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喪失者


 『シンパティーア歴:一〇〇〇年』

 この死後の世界がシンパティーアと名付けられてから記念すべき一世紀を迎えた朝、彼は誕生した。


 彼の名はヘルト(Held)


 父親の転生前にいた言語で英雄の事を『ヘルト』というらしい。

 ヘルト両親は、このシンパティーアを築き上げた英雄に因み、名をヘルトとした。生まれた年が、ちょうど一世紀にあたる記念日だったことも。

 

 父親の転生前は、一般の平民どころか奴隷として暮らし、そのまま奴隷として死を遂げた。母親の転生は病死である。そんなことから、我が子には勇ましく生きてほしいと思ったのだろう。


 ――生後三カ月……

 ヘルトの話せる言葉は”いわゆる”赤子の「バブバブ」で、あとは泣くだけ。

 赤ん坊なら当然、いうところか。


 ――生後六か月……

 シンパティーアの生命は全て転生前の記憶を持つ者。

 生後まもないうちは、他の世界の言語しか使えない(記憶にない)ため会話をするには(とき)が必要だろう。

 それでも半年もすればある程度話せるようにはなるのだが……ヘルトは変わらず赤子そのものだ。両親はヘルトの成長が気がかりながらも、これを見守る。


 ――ヘルト二歳……

 一語文「(犬を指し)わんわん」や「(ごはんを指し)まんま」などで話すように。二語文「わんわん来た」や「まんま食べる」とまでは話せず、成長が遅すぎる。この世界に小児自閉症などが無いことを考慮すると、明らかに奇妙だ。


 そして――

 ヘルトが二語文で会話できるようになったのは、二歳と半年であった。

 その後の成長は早く、みるみるうちに言葉を覚え通常の会話を話せるようになり、両親は胸を撫で下ろす。


 『シンパティーア歴:一〇〇三年・元日』ヘルト、三歳の誕生日。

 

「ヘルト、誕生日おめでとう! 今日はヘルトの大好きなお肉がいっぱい入ったスープだよ。たんとお食べ」


 ヘルトの好物である鶏肉のスープを始め、数種類の手料理が並ぶ。


「うん! トト()カカ()、ありがとう! でも――」


 ヘルトは両親へ元気よく返答したまでは良かったが、目の前のスープを見たまま、それを食そうとはしない。なぜならヘルトのスープにしか鶏肉が入っていないのだから。


「……これ、お肉ボクだけしかないの?」


 ヘルトを気遣い笑みを贈る父と母。


「ははは。ヘルト今日はおまえの誕生だろう。それに、トトさんとカカさんの分は、ちゃんとあるから気にせず食べなさい」

「ヘルト……子供がそんなことを気にしてたら大きくなれないよ? カカさん、ヘルトのために一生懸命つくったんだから、残したら後でお仕置きだよ?」


 父親は農夫であり、右足の古傷が原因で狩りもできない。

 その古傷のこともあり、農作業で得られる収入は低い。

 鶏肉は決して高価なものではないのだが、貧困であるヘルトの家庭にとっては、高価な食材なのだ。

 ゆえに一年間を通して数度しか食すことが出来ない貴重な料理であり、本日はヘルトの分までしか購入できなかったのである。


「はあい!」


 ヘルトは両親の言葉を聞き、安心した表情を見せ満面の笑みを浮かべた。

 おいしそうに食事を口に含んだヘルトを見て、両親も食事を始める。

 その後、数秒で口を開いたのは父ガーラムであった。


「そうだった、ヘルト。今まで聞かずじまいだったが、おまえの()()はどんなものなのだ?」

「……きおく?」


 ガーラムがいう記憶とは、転生前の記憶である。

 ヘルトは、なぜか記憶を理解してないようだ。


「ああ。トトさんは、前に聞かせたように良い記憶ではない。カカさんも病気が原因だ。それは知っているな?」

「うん……それを聞いたのは覚えてる。だけど、その記憶の意味が分からないし、トトとカカ死んでないもん」


 このヘルトの返答を聞き疑惑を抱く両親。


「いや、もちろんトトさんとカカさんは生きている。トトさんが言っているのは、この世界に来る前の記憶なんだ。そんなこと言わなくとも分かるだろう」

「え? なにそれ? その記憶って強いの?」

「強い? なにが言いたいのだ、ヘルト」

「記憶……ってのがあると、ボクは名前通りの英雄になれるのかな、って」


 まさか、と思う母シーラは震えた口もとで言う。


「――あなた、まさ、か!? ヘルト、三年前のことを何でもいいから言ってみなさい!」

「え? 生まれたばかりのとき? そんなの小さかったし、覚えてないよ?」


 ――――――ッ!?


 突如としてガーラムとシーラが驚きの表情で顔を歪めた。


「ヘルト、おまえ……まさか()()()なの、か?」

 

 ガーラムの洩らした『喪失者ソウシツシャ』という言葉。

 その言葉を聞いたシーラは泣き崩れ、ガーラムはガクリと肩を落とした。


「トト、どうしたの? カカ、どこか痛いの?」


 この時、初めて知ったガーラムとシーラ。

 ヘルトはシンパティーアで数千万人にひとりしかいないと言われる『記憶喪失者』であったことを。それは『無能』の烙印を一生涯回避できない存在であり、ヘルトの人生に希望もないことを示す。

 

 ヘルトの未来は三歳の幼子にして決まってしまったのだ。

 

 今後の行く先は苦難となることだろう…………――


 ――――――

 ――――


 ――それから一〇年後、一三歳となったヘルトは英雄に思いを馳せ、冒険者として旅立ってゆく。

 

ここまでが序章です。今後ともよろしくお願い致します。

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