悪役令嬢と……
◆
「お父様っ! スノウをお止めくださいませ!」
父である、ビアド王へむけ怒りを露わにしたのはフィアーバ国第一王女。
計り知れないほどの美しい王女、と絶賛を博するほどの容姿を持つが、性格に問題がある。
高慢でその上横柄なため、どの求婚者も王女の目に留まらず、求婚者を次々と追い返し意地悪く笑い者にする始末。
長女が結婚しなければ、次女や三女であるスノウさえも結婚への道はほど遠いだろう。ビアド王が、五四歳の誕生日も近いというのに後継者が見つかってはいないのも、彼女が原因。
その第一王女の名を『アドリエンヌ・オレリー・パラミシア』と、いう。
今は亡き王妃『オレリー』の名を受け継ぐものなのだが、その性格までは継承されなかったようだ。
そしてもうひとり……
「お姉様がそうおっしゃるのですから……わたくしも、そう思います」
姉であるアドリエンヌの言われるがまま、成すがままの日常を過ごす次女。
自己主張の無い次女の名は『コリンヌ・オレリー・パラミシア』と、いう。
アドリエンヌと同じくオレリーを名乗る者。そんなコリンヌの性格は母親に似たのかもしれない。
この王女二人……もといアドリエンヌは、スノウの行動がお気に召さないようだ。
ビアド王は尖った髭を触り、困り果てた様子で唸る。
「ううむ……」
「「――お父様ッ!!」」
王女二人の声が重なった。
「だ、だがのう、アドリエンヌ――」
「だがも、しかしも、御座いませんですわ! この間、突然城を勝手に飛び出したこともそうですけれど、スノウは身勝手が過ぎますでしょう?」
「前回も、今回も、国を想ってのことなのだ。そう声を荒げるほどの事でもなかろう」
国を想う、などの綺麗ごとはどうでも良い。
こう、愛国心など全く無いアドリエンヌには、声を荒げる理由があった。
「そういうことを言っているのでは、御座いませんですわ! お父様は、なぜスノウばかりにお優しくするのです。 わたしくしたちも同じ娘でしょう!」
これは、嫉妬しているだけなのだが……
「そんなことは無いであろう? わたしは三人へ平等に接しているつもりだ」
「いいえ! スノウはそもそも、あの汚らわしい女の娘では? 本当の娘でも無いのです。それなのに――」
――――ッ!?
汚らわしい女、と聞いたビアド王の表情が強張る。
そのビアド王の表情を見てアドリエンヌの言葉が途切れた。
「……アドリエンヌ」
「な――、なに用で御座いましょう?」
普段の温厚な姿とは思えないほど、怒りを露わにしたビアド王。
「スノウのことは、わたしが決めたことだ。その決め事を変えるつもりは無い」
「お父様、なぜ、ですの!?」
「これで話は終わりだ。ふたりとも、下がれ――」
――――――
アドリエンヌとコリンヌは王の部屋を立ち去った。
そして……
鬱憤により心が歪むアドリエンヌと、只々付き添うコリンヌ。
「ぁあああ――ッ、腹ただしいですわ!」
「……お姉様。そのようなお姿を周りに気づかれては……」
今のアドリエンヌには「計り知れないほどの美しい」と博する面影は無い。
悪相。恐ろしく、醜い顔だ。
王族ゆえ、出来る限り凛とした姿勢を保ってはいるが……
「そんなこと分かっているわ! あなたまで、わたしをイラつかせるつもりなの!」
「――ひぃッ!?」
まるでコリンヌが悪いかのように憤怒した。
アドリエンヌがこれほどに嫉妬する理由は、スノウの血筋にある。
スノウはもともと王族では無く、養子として王女となったからだ。
つまり、本当の娘でも無いスノウへ優しく接するビアド王を許せない。
その怒りは父へでは無く、根源とされたスノウへ向け続けてきたアドリエンヌとスノウの仲は最悪、である――とはいえ、常に悪意を抱いているのはアドリエンヌだけなのだが……
「忌々しいぃいい」
ぎりぎりと奥歯の重なり合う音。
アドリエンヌにとって国の存亡など気にしてはいない。なぜなら『自身より美しい女性など、この世には存在しない』と、自負している。
この傲慢で横柄なアドリエンヌの考えは――
――国など無くとも、何処かの高位な貴族を己の美貌で従わせれば良い。
などと、当たり前のように思っている。
アドリエンヌとは、そういう女性なのである。
やはり賢い女性とは言えないだろう。父であるビアド王の命が関わったこの局面で、それを気にも留めない自己中心的な女性なのだから。長女ゆえに我が儘に育ってしまったのだろうか。
アドリエンヌは、唐突に告げる。
「コリンヌ。わたくしたちも、行くわよ」
「――え? お姉様、何処へでしょう?」
