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アドリエンヌ、国境へ

前話「スノウ、国境へ」と似て非なる、アドリエンヌの話です。



 ◆


 ――同盟破棄まで、残り二一日。

 アドリエンヌは兵士三〇名、従者一〇名を引き連れ、国境まで辿り着く。

 スノウが国境を越えてから、三日後の昼八ツ(未ノ刻:一四時)のことである。


 俗にいうオーディナリー型(前輪が大きく後輪が小さい)の馬車。外装を艶のある黒檀で彩られたところから、高貴な人物が所有する馬車だと容易に知れる。


 御者台で手綱を握る女性は、フィアーバの騎士。


 女性の名を『オレハ』と言う。


 オレハは将であるオルマムの息子――失礼、娘だ。

 ケイツアの妹である。

 平均的な身長でショートボブ、身体の線は細いが筋肉質。全身が妙に色黒いのは何かを塗っている……日焼けだった。


 女性とはいえ、この世界で多く見かける女性らしい姿ではない。鎧甲冑(フルプレート)重装備、その露出度は胸元以外は無に等しい。


 オレハは刃物で振り分けたかのような、スッパリと割れた谷間がある。だって女の子だもん。


 本人は、その育ちすぎてしまった胸元を邪魔だと思っているのだが……

 少女の(一二歳)の頃、その胸を見つめオルマムは――



 ――オレハ、しかと聞きなさい。


 お前のその尻のよう……いや、胸か。

 中年男性のお腹のような……柔らかさなら似たようなものだ。

 何かを取って付けたような……うん、肉だな。


 ……あ、あれだ。良いぞ! じつにイイ!

 と、思う人もいるだろう。それが私だ……ほら、いただろう?

 何処の国へ行っても注目の的だぞ。マニアックな男性もいるがな、オイ!


 と、褒めたつもりが、ただのセクハラとなってしまったようだ。

 父親でなければ、強制わいせつ罪で即捕まるだろう。

 オレハはこの時点から女性は強くあるべきだと思っていた。


 ……そして一八歳となった現在、オルマムの思惑どおり驚くべきサイズへと育った。肩こりに拘りそうな女性に。


 ――――――


 オルハはキャリッジのアドリエンヌへ、男性のような口調で話す。


「アドリエンヌ様、そろそろ国境だぜ?」

「……ふーん。あら、そう」


 アドリエンヌの返事には棘があり、声よりも鼻息に近い。

 オレハは、王女三人とは幼少の頃からの……いわゆる幼なじみ。オレハの男性っぽい性格もあるが、とりあえず『様』は付けても、それ以外は普通に話す。


 六名ほど乗車できるキャリッジへ乗っているのは、アドリエンヌを含め二名。

 その一人は、二〇歳であるアドリエンヌよりひとつ年下の女性で、明白ながらコリンヌである。


「……お姉様、これもまた、王女としての務めかと」

「そんなこと、あなたに言われなくても分かっているわ! コリンヌ!」

「――は、はひぃ!」


 キャリッジでアドリエンヌと対面して座っているコリンヌの肩が震える。

 コリンヌは奥手な女性。この性格は亡くなった母親譲りだが、幾ら奥手とはいえこれほど主張の少ない女性ではなかった。

 幼少の頃からアドリエンヌに付き従うようにして日常をすごしたコリンヌは、姉の性格がゆえ”こうなってしまった”と言わざるを得ないだろう。


 それほどにアドリエンヌの悪役令嬢ぶりは、目を覆うばかりの行いをしてきた。権力を振りかざす女性の見本みたいな人物である。


 結局、コリンヌは逆らい反論することを虐げられてきたからこそ、姉なしでは何もできなくなってしまった。常にプルプルとしたチワワのような女性。

 そして絶世の美女アドリエンヌと血の繋がった妹なのだから、コリンヌも同じく美しい。しかし、その性格がマイナスとなり華麗さに欠ける、といったところか。


 コリンヌは一九歳の女性だが、その年齢より二、三歳は大人に見られる容姿を持つ。スノウとたいして変わらない、貧相な胸元以外は。


「……ほんと面倒ですわ。こういうの」


 こう、鼻息を荒くしながら言ったアドリエンヌは、王女としての威厳を保つことへ深く拘っている。


 実のところ、それほど嫌ではない。

 心中では……


 ……また、わたくしの美しさに魅了される者たちが増えてしまうのね。

 美しいということは……罪ですわ。

 ――オーホホホホホホホーッ!!


