表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/75

待女セイラ


 

 ◆


「スノウ様は、いったいどうなさる御積りなのだ!」

「王女とはいえ、たかが一六の少女に国の存亡を委ねるとは……国王様も、どうかしている」 

「わたしはこんな小国など、どうなっても構わぬのだ。何か揉め事を起こして、アストラータが攻め入ってきたらと思うと、夜も寝むれぬ」


 フィアーバの貴族が集い、愚痴を洩らす。

 貴族たちの考えは、ただ己の命を守りたいだけ。

 このまま何もせず従えば王族の命だけで済む、などと。


 しかし、フィアーバの貴族はピアド王への忠義が厚い者が多く、これは少数派の意見である。

 その少数派貴族に混ざる大男が、室内の壁にもたれ腕を組み佇む。

 その大男が困惑し頭を抱える貴族へむけ口を開く。


「貴族の旦那たち、何をそんなに恐れているんだ?」


 右肩の古傷が目立つ大男、バリュムである。


「バリュム君、当然ではないか。我々では自国の王女を止める権利などないのだ」

「君たち傭兵団を(かくま)っているだけでも難儀だというのに、これ以上は協力できぬぞ」


 戸惑う貴族に対し、バリュムは平然と会話を続ける。


「わかった、わかった。それなら”あちらさん”の貴族様へ、何とかしてもらえばいいだろう?」

「アストラータの貴族ども……、か」

「ああ。もともと、今回の件はアストラータから始まったことなんだろう?」


 バリュムがこの場にいるのは、ほとぼりが冷めるまでの間――それは同盟破棄が成立するまで、である。


 黒の双頭へ、ヘルシンド伯爵の暗殺依頼を申し出たのはフィアーバの貴族ではあるが、そのフィアーバ側へ差し向けたのはアストラータの貴族。もとを(ただ)せばアストラータの貴族が行った謀略となる。

 裏を返せばアストラータの貴族は、自分たちの素性が知れないようにフィアーバの貴族を利用したとも言える。


「……それは無理だろう。彼らにとっては、この計画が成功したと同じなのだからな。わざわざ動く理由(わけ)もない」


 アストラータの貴族からすれば、経緯はどうあれ『計画通り』なのだから問題はない。それに王女(スノウ)が何をしようと、計画が崩壊するほど危険視する人物とは思っておらず、王女が動いて困るのはフィアーバの貴族のみ。結果、王女が何をしようと気にもかけないのだろう。


「ほお。貴族ってのは面倒なんだな、強欲なくせに――」

「君たちのように金を積めば何とかなるものではないのだよ!」


 貴族は金で動かない、など言ってはいるが動く貴族もいるだろう。

 強欲な貴族なら然るべき。しかし、わざわざ素性を隠しているアストラータの貴族が表向きな行動を起こすはずがないのだと。


 だからこそ、バリュムは言う。


「まあ、そう声を荒げるなって。仕方がない……俺が王女を()ってやるよ。俺なら何しても、あんたらに迷惑はかからないだろう?」


 内情を知り最も問題とならない自分が行動を起こす、と。

 安堵の表情で染まる貴族たち。


「……そ、そうか。君なら信用できる。他の傭兵では何かあったときに危ういからな」

「あんま、女を斬るのは好きじゃないんだが……。で、王女は今何処へ?」

「アストラータ王都へ向かった。何をするのかは分かっていないがね」

「王都……か、分った。だが、俺が自由に動けるようにはしといてくれよ。()る前に捕まりたくないからな」


 バリュムが罪人、とまで決まっていない。

 差し詰め『参考人』といったところで、それは直接関わっていないからである。依頼を受けたのは(話をした)のはバリュムだが、その依頼を実行したのはエルザ。バリュムはヘルシンド伯爵の護衛任務へ同行しておらず、また暗殺時も高みの見物で嘲笑っていた。


 エルザが未だ何も依頼者を明かさないのは、正直なところ知らない。

 仮に知っていたとしても口にする事はないだろう。なぜなら言ってしまえば、待つのは死のみだからだ。死期を早める言動はする筈も無く抗い続ける。


 そんな事情もありバリュムが自由に動けるよう計らうのは、それほど難しいことでは無いのかもしれない。それは金させ積めばバリュムひとりなど何とでもなる、ということ。

 バリュムがこの場にいるのは、ただその金を渋っていただけなのだが……

 

「承知した。その程度なら何とかしてやろう」


 ここは自分たちのために承諾するしか、選択肢が無かった。



 ◆



 ――アストラータとフィアーバの同盟破棄まで、あと三〇日。

 再び城を出たスノウ。

 それを追うバリュムと傭兵団。

 そしてガーゼルのヘルトは……


「モモ、ただいま」 

「ゥ――へるとぅ!」


 変わらずである。

 仕事(クエスト)を終え、自宅へ帰る日々。

 現在はハルバトーレの計らいで、ガーゼルの別邸に住む。

 自宅で待っているのはモモだが、何を隠そうもう一人いる。


「ヘルト様、お帰りなさいませ」


 待女(メイド)のセイラ。

 セイラはハーフエルフという種族。

 本来は腰まで伸びた黄金色の髪を頭部で結う。見た目はエルフと変わらないが、外見の特徴はエルフよりも身長は低いが人間よりも少し高め。そして、もともと少食なエルフのようにあまり食事を取らない分、すらりとした体形が際立つ。これは習性であり、そういう種族なのだから目を瞑ってほしい。