「スノウを止めに行くと決まっているでしょう! アストラータと争うことになったら、わたくしたちも殺されてしまう……ことの重大さを分かっているの、コリンヌ!」
「は、はい、お姉様っ!」
この後、悪役令嬢とコリンヌはビアド王へは告げず、勝手に護衛兵を従えて城を出た。
◆
――その二日後。
同盟破棄まで、後二五日。
ヘルトはモモを連れ、ハルバトーレの屋敷へ赴いていた。
当然ながら、セイラも付き従う。呼ばずとも。
「やあやあ、待っていたよ。ヘルト君」
「はあ。今日は何の話、ですか?」
セイラは部屋の片隅で立ち、ヘルトは相変わらずハルバトーレへ力の無い返事で応える。
べつにハルバトーレを嫌っているのではないが、何を言っているのか理解に苦しむ話ばかりをするからである。
「じつは最近、英雄スーラについての文献を調べていてね。いろいろと分かったことがあるんだ」
「ほ、本当ですか?」
少なからず期待をしたヘルト。
「君も知っての通り、英雄スーラのビフォアには謎が多いんだ」
ヘルトはそれさえも知らなかった――と、いうより全てが謎である。
「わたしはね、英雄スーラのビフォア……つまり天啓なんだが、強大な”才”とは思っているけど英雄と呼ばれるほどの”才”ではないと思うんだ」
「それは護るだけだから、ですか?」
「ああ。戦えないのに、世界を統べる英雄となるのは可笑しいとは思わないかい?」
「はあ、確かに」
それはヘルトも気がかりだった。
だからこそ、訓練をして何かを導きだせたらと思っていたからだ。
「だからこそ何か他に強大な”才”を手に入れたのだと、考えている。それは転生後のビフォアなんだが」
「なるほど……それが分かった、とか?」
ヘルトは、ちょっとばかしハルバトーレが良い人と思った。
「すまない、それは分かっていない」
――期待させやがって、コンチクショウ!
再びハルバトーレの好感度が降下する。
「そう、ですか。じゃあなんで今日呼ばれたのかな?」
「それが分かる”かも”しれない備忘録がある……”カモ”しれないんだよ。それが何処にあるのかは、まだ」
「かもカモ、すか……微妙っすね」
いい加減、微妙すぎて返答も体育会系で十分でしょ、そんな気持ちからヘルトの言葉は堕落。
「まあまあ、そう無下に考えなくても。喪失者とはいえ、自分のビフォアを知ることのできる可能性があるんだ。そう考えたら無駄な話でも無いだろう?」
「はあ、そっすね。――で、それだけっすか?」
こう聞き返えされたハルバトーレの眼差しが、突然強張り始めた。
「いや、まだあるんだ」
「はあ、なんすか?」
「いいかい、落ち着いて聞いてくれよ。フィアーバ……違うな――」
【――スノウ様のお命が危ないようだ】
――――は??
なぜ、なんで、なにそれ、命って、スノウが死ぬ!?
何がどうなってその言葉が出てくるのか、スノウは城へ帰って優雅に暮らしているのではないのか、なぜそうなる――混乱を通り越して、その理由を聞き急ぐ。
「スノウが!? なんで?」
ハルバトーレは同盟破棄の経緯をヘルトへ説明する。
名高い貴族でもあるハルバトーレは、アストラータの貴族会議への参加が可能。しかし、ハルバトーレは貴族でありながら貴族を嫌う。そんなことから会議へ赴くことは少ないのだが……その会議内容は書状などで送られてくるため、把握することを可能とする。
問題視するのはその書状にある。
昨日届いた書状には……
【フィアーバ王国との同盟破棄、及び破棄後はフィアーバ王国への進軍を開始する】
と、記されていた。
フィアーバへの進軍は今から二六日後である。
更に刻を同じく、フィアーバから届いた書状。
それはヘルトにとって、思いもよらない内容だった。
【スノウ様が、アストラータ王都へ――】
内容は、スノウがアストラータ王都へ向かっている、と。
しかし、王都での謁見が失敗に終わればその場で囚われる可能性もある。
理不尽なほどに、アストラータの貴族はスノウを人質として利用するだろう。アストラータの貴族を知るハルバトーレはそう予測しヘルトを本日呼んだのだ。
「わたしは王都へ向かおうと思っている。ヘルト君、きみはどうするんだい?」
「オレは……」
最も大切にするのはスノウの命。
しかし、それだけではフィアーバは救われない。
どうした良いのか、と迷うヘルトを察したセイラが言う。
「ヘルト様。わたくしは、あなたと共に参ります」
この時、ヘルトは決心する。
「よし、行こうセイラさん。スノウ……いや、王女様の手助けをしよう」
スノウの手助けをして、フィアーバを救う何かを成し遂げればと――
悪役令嬢のモデルは「つぐみの髭の王さま」に出てくる王女? です。