 と、思っている。


 そしてアドリエンヌ待望の、国境へ辿り着く。

 既に待機し、馬車が来るのを待っていたのは愛想笑いを浮かべた門兵。


 その門兵へオレハは言う。


「てめえ、女みたいな身体つきをしているな。もう少し鍛えろ」

「は、はっ! 精進致します、オレハ様」


 門兵はオレハのアレをチラ見した。


 だが、オレハは優秀な騎士ということもあり、フィアーバでの知名度は高い。あっチチの面で。


「ほらよ、通書」

「は、はあ。ご確認致します……」


 門兵は通書を確認する。身分や名前などが明記してあり、確認のサインさえあれば問題とならない。その通書に血のりがなければ。


「オレハ様、これは……」


 当然門兵は聞く。


「ふふ……気になるのか? 俺に勝てたら教えてやるぜ?」


 オレハはにやりと笑った。


「――ひっ!? 私には妻と子供がおりますので……」

「ったく……冗談だよ、だらしがねえな」

「申し訳ございません。ではアストラータへ、どうぞ」


 門の周りには既に多くの兵が逃げていた。

 皆、アドリエンヌに会いたくないからである。


「お姉様、門兵二人しかいないよう、ですね」

「なんですって、ありえないわっ! 従者たちよ扉を開きなさい!」


「「「「「畏まりました」」」」」


 アドリエンヌの一声で従者一〇名は一斉に動き出す。

 数十メートルに渡り敷かれる赤い絨毯。

 その絨毯を挟むように兵士と従者が立ち並ぶ。

 仕方なしに呼ばれた周りの門兵たちにやる気はない。


 アドリエンヌはフィアーバ王国で第一の王女ではあるが、妹であるスノウとコリンヌより人気度が低い。平民に匹敵するほど。


 その容姿は別物だが民をゴミのように扱う……それはアドリエンヌが横柄だからなのだが、貴族などに良くある『はははっ、見たまえ! 人がゴミのようだ』という七三眼鏡のような言葉を躊躇なく口にするのが原因である。


 どれほど美しい容姿を持っていようとを『薔薇に棘あり』なのだ。

 アドリエンヌの不人気は、民がアドリエンヌの態度から感じとったものなのだろう。


 キャリッジから兵たちに姿を見せた二人。


「…………」


 兵士たちは何も言わなかった。

 それほどにアドリエンヌの横柄さは民の心を無にするのだ。何名かはオレハのアレを凝視しているが。


「――ふん。あなたたち、いつまで立っている御つもり?」


 イラついたのか顔を赤らめたアドリエンヌは、親指を下へ突き立てた。

 アドリエンヌは立ち並べというよりも、()が高いから座れ、と。


 腹ただしい……


 それでも王女の命令ならば、と地へ膝を付く。


「さあ、わたくしを称えなさい。オーホホホホホーッ!」


 同時に兵たちの頬も染まる。ムッキー!

 そして力なく言った。


「「「「「ア(あ)ド(どり)リエ(え)ンヌ様、ばぁんざあい……」」」」」


 その兵士、バラバラ。


 (アドリエンヌ)に、ダレた兵士たちは一斉に「こんなもんでしょ」と、思う。


 そして、それを見る乙パインの育ち過ぎた女は――


「あはははっ! さっすが、アドリエンヌ様だぜ! いつみても笑えるなあ!」



 と『オレハ(俺は)ジョセイ(女性)ダ』は腹を抱えて笑った


今話と前話で、王女姉妹の違いとオルマムの子供の違いを、二話使用して投稿しました。

至らないところは多々ありますが、どうぞ暖かい目で見守ってください。

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