「ただいま、セイラさん。いい加減、その”様”っていうのやめてくれない?」 

「……ヘルト様、食事の用意は出来ておりますので」


 セイラにヘルトの要望を聞き入れる仕草は無い。


「そっか。いつもありがとう、セイラさん」

「……とんでも御座いません。これがわたくしへの(めい)ですから」


 ――相変わらず堅いなあ……セイラさん。


 こう思うヘルト。

 セイラは常に必要最低限の言葉しか洩らさない。

 基本的に無駄口をしないから、会話が続かない事が酷。

 セイラはヘルトの食事係ではなく待女(メイド)

 なぜセイラがこの場にいるかと言うと、しがない事から始まったようだ。

 

(めい)って……モモの面倒みてくれてるのは助かるけど、オレに尽くす必要は無いんじゃないかな?」

「いいえ。わたくしはヘルト様に命を救われた身。()()()……わたくしの命は尽きるはずだったのですから――」



 ――――――――



 ――()く言う、あの日(二五日前)。

 

「……ハルバトーレさん。やっぱオレ、モモとこの屋敷を出ようと思います」

「ん? ヘルト君、きみにはロリ……いや、あっちの趣味があるのかい?」


 ――あっちも、こっちも御座いません。


 こう思いながらも軽く流して告げる。


「これ以上ハルバトーレさんの世話になるわけには。明日からギルドへ行ってクエストをしながらガーゼルで暮らそうか、と」


 いつまでもハルバトーレの世話になって――、とはいって言っているがヘルトの真意は違う。


 護るべきものを守るため『強くなりたい』ただそれだけなのだ。

 無能と呼ばれることを悔やんでなどではなく、ただ逃げるだけの人生に嫌気がさした。ヘルトは初めて成長することを、自ら求めて変わろうとしている。



 だが……


「うぅむ……興味深い。かつての英雄にも、そのような趣味があったのだろうか?」


 ――興味深くはない、と思います。


 と、思うヘルトは新たな決意を固め判然と告げたはず。

 ハルバトーレの耳には全く届いていなかったようだ。


「……あ、すまなかったね。考え事をすると、つい周りの声が聞こえなくなってしまうんだよ」

「は、はあ」


 ヘルトは力なく応えた。

 それでも伝えなければいけない、こう考えるヘルトは再び同じ言葉を洩らす。


「これ以上ハルバトーレさんの世話になるわけに――」


 ――陶器の割れる音。


 ヘルトの言葉を遮るようにその音は会話に割り入ってきた。


「ん? また、なのか」

「また――、って? なんですか?」

「ああ、たぶんセイラだろう。わたしたちに紅茶(ティー)をもってきた、というところではないか?」

「なら、今の音は……」

「そう、”割った”ってことだね。ヘルト君、すまないがセイラの様子を見てきてはもらえないだろうか? わたしには手に負えなくてね、急いでくれないか?」


 ハルバトーレの言う「手に負えない」の意味も分からず、部屋の壁向こうへいるであろうセイラのもとへ向かうヘルト。



 ――――!?

 

 唐突にヘルトの視線に入ったセイラは、今まさに短剣を自身の胸に突き立てようといていた。


「――セ、セイラさん! 何をしようといてるの!?」

「……ヘルト様。どうかお止にならぬよう願います」


 何処からどう見ても、自殺願望者。

 これを止めないわけにもいかず。


「いやいや、普通止めるって! とりあえず理由(わけ)を聞かせてよ、ね?」

「……理由、ですか。待女(メイド)である、わたくしがご主人様の所有物(ティーポット)を破損させてしまったからです……」

「え? そのくらいの事なら誰にでもあるんじゃないかな? ほら、皿とか割るのって日常茶飯事だし? 数日に一度くらいなら」

「……皿は二〇一八枚、割っていますが――」


 ――(おお)ッ。


 無駄に記憶力の良いセイラは決断。


「やはり……数日に一度が普通なのですね。わたくしが、どれだけ無能か良く知る事ができました。ヘルト様、アディオス(さようなら)ア……ミーゴ(友よ)……」


 再び鋭い刃先がセイラの胸を狙う。

 ヘルトはセイラと、友でも何でも何でもないが必死に止めた。


「待て待て、待ってください!」


 ヘルト敬語。


「……なぜ、止めるのですか?」

「セイラさんには、”才”に満ち溢れてたビフォアがあるじゃないか。皿の千枚や二千枚、取るに足らないことだよ」

「……二〇一八枚なのですが。やはり命を絶つべき、ですね」


 ――三〇〇〇枚にしとけば良かったかぁあああ!

 

 ヘルトは、こう誤算し洩らした言葉は。


「わ、分かった! 今後セイラさんが陶器を割った分、オレがぜーんぶっ! 買い取るからさ。それでいいだろう?」


 その場を凌ぐための窮策だった。

 

 ――――――

 ―――― 

 ――こんな経緯でセイラはヘルトの専属待女(メイド)となる。


 ハルバトーレ曰く……


 陶器を弁償するならセイラを従者にすればいいだろう……


 ……とのこと。

 これは、ハルバトーレがセイラを重荷に思ったのでは無く、セイラ自身がヘルトの従者を志願したから。ヘルトがハルバトーレの屋敷を出るなら、セイラも付き従うと言ったからだ。


「そんな……セイラさん、大げさだな。オレはセイラさんに給金を払えるほど、裕福じゃないんだ。ハルバトーレさんのところへ戻ったほうが――」

「わたくしは給金などいりません。何かご不満でも?」


 セイラの視線が熱い。


「え? いやあ……そういうわけじゃ」


 ――そして。

 また”割った”。


「――――!? あ……」


 ……セイラさんてしっかり者なのか、ドジっ子なのか分からないんだよな。


アディオス(さようなら)ア……ミーゴ(友よ)……」


 セイラ、ジーザス。


「ちょ、待て待て、待ってください!」


 ヘルト敬語。


 またこの(くだり)かよ、と一日が終わる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