハは横方向への攻撃に。
オレハは遠慮などできなかった。自身の全力をあっさりと回避されたからだ。
屈み込んでも、後ろへ逃げても、跳んでも逃げられない剣戟。破壊力よりも命中率を重視した渾身の一振りであった。
――対するヘルトは。
屈み込むでもなく、後方へでもなく、跳ばずして”前へ”大きく一歩。
オレハへ肌が触れるほどまで近づき――かち上げた。
かち上げた、とはオレハが巨剣を持つ両肘。その両肘を掌底で突き上げ、剣の軌道を逸らしたのである。
「――な、なんだぁあ!?」
剣の行く先を外されたオレハは、なぜ外れたのかも理解できない。
巨剣を振りぬき、軌道を変えられたオレハの胴体部が無防備となる。この隙を作るのがヘルトの狙い。
「悪いな、姉ちゃん。少しばかり痛い思いをするが我慢してくれ」
こう一言洩らしたヘルトは無防備な胴体部のみぞおちへめがけ、突き上げるように掌打しようとしたが……
――ボイーンッ! 失敗。
「あ……すまん」
ヘルトはオレハの胸を鷲掴み。
「――ヘルト。何だかんだ言ってコリンヌなんかよりも、俺のほうがお好みなのかい?」
「ヘルトさん……やはりあなたも、大きいほうがお好きなのですね。残念です……」
ヘルトは掌打し気絶させるつもりが、豊満な乳へ気を取られ躊躇してしまった。その胸へ押し当てたまま、暫く堪能する身体は正直、だ。
周りの兵士たちは羨ましさのあまり、握った拳から血が滴り落ちる。二本の線を描いて流れ出る鼻痔――ぽたりぽたり、と。
「アッハハハ! ヘルト、強い、強い、強い! 惚れちまいそうだぜ!」
オレハは巨剣を投げ捨て、被りつくようにヘルトを抱きしめた。
「へ? ちょっ――」
「勝負は俺の負けだ……悪かったな、試すようなことして」
「いや、いいさ。オレは、何も損をしていないんだからな」
ここで、二人の勝負は終わった。
オレハはヘルトを認め、ヘルトは感謝さえしていた。
自分が訓練してきた体術が、実践でも使えることを知ったからだ。
――しかし。
領主邸の塀を破壊、その騒ぎに気づかぬはずもないアドリエンヌは……
「オレハ! アナタまた、なにをなさっているの!? それにコリンヌまでもっ!」
「お、お姉様!?」
「――ったく、面倒な奴がきたねえ」
「え? まだ上の姉がいたのか?」




