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無能者たる所以


 ◆


 ヘルトがガーゼルへ来てから早くも一ヶ月が経過。

 現在は冒険者として、ここガーゼルを拠点としている。

 ティカの時のように団体へ属する事はせず、単独でクエストをこなす毎日。


 スノウはどうしたのか、というと……


 ――スノウ……そろそろフィアーバ王都へ着く頃かな。


 こう思うヘルトの真意は。

 スノウが回復したオルマムと一緒にフィアーバへ帰国した、である。


 つまり、ヘルトはスノウとフィアーバへ行くことを断ったのだ。

 では、なぜ断ったのだろうか。

 理由は多々あるのだが、主な原因はヘルトとスノウには天と地ほどの身分差があるから。

 それに加えヘルトの考えは――


 ――王女様を護るとか、偉そうなことを言っちまったな。

 恥ずかしい……

 顔から血が噴き出る思いだよ、まったく。

 そもそも、オレなんかより頼りになるひとたちに護られているじゃないか。

 ここ数日の旅は楽しかったけど、これ以上スノウへ迷惑かけるわけにも――


 ヘルトは一国の王女と同行するのが酷だった。

 一般人として暮らしてきたのだ、通常の平民ならこう考えるのが普通なのかもしれない。

 本心から言えばスノウと共にフィアーバへ行きたかったのだが、自分自身へ”言い聞かせた”のである。



 そして……

 ヘルトは『無能者』なのだから、と。

 平民、況してや無能者が王女と同行するなど有り得ないことであり、通常は会話する事さえも。

 無能者であるヘルトと同行するのは、スノウへ直接関わった重大な過失となる可能性が……無能者に対して王族が目を掛ける(注目し、ひいきする)行為を嫌う者は多い。

 

 記憶の喪失を取り戻せれば、まだ救いの道があったかもしれない。

 記憶喪失者が無能者と呼ばれる所以、その真の理由は一ヶ月前のハルバトーレの口から聞けた。



 ――約一ヶ月前。



「ハルバトーレさん……様、か」

「いや、なんと呼んでもらってもいいよ。呼び方などたいして意味の成すものでは無いからね。気にせずお好きなように呼んでくれ」


 通常の貴族階級なら呼び方を気にするものなのだが、このハルバトーレにはその概念は無いようだ。


「はあ。なら、ハルバトーレさん」

「なにかね、ヘルト君」

「オレに隠されたビフォアがあることは分かりました。けど、使い方が分からないんです……記憶を取り戻すことは可能なのでしょうか?」

「それに関してはわたしも研究中なのだが……今のところは難しいとしか――」


 スノウがヘルトへ「ハルバトーレと会え」と言ったのは、彼が記憶の研究をしているからである。唐突にヘルトへビフォアの話をしても納得しないだろうと思った。だからこそ、スノウはヘルトのビフォアの話を事細かに伝えなかったのだが。


「ヘルト君。喪失者とはね、なぜ無能と呼ばれているか分かるかい?」

「記憶がないから……じゃ?」

「いや、記憶はあるんだ。けどね、その記憶を思い出せない理由があるんだよ」

「理由……ですか」

「そう、本来この世界でいう転生者っていうのは転生前の記憶を保持したまま生まれてくるからだろう?」

「……そう、みたいですね。オレにはよく分かりませんけど」


 ヘルトの知るシンパティーアの住人全てが転生者と呼ばれることは知っている。しかし、記憶の無いヘルトにとってはその意味が分からないのだ。それは体感できるものでは無く、見えるものでも無いのだ。


 ヘルトとしては転生の話をされても「しっくりこない」という感覚だった。


「まあ、記憶が無いのだから当然そう思うだろうけどね。話はここからなんだよ、無能と呼ばれる真の理由は」


 ハルバトーレは、片眼鏡をカチャリと一度持ち上げ、続きを語る。


「喪失者は例に漏れず全員が、このシンパティーアから”再び”転生してきたものたちなんだよ」

「え? それは、どういうことですか?」

「つまりはね。それが原因で記憶が喪失してしまうんだよ」

「……――、ん?」


 ハルバトーレはヘルトにも分かるよう、その詳細を説明する。

 本来『転生とは記憶を保持したもの』ここまではシンパティーアで誰もが知ること。その転生者たる者たちは『記憶をひとつ』しか持っていない。それは『記憶には維持できる容量が決まっているのではないか?』と、いう仮説をハルバトーレは立てている。

 

 その仮説をもとにした研究結果とは。

 ふたつ以上の記憶を保持して転生した場合記憶が喪失する、である。

 そしてもう一つ、記憶保持者は異世界から転生してきたものたちであり、このシンパティーアからの転生では無い、ということ。



 仮に、シンパティーアで死を遂げた場合、その者は記憶をふたつ所持(転生前と転生後)したことになる。その者が再びシンパティーアへ転生した場合、ふたつの記憶を保持したことになり”三つめ”の記憶を得るようになるのだが、それが記憶の容量限界を超え覚えられない。

 それは脳の崩壊を意味し生命として生きては行けない、という意味を含む。


 脳の崩壊を避けるため、ふたつ以上の記憶を持つものは『記憶を喪失して生まれてくるのではないか』とハルバトーレは考えている。


 さらに、シンパティーアの住人だった者が他の世界へ転生した場合、これも裏を返せば同様と言える。記憶を喪失して生まれてくるから普通の人間として生きてゆくのだ。


 つまり――


 シンパティーアとは記憶を持ったまま転生可能な世界ではあるが、再びシンパティーアへ転生したものは脳の崩壊を避けるため『喪失者』となる。


「ヘルト君。きみにとっては酷な話かもしれないが、記憶を戻すことは不可能に近いだろう」


 ハルバトーレは研究家だ。

 研究を断念する言葉は、信念として言いたくない。

 現時点において不可能に”近い”とまでしか言えないのだろう。 


「そう、ですか……」

「でもね、このシンパティーアは特別な世界なんだ。それは喪失者とは言ってもそのビフォアは失われていないだろう?」

「確かに。オレは再びシンパティーアへ転生したから、ビフォアが残ってる――ってことですかね?」

「その通りだよ。他の世界へ転生したとすれば、そのビフォアは残らないのだから。それは記憶にはなくとも、二回目の転生を成し遂げたと同じことなんだ」


 ヘルトはこの世界へ転生してきたからこそ『無能』として扱われてきた。

 しかし、ハルバトーレから言わせてもらえば『二転の”才”』を持って生まれてきた類稀なる存在なのだ、と。


「二回目、ね」


 生まれてきたことを恨んではいないが、つまらない人生。

 ヘルトはそんな思いから覇気のない言葉しか口にできなかった。



 ――――――

 ――――

 ――


 ヘルトはハルバトーレの話を聞いても、自分へ自信を持つことは難しかった。

 強くなりたい、という願望は常にもってるのだが……


 スノウがガーゼルを旅立つとき――


【……ヘルト、ワタシはアナタを利用したかっただけなの。

 だから、フィアーバ行きを断ったのは正しいこと。

 アナタが、それを気にする必要はないわ。

 無理を言ってごめんなさい……】


 こう言って、深々と頭を下げた。

 一国の王女が一人の、しがない男だけにだ。

 

 ヘルトはそれが気がかり。

 利用されたことなどはどうでも良く、逆に頼りにされ嬉しいと思った。

 そして、強さに自信さえ持っていたら同行を断らなかったかも、と今では……


 只々「強くなりたい」その一心で過ごしてきた。

 再びスノウと再び会うために。

 

 

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